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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第五十六話 狂乱に染まるシオン




 春秋たちが駆けつけた時には酷い有様だった。

 ひび割れたガラス。砕けた大地。倒れているクルセイダースの隊員たち。

 その中には見知った顔もちらほらいる。仁は慌てて隊員たちの元に駆け寄った。


「水原、大丈夫か!」

「朝凪先輩……。私は、大丈夫です。みんなも致命傷ではありません。ですが……」


 本部の入り口は破壊し尽くされていた。エレベーターも階段も塞がれており、上の階にいる隊員たちの避難は出来そうにない。

 春秋と黒兎は入り口で待ち構えていた二人を睨み付ける。


 篠茅昂と、そして時守シオン。


「何をした、シオン」


 春秋の言葉はシオンに向けられた。昂が脱走し、本部を破壊するなら筋は通る。

 《侵略者》が脱走したのだ。その被害ならばいくらでも納得出来る。

 だがシオンは別だ。シオンはクルセイダースの隊員であり、同時に隊長を務めている。


 そんな彼女が本部を破壊した。その明確な反逆行為に、思考が追いつかない。


「何をした、って。ユリアさんたちの余計な介入がないようにしただけですよ」


 当たり前のように、さして感情を揺らがせることもなく、シオンはあっさりと答えた。

 昨日までのシオンとは雰囲気が違う。鋭く、怪しい雰囲気を纏っている。


「大丈夫です。クルセイダースのみんなも殺してません。殺すつもりもないですし、みんなは島を守る為の大事な戦力なんですから、戦えないレベルにまで傷付けてもいませんから」

