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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
58/132

第五十八話 ■■■の権能




   †


「あっぶな。死ぬとこだったーーーーーーーー」

「……何を言っているんだ。いや、だが」


 不意に叫んだ昂に向けて黒兎が首を傾げている。

 地面に刺したダガーを尻目に、昂は改めて自分が使った『権能』について冷や汗を掻く。


(リスタート。いや、セーブとロードのほうが正しいか? このダガーを突き刺した瞬間を起点にして、ありとあらゆる全てを『なかったことにする』……いや、違う。『なかったことにする』のは何かが『あった』という結果が残っている。だがこれは違う。何かがあったことすらも消える。だから、そう――)


 くくく、と零れる笑いを堪えながら口を開く。

 目の前の、自分よりも知恵の回る黒兎であるのならば。


「何首を傾げてるんだよ。俺は少しばかし、物語を読み直しただけだが?」

「違う。わからない。俺がわからないことが異常だ。なんだ貴様の違和感は……!」


 黒兎が混乱している。混乱しているということは、今の状況について『違和感』を抱いているということ。

 さすが終焉の闇(ベンヌ)に選ばれたゲストプレイヤー、と言ったところだろう。

 他の雑兵とは格が違う。実力も、存在も、何もかもが。


 地面は濡れていない(・・・・・・)

 勿論昂も濡れていない(・・・・・・)

 黒兎から雷を浴びてもいない。


 さらに付け加えるなら。上の階からは人が動く様子も感じられない。

 それもそうだ。


 この世界は、ダガーを地面に刺した時間から再スタートしている。


「反則技は好みじゃねえんだが……ったく。末恐ろしい力だなぁ、おい!」


 そこにいる誰か。そこにいない誰か。昂の言葉は誰に向けられたわけでもない。

 此処にいる誰かでもない。此処にいない誰かに。昂は改めて《契約》の末恐ろしさを痛感する。


「……“こっち側”を選んで正解だったな。結果的に、俺の目的も達成できる――!」

「何を呟いているか知らないが、今度はこちらから行くぞ――!」


 黒兎が闇の翼をはためかせ、双剣を構える。

 昂の出方を窺い、同時に準備を始めているのだろう。

 してやられた。素晴らしい弱点の突き方だ。

 一人で戦わない姿勢も素晴らしい。出来ること全てをこなす為に、利用できる全てを利用する腹づもりだ。


 だからこそ、昂の目的には黒兎(かれ)も必要だ。

 故に、殺すつもりはない。殺せない程度の力で戦わざるを得ない。


(本当に、めんどくせぇ。奏がもっとやる気出せば解決するんだけどなぁ)


 ここにいない親友の顔を思い浮かべる。世界を跨いでの再会だというのに、すっかり牙を折られてしまった親友。

 それでもいい。親友がこの場所で幸せに生きているのなら、いっそのこと戦いから離れた生活をしていて欲しかったくらいだ。

 けれどそれは許されない。■■の■■■がそれを認めない。


(ああもう、くだらねぇ――らしくねえ)


