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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第五十七話 雷帝ガ如ク




 数度の攻防を繰り返し、昂と黒兎は一度距離を取った。

 少し離れたところでは未だ春秋とシオンの戦いが続いている。

 春秋が黄金の炎を溢れさせ、シオンへ一撃を決めた所までは視認していた。


 けれどシオンも負けていない。春秋の一撃を耐え、すぐに切り替えて対応を始めている。

 さすが愚妹だと、胸の中で誇りに思う。

 自分に並ぶほどではないが、輝く才能を持っている。

 春秋が手こずるほどの実力は、兄として非常に喜ばしい。


 ――こんな状況でなければ、口に出して褒めていたかもしれない。


「こっちを見なくていいのかよ、ウサギちゃん!」

「――黙れ。先ほどからのらりくらりと逃げ続けているくせに!」

「当たったら死ぬんだから当然だろうがばーか!」


 昂は漆黒の薙刀を用いて黒兎と応戦している。

 触れれば死ぬ黒兎の一撃を、触れる部分を瞬間的に切り離して離脱を繰り返す。

 ナノ・セリューヌは無尽蔵なのか、すぐに機械の触手が伸びて失った部分を補う。

 防戦一方ではあるが、黒兎としても有効打を与えられない状況だ。


「……ナノ・セリューヌ。炎宮春秋の炎と異なり、無尽蔵の増殖を繰り返すナノマシン……と言ったところか」

「大正解。体内を巡るナノ・セリューヌは自己増殖・自己改造を無尽蔵に行うナノマシン」

「だから、茅見奏のような腕を自由自在に伸ばしたり、身体から剣を生み出すことも出来る、と」

「ご明察。さすが天災と名乗るだけはあるじゃねえか」

「…………俺の推論に誤魔化しもせず答えるということは、デメリットもないようだな。いや、デメリットがあるとしたら、ナノ・セリューヌ自体の運用難易度、か。そもそも運用が可能な機械工学であるのなら、茅見奏がとっとと神薙ユリアに技術提供している」

「いやはや。お前本当に頭が良いんだな。そうだよ、ナノ・セリューヌは操作に失敗すれば自分が飲み込まれるだけだ。そもそも人間は人間としての動きしかイメージ出来ない。ナノ・セリューヌを使用した動きなんて、人間には扱えないんだよ」


 昂はいつにも増して饒舌だ。その情報を与えることが損害にもならないとばかりにペラペラと話す。

 黒兎も理解している。ナノ・セリューヌの特性を把握すればするほど、自分との相性の悪さが――そして、この状況において一番不味い展開に持ち込まれていることを。


「貴様の目的はシオンだったのか」

「いやいや。俺は燻っている少女の背中を押しただけよ。光帝を討ったというのに、憧れの存在と肩を並べて戦うことを認めて貰えない感情、をな」

「洗脳――いや、違うな。シオンが貴様の口車に乗ってしまうほどの思いを抱いていた。ならばそれは口車に乗ったシオンの責任だ。自分に自信がないのだから、こんな状況を招いた」

「おうおう身内には厳しいねえお兄ちゃ~んっ!」

「だが、だからといってアイツが島を裏切る選択肢を選ぶわけがない。だからこそ、貴様の口車には何かがある。その何かまではわからないが、シオンが装着していたあの首輪。あれが思考を狭め選択を誘引させるものであるならば、首輪を破壊すれば正気に戻る」