「そういう意味じゃないだろ、馬鹿野郎っ!」


 春秋が激昂した。およそ彼にしては珍しいほどの感情が荒ぶっている。

 春秋にとって、クルセイダースは仲間だ。シオンも大切な仲間であり、島を守る同志である。

 そんなシオンが、どうして仲間を傷付けたのか。


「意味、か。意味はあります。ししょー、ボクと戦いましょう」


 ゆらりゆらりとシオンが歩を進める。その手には剣のカムイが握られている。


「戦う理由がない、なんて言わせません。理由なんて必要ないですし、――ボクがみんなをここまで傷付けた、と言ったらししょーは戦うしかないでしょ?」

「お前、どうしたんだ。本当にシオンなのか?」


 春秋が第一に考えたのは、偽物の存在だ。

 感じる魔力は確かに時守シオンそのものだが、見た目と魔力を似せている可能性はいくらでもある。

 ましてや隣にいるのは未知数の《侵略者》篠茅昂だ。シオンの偽物を用意し、こちらの動揺を誘っている可能性は十分にある。


「本物だよ、炎宮。正真正銘お前を慕ってる時守シオンだよ。らしくないなぁ。らしくない。現実から目を背けちゃダメだろ???」

「お前は黙ってろ、篠茅っ!」

「ししょー。ボクは本物ですよ。誰が何と言おうと、ボクはクルセイダース第一部隊長、時守シオンです」

「お前がこんなことをするわけないだろうがっ!」

「した結果がこうじゃないですか」


 激情を露わにする春秋を黒兎が静止する。肩を掴み、冷静に状況を見極める。


「炎宮春秋、認めろ。愚妹は洗脳の類いを受けている可能性が高い。冷静な会話をしているが、目は明らかに狂っている」

「狂ってる。ええ、そうですよ兄さん。――狂いでもしなけりゃ、ボクの言葉は届かないんですから」


 シオンが再び一歩詰め寄った。握っていたカムイの切っ先を春秋に突きつける。


「ししょー、戦いましょう」

「だから、戦う理由が――」

「理由がないなら、いくらでも作ります。――篠茅さん」

「と、言うわけだ。俺が武器を取ればお前たちも武器を握らざるを得ないだろう?」


 シオンの言葉に応えるように昂が並び立つ。

 相も変わらずふざけた笑みを向けている。その本心は何を考えているのだろうか。

 昂が動くのなら、春秋たちは対応しなければならない。


「炎宮春秋。篠茅昂は俺に任せろ。連絡を入れているからじきに茅見奏も来る。だからその間に、あの愚妹を正気に戻せ」

「……わかった。戦うしか、ないんだな」

「愚妹だからな。殴れば直るかもしれんぞ?」

「試してみる」


 春秋と黒兎が並び立つ。相対するはシオンと昂。


「朝凪仁、お前は隊員たちの救助を優先しろ」

「わ、わかりましたっ!」


 黒兎の指示に従った仁がカムイ・ラグナロクを背負って隊員に肩を貸して立ち上がらせる。

 火の手が上がっていないのが幸いだ。騒ぎにはなっているが、訓練された星華島の島民たちはここぞという時にすぐに避難してくれる。


 戦うのに支障は無い。だが、それでも広範囲に戦場を広げるわけにはいかない。


「それじゃ早速いきますか。――――マテリアル・コンバートッ!!!」


 左手首のリストバンドを天に掲げ、その名を叫ぶ。


『チェンジ・コンバート――マテリアルッ!』


 続けて電子の声が昂の言葉を復唱する。リストバンドから溢れた黒き光が昂を覆い、その身を黒衣に包み込んでいく。

 マントを翻し、そして顔を覆い隠した仮面を剥ぎ取る。――もう、必要はないのだと。


「さあ、戦おうか時守黒兎。二回目なんだからもう少し俺を楽しませろよっ!」

「今度こそ、貴様に死を与えてやろう。――――安寧を奪え、刻限の鳥よ。黒き雷鳴にて貴様を屠る」


 闇の鎧を纏い、黒兎が地面を蹴る。口角を釣り上げた昂が黒兎を待ち受ける。

 終焉の闇(ベンヌ)とナノ・セリューヌ、二度目の戦いだ。


 ――そして。


「さあししょー、戦いましょう。認めて貰う為に、ボクは戦うっ!」


 声に含まれる感情も、はつらつとした立ち居振る舞いも、何もかもがいつも通りのシオンだ。

 だからこそ解せない。どうしてこんな事態になってしまったのか。

 わからないままに、春秋はレギンレイブを構える。


(言動に違和感はない。だが何かがおかしい。シオンならば言うであろう言葉、だが、シオンはこんな状況を自ら作るような奴じゃない。洗脳。確かにそれに近いものを感じる。だが、だが、だが――!)


 シオンが迫る中、尚も春秋は思考を巡らせていた。

 どうしてこうなったかを。長い旅の中で培ってきた知識を総動員させる。

 けれど答えは見つからず。ただ一つ異なる点に意識を向ける。


(あの首輪は見覚えがない。かすかな魔力と、異質な感覚はナノ・セリューヌ。あれを装着していることによって、シオンがこうなっているのなら――)


 春秋の推察は的確に見抜いている。そうと決まれば、試してみる価値がある。

 シオンは確かに優れている。

 いくつもの魔法とカムイを駆使した戦法によって光帝ルクスリアすら翻弄した。


 けれど、それはシオンの戦い方を熟知している春秋にとってなんら障害にならない。

 シオンが握っているのは剣のカムイ。リーチも術式も把握している。

 身体能力も、シオンならば出来ることの全てもわかっている。


 だから、突貫してくるシオンに先んじてレギンレイブによる刺突を繰り出す。

 シオンの剣よりも先に、首輪に届く。首輪を破壊すれば、恐らくだがシオンは正気に戻るはず。


「――ししょーのそれを、予測してないわけがないでしょう!」

「っ!」


 春秋は二つ、見落としていた。

 一つはシオンが手に持っていたカムイ。その柄は黒い光に塗れている。

 ナノ・セリューヌ。シオンの意志に呼応して、剣が瞬く間に短剣へと変形した。


 持ち替えた短剣で、レギンレイブをいなして見せた。

 それだけではない。軽やかに跳躍し、レギンレイブを足場として利用する。

 驚愕する春秋へ向けて、シオンが肉薄する。


 春秋が見落としていたもの。それは。


 ――――時守シオンという少女の、異常なまでの春秋への執着。


 春秋はシオンと模擬戦を繰り返す中で、シオンの癖やスタイルを把握していた。

 それはシオンも同様だ。手を抜かれていても、癖というのは隠せるものではない。


「ずっと見ていました。ずっと考えていました。ずっとずっと試したかった。――ししょーのその悪い癖を、どう突けるか!!!」

「っ」


 春秋の基本は先手必勝だ。その攻撃が外れたとしても、レギンレイブのリーチを活かして矢継ぎ早に攻撃を繰り出す。相手の意表を突く為に十重二十重の戦術を用意し、ありとあらゆる状況を想定する。


 隙の無い布陣。たとえ不意を突かれても、命の炎(アルマ)で防ぐことも出来る。

 だが、しかし。


「ししょーは相手の力量を見極めて次の手を選ぶ……だからこそ、最初の一撃だけは、相手の行動を見てから対応する。――そこが、ボクの、付け入る隙だぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 確かに春秋の悪癖だ。用意した戦術と、限りなく死なない命の炎(アルマ)にかまけた防御手段。

 シオンはそこを突いた。身体能力を強化するカムイの術式と、ナノ・セリューヌを織り交ぜたカムイによるリーチの変化。

 その二つを用いて、シオンが春秋の喉元を貫いた。


「もうボクを過小評価させない。ししょーに勝って、ボクだって特別なんだって、証明するっ!!!」


 ごふ、と血を吐きつつもシオンを振り払う。致命傷に近い一撃に、すぐに炎が呼応する。

 傷は瞬く間に治り、失った血液も身体中を巡って供給される。

 端から見れば何もなかった。攻撃を喰らったことすら無かったことのように振る舞う春秋の力。


 だが、違う。

 シオンは一撃を春秋に届かせた。その事実が春秋の胸を占める。

 目を閉じて。口元の血を拭う。


 笑顔ではしゃぐシオンを思い浮かべる。馬鹿なことをして黒兎に突っ込まれるシオンを思い出す。

 シオンはもう、春秋にとって欠かせない存在だ。大切な仲間で、失うわけにはいかない。


「――わかった。わかったよシオン。お前が本気だというのなら、俺も本気で応えよう。黄金の炎よ、世界を照らせ。――アルマトゥルース」


 手を抜いたまま、シオンを異常たらしめている首輪を破壊することは不可能と判断した。

 だからこそ、炎を使う。黄金の炎を溢れさせ、レギンレイブを握る力を強くする。


「リベリオン総隊長、炎宮春秋――参る」


 足下に集めた炎を爆発させ、尋常ではない速度で接近する。

 さすがのシオンも一手遅れる。短剣を構える時間すら与えない。


「遅いんだよ、馬鹿弟子ッ!!!」


 黄金の炎を纏った拳が、シオンの腹部へ打ち込まれた――。

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