 待ち構える黒兎へ向けて仕掛ける。薙刀の間合いへ一歩詰め寄ると、待っていたとばかりに黒兎が双剣を投擲し、さらに黒兎から距離を詰めてきた。


 ――知っている。


 双剣を弾き、薙刀を修繕し、黒兎へ薙刀を振り下ろす。


 黒兎の表情が僅かに動いた。未だ、と告げるかのように。


 ――知っている。


「せこい真似してるんじゃねえよ、ウサギちゃん!!!」

「な――――」


 水は、降ってこなかった。

 虚を突かれた黒兎が僅かに硬直する。その隙を見逃す昂ではない。

 振り下ろした薙刀が黒兎の身体を袈裟に切りつける。飛び出す鮮血を浴びつつも、よろけた黒兎を蹴り飛ばす。


「時守隊長!!!」


 上空から隊員の声が聞こえてくる。黒兎からの指示を達成できず、黒兎が重傷を負ったことに対する悲鳴。

 何故だ、どうして、何が起きたと。

 黒兎も隊員たちも何が起きたか理解できていない。

 その表情は、実に愉快だ。自分たちの計画が脆く崩れ去った瞬間の表情はどんな世界で見ても楽しめる。


「微弱な電気で指示を出し、上階から水を流し、中距離から俺を感電させようとしたんだろ? 生憎だが――■■■(二回目)だから通じねえんだ」


 言葉が言葉にならないのがつまらない。


「ったく。少しくらい言わせろよ。■■■■(閲覧禁止)ってのがくだらねぇ」


 知っているからこそ、対処が出来る。

 昂は黒兎と向き合った状態のまま、ナノ・セリューヌを建物全体に向けて放出していた。

 建物の内部へ侵入したナノ・セリューヌが建物全体を、窓を、全て堅牢な物質へと変化させた。

 隊員たちを建物へ幽閉することによって、戦いに介入させないようにしたのだ。

 それだけで黒兎の策は瓦解した。奇策だからこそ、容易に防ぐことが出来る。


「さて、もう少し続けるか?」


 悪態を吐きながら片膝を突いた昂に切っ先を突きつける。

 この程度で死ぬ黒兎ではない。だが今の一撃を即座に治癒できるわけではない。

 出血とダメージをそのままにして強気に昂と打ち合えることは非常に難しい。


 傷口を押さえながら黒兎が立ち上がる。その目に込められた闘志は微塵も揺らいでいない。


「当たり前だ。今の一撃で俺を殺せていないことを後悔させてやろう……!」

「強気だねぇ。さすが星華島を守る双璧の一つ」


 炎宮春秋と時守黒兎。

 星華島を守る最大戦力にして、クルセイダースの心の拠り所。

 二人がいればどんな脅威を相手にしても戦える――そう、彼らの心に刻み込まれている。


 間違ってはいない。事実春秋と黒兎の二人がいれば、星華島はどんな脅威に襲われても生き延びることが出来るだろう。

 だが、それでは足りないのだ。

 それはあくまで星華島を守る戦いだけであり、『もしも』島の外で戦うことがあるとしたら、戦力が足りない。

 目を逸らしているのか、はたまた。


「時守黒兎、俺からも一つ聞きたいことがある。傷を治しながらでもいいから答えろ」

「……何を考えているかは知らないが、いいだろう」

「お前たちは帝王を退かせた。次の脅威として何が来るか、予測は出来ているんだろう?」

「……ああ、勿論だ。貴様が来たことのほうが想定外だからな」

「それは春秋も知っているのか? クルセイダースの奴らも、だ」

「…………」

「っけ、くだらねぇ。お前は全部を利用出来るくせに全部背負おうとするタイプか。くだらねえ、くだらねえ、くだらねえ! いいぜ、お前がそのスタンスを変えるつもりがないんだったら――――」


 昂は薙刀を振り回し、その形状を変化させる。

 身の丈ほどある巨大な剣。刀身もまた昂の全身を隠せるほどの大剣。


 昂はその大剣に名を付けている。この剣こそ、世界を跨ぐ以前から共に戦い続けた剣だから。

 機帝剣エアトス。かつて愛した女性の名を冠した、篠茅昂が振るう武器の中で最も特別な剣。


「――――てめえ自身の選択(ミス)で島が滅ぶことくらい、理解してるんだろうな!!!」


 昂が激情を露わにする。それが黒兎にとって最も意外であった。

 本心をひた隠しにし、目的すらも曖昧にしている昂の激情。

 それが何を意味しているのか。それが昂の目的に繋がっているのかも知れない。


 けれど考えている暇はない。激情を表に出しているということは、昂は加減をするつもりがない。


「……構わない、やってやる。今ここで、貴様を討つ……!」

「やってみろよ、寂しがり屋のウサギちゃんよぉ!!!」


 機帝剣エアトスが振るわれる。

 ぐわり、と歪む。大地が? 否、空間が、歪む。

 何が起きたか理解出来ない。出来ないが、黒兎は咄嗟に雷装顕現(ライテライズ)で受け止めた。

 間に合った。だが傷の痛みが全身に苦痛を訴えすぐに弾き飛ばされてしまう。

 長くは保たない。負けるつもりは毛頭無いが、勝てると断言出来ない。


(炎宮春秋、時間は稼ぐ。だからシオンを――)


 未だ決着の付かない二人の戦いを一瞥し、妹の行く末を春秋に託す。

 今の黒兎には、それしか出来ない。なんとも歯がゆい現実だ。

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