 黒兎の観察眼は的を射ている。だが黒兎がシオンの首輪を狙うわけにはいかない。

 目の前に昂がいる以上、黒兎からのアクションを見逃すわけがない。

 と同時に、春秋であれば似たような推察に辿り着くとも理解している。


 春秋が首輪を破壊すること/シオンが目的を達成すること。


 ならばこそ、昂と黒兎の互いの目的は同じとなる。

 目の前の存在の足止めを。その上で、すべきことを成す。


 黒兎は昂の捕獲ないし排除。昂の目的は未だ不明。

 目先の目的が決まった以上、攻防はより激しさを増していく。

 それを見越してか、昂が小さなダガーを造り出した。

 明らかに人を殺傷する用途ではない小さなダガー。

 昂は逆手に持ち替えて、そのダガーを地面に突き刺した。


「――ここで栞でも挟んでおこう」




   †




 その言葉が何を意味するかまではわからない。昂の足下に刺さっている以上、そこを中心とした結界ないし防御、または攻撃の術式と推測する。


 ならば、と黒兎は改めて雷装権限(ライテライズ)で双剣を生み出す。

 闇の翼を広げ、黒兎がダガーから離れる瞬間を待ち受ける。

 攻勢に出ないのは、少しでも昂から情報を引き出す為だ。

 目的も何も不明であり、使用する力はナノ・セリューヌ。

 それしか情報が無いのだ。ここで昂を排除することが可能であるのなら、それだけで十分ではあるのだが。


 けれど昂は黒兎や春秋と並ぶ一騎当千の実力者。

 勿論手を抜いているわけではない。黒兎は全力で昂を殺す一撃を放っているが、現状通用していない。

 今回の昂の目的も不明だが、黒兎には足止めをする理由がある。

 シオンを助ける為に。春秋の妨害をさせない為に。


 故に、昂をこちらに釘付けにしなければならない。

 お互いに一手誤れば致命となる状況へ導かなければならない。


「待ちゲーとはらしくないじゃないか、ウサギちゃん」

「貴様もどうせわかっているのだろう。俺の狙いも、なにもかも」

「そりゃそうだ。俺がいる以上、お前は俺を足止めするしかない。大切な妹と仲間を守る為にも、な」


 黒兎は聡明で、かつ思考の水平展開も容易な天才だ。島を守る思いは人一倍強く、大人であろうと一歩も退くつもりもない。

 この島は、子供たちだけ残された。大人たちは自分たちを見捨て、島の外でのうのうと島が滅ぶことを選んだ。

 負けないと。相手が誰であろうと、絶対に屈さないとあの日に誓った。

 泣きじゃくるシオンを、不安に駆られる後輩たちを宥めながら、大人にならざるを得なかった。


 故に、彼は全てを背負うと決めた。島の未来も、この島で暮らしている全ての少年少女たちの幸福を。

 その為に出来ることを、全てやると決めたのだ。


「篠茅昂。認めよう。俺と貴様は限りなく相性が悪い。特に舌戦では貴様が優位であろう」

「そらどうも。まあ俺程度に口で勝ったところでだが」

「だが、俺は負けない。俺の守りたい者の為に、貴様を討つ!」

「気合い十分ってことで――それじゃあ殺し合いを再開しようぜっ!」


 黒衣と闇がぶつかり合う。

 状況だけを見れば、有利なのは黒兎だ。黒兎はその能力からして、一撃を与えるだけで勝つことが出来る。

 けれど昂は自由奔放だ。黒兎が触れる寸前にその箇所を切り離し、死の一撃を無効化する。

 無尽蔵のナノ・セリューヌが昂の攻撃と防御を成立させている。

 加えて昂の武器は薙刀だ。リーチは黒兎より長く、それがより昂へ致命の一撃を届かせない。


 間合いの長さで不利になるのは春秋との模擬戦で対策済みだ。

 昂が振るう薙刀を回避する為に、敢えて一歩退いた。昂は昂で黒兎の力をわかっているからこそ、つけ込める隙であろうと深追いをしてこない。


 黒兎は、不意を突くのは好きではない。真正面から相手をねじ伏せる方がより勝利の実感が味わえる。

 だがそうは言っていられない。篠茅昂という脅威に勝つ為に、己の誇りなど捨ててしまえ――。


「篠茅昂、一つ問う」

「打ち合いながら問答だなんて余裕綽々じゃないか」

「お前もそうだろう? 俺たちは互いに決定打を打ち込めない。それは互いの力の相性であり、戦い方であり、今の状況で、お互いに本気を出せないからだ」

「その通り。お前の終焉の闇(ベンヌ)は封じたも同然だが、俺もお前の力を相手に攻めあぐねてるのが現状だなぁ!」


 昂は嘘を吐いていない。もしも昂が本気で黒兎を殺しに掛かるのであれば、もっと手段を選ばない方法を取っている筈だ。

 それは少しでもわかった昂の性格だ。目の前の少年は、およそ本気というものを絶対に見せようとしない。


「だが、俺が持っている力をわかっていての足止めか? らしくない」


 らしくない。そう、らしくないのだ。

 ナノ・セリューヌの弱点は奏が叫んでいた。それを聞き逃す黒兎ではない。

 黒兎の身に宿る、雷帝の力。死の力に染まっているのは、黒兎がより強力に運用する為だ。


「ッ――――」


 死が迫る。黒き雷の双剣を投げつけ、黒兎はさらに自身も大地を蹴り昂へ接近する。

 触れれば死ぬ双剣はすぐに薙刀が弾いた。切り離した箇所はすぐに修復され、迫る黒兎への迎撃へ向けられる。

 突進する黒兎へ薙刀が振り下ろされる。その瞬間。


 二人の上空から、大量の水が降り注ぐ。


「は?」

「――――」


 勿論それは、黒兎が用意した手だ。

 黒兎は雷帝の力を持っている。雷を操る力は全盛期ほどの影響力は無い。

 けれど、電気の力だ。指向性を与えた電気信号を本部上階に取り残されている隊員たちのスマホへ送っておいた。


 つまるところ、戦いながら隊員たちへ指示を与えておいたのだ。

 『大量の水を階下に投げろ』と。その水は何でも良かった。浄化槽でも消火用の水でも飲用でもなんでも。むしろ不純物が混ざっていたほうがよっぽどいい。

 とにかく昂の不意を突いて水を浴びせることが目的だった。


「っ、お前――」

「お前は俺の『死』を最も警戒している。――ならば、『死』を含んでいない攻撃には僅かにアクションが遅れる。当然だ。そこまで気にしていたら俺の『死』から逃れることは出来ないからな」


 水浸しになった地面を殴りつけた。手からあふれ出す雷帝の雷が、水を介して昂を襲う。


「っ、っ、っ――!」


 ダメージはそれほどではない。だが、確実に昂を感電させることに成功した。


 ――ナノ・セリューヌは電気を浴びると若干だが反応が遅れる。

 奏がもたらしたナノ・セリューヌの弱点。

 昂も勿論警戒していた。雷帝の力を持っているからこそ、どんな状況でもその一撃は浴びないように立ち回っていた。


 不意を突けたのは、まさしく上階に取り残していた隊員たちの活躍だ。


 昂の動きが鈍る。薙刀から黒い光が零れ、一部分がノイズが走ったように形を見失う。

 勿論それは一瞬だ。僅かな硬直だが活動を安定させるにはなんら問題は無い。



 ――相手が『天災』時守黒兎でなければ。


「っ――――」

「取ったぞ、篠茅昂ッ!」


 一瞬の隙を突いて肉薄した黒兎が手を伸ばす。


 迎撃、間に合わず。

 防御、間に合わず。

 切除、間に合わず。


 黒兎の『死』を纏った右腕が、昂の左脇腹を貫いた。

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