第五十四話 目的は闇のまま
「かー、うめぇ。奏お前いつもこんな美味い飯食ってんのか。贅沢だなぁ!」
「……黒兎さん、どうして俺たちは今の今まで殺し合いをしていた奴と飯を食べているんだ?」
「朝凪仁。深く考えるな」
「うっす……」
リベリオンの本部であるから間違ってはいないのだが、なぜだか一行は春秋の家に戻ってきていた。
冷めてしまった桜花手製の料理は再び暖められ食卓を満たしている。
「すいませんねぇ見目麗しきお嬢さん。俺までご馳走になって」
「いえ、春秋さんが良いのでしたら構いませんので」
そして昂も同席し、食事を供にしている。それもこれも昂から敵対する意志が感じられないとの春秋の判断であり、奏も複雑そうな表情をしながら桜花に頭を下げている。
「とりあえずお前らも飯を食え。腹に何か入れておかないといざというとき動けないだろ」
「炎宮春秋の意見に賛成だな。……四ノ月、頂くぞ」
「……頂きまーす」
昂は食事をする為に手錠を外されたが、逃げないように手錠は奏の左手と繋がれている。
「安心しろよ奏。飯の時間を台無しにするほど落ちぶれちゃいない」
「……いや、お前がしないのはわかってる。でも――」
「いいから食え。俺の飯が食えないのか?」
「作ったの四ノ月さんだからな???」
そう言って奏も箸を取る。ナノ・セリューヌの装甲はすでに消失しており、今は普通の茅見奏の姿をしている。
男五人、それも成長期真っ盛りな者ばかりいれば桜花が用意した食事もすぐに平らげてしまう。それほど空腹だったのだろう。
最後のスープを飲み干すと、昂は満足げにカップを置いた。
「っぷはー。食った食った」
「片付けますね」
弛緩した空気の中で桜花が食器を片付ける音だけが聞こえる。春秋も、黒兎も、仁も、奏も、そして昂も誰一人として話題を切り出さない。
沈黙を破ったのは、頬に付いた米粒を取っていた昂だった。
待っていたとばかりに空気が引き締まる。
「さて、何を話そうか。何を聞き出したい? 負けた以上は少しは従うが」
「お前の目的と勢力の規模」
「最初から全部を知ろうとするのは良くないなぁー。そうは思わないのか、炎宮春秋」
「黙れ。お前に選択肢があると思うな」
仁は思った以上に緊迫した空気に思わず胃が痛くなる。
今の今まで一緒に食事をしていたとは思えないほど緊張した雰囲気だ。
「そうだなぁ。じゃあお前らは――」
――■■の■■■を知ってるか?
昂の言葉を、その場にいる誰もが理解できなかった。いや、只一人、奏だけが気まずそうな表情をしていた。
「ほら、ダメじゃん。じゃあ俺から話せることはほとんどないわ」
「……今のは、この世界の言語だった。だが何故だ。どうして理解できなかった?」
「理解できないんだったら細かい説明をしても理解できる訳ないだろ。『天災』とか名乗るくせに対応が下手くそ過ぎないか?」
「貴様……!」
「黒兎さん、抑えてください。昂は人を煽るのが趣味なんで……」
「クソねじ曲がってる性格だな」
春秋は腕を組むと思案に耽る。昂の言葉を理解しようとして、けれどすぐには無理と判断して話題を変える。
「お前は島を滅ぼす気はあるのか?」
「島を滅ぼす気はない。でも俺の目的の為に島が滅ぶ可能性はあるかもな?」
「お前の目的は?」
「一つだけならすぐに答える。二つ以上を求めるなら――――そうだな、戦いの余波で島の半分が吹き飛ぶことくらいは承知して欲しいかな」
昂の言葉は、本気だった。
先ほどの戦いで優劣は付いたように思えたが、底が知れない。
それは冷や汗を掻いている奏を見れば明白だ。
ナノ・セリューヌを駆使した戦いであれば奏は負けない。
それ以外の戦いであるならば春秋と黒兎に軍配が上がるだろう。
だが、だが――そこに島への影響を考慮すると、話は別だ。
春秋も黒兎も島を守る側である以上、戦いに巻き込む形で島を破壊するのは意にそぐわない。
その言い分はまるで昂自身もそうだったかのようだ。
だからか、敢えて春秋も引き下がる。今は少しでも情報が欲しい。
下手な駆け引きをせず、手に入る情報を優先する。
「ならば一つだけで構わない」
「話が早くて助かる。俺の目的は――この島の監視だよ」
「何……?」
「この島が異質で異常なことくらいわかるよな? だからこそ監視し、下手な方向に進まないように対応する――――まあ、それが俺の一番の目的だよ」
昂の目的、それは星華島の監視であると。
春秋と、黒兎と、そして奏はそれが嘘だと見抜いていた。
けれど全てが嘘というわけではない。けれどそれが目的の真意というわけではない。
あくまで星華島の監視はおまけであると、察しの良い者は気付いている。
では昂の真意とは何か。
それは親友である奏ですらわからない。
「……話は終わりだな。茅見奏、神薙ユリアから篠茅昂を収容する施設について連絡が来ている。そこへ連れて行き、ナノ・セリューヌによる牢を作って欲しいそうだ」
「了解。……それじゃ、昂」
「よろしく頼むよ、奏」
昂は捕まっている側とは思えないほど自由な態度だ。
本来であれば諫めるべきだが、昂は指摘したところで態度を改めるとは思えない。
ひとまず無力化出来ているのなら、それに越したことはない。
昂を連れて奏が出て行くと、春秋が口を開く。
「黒兎」
「わかっている。わかっているさ、炎宮春秋」
「いや二人でわかった気になってもこっちはわからないからな???」
春秋と黒兎の会話に付いていけない仁が割って入る。途端に二人の冷ややかな視線が向けられ思わず言葉に詰まる。
「お前らみたいに頭の良い奴と一緒にしないでくれますか!? こちとらテストだって平均点ギリギリの凡人ですが!」
「仕方ない。頭の弱い朝凪の為に少しは解説してやるか」
「うっす」
やれやれとため息を吐く春秋だがその口元は僅かに綻んでいる。
こんな状況でも仁や黒兎とのやりとりを楽しんでいるようで、それがまた春秋の変化だ。
三人の会話を桜花はニコニコと笑顔で聞いている。三人が仲良く会話をしているのが――いや、春秋が二人と話しているのが嬉しいのだ。
「いいか朝凪、今回俺たちは勝てなかった。有効打を与えられず、あのままでは敗北していた」
「炎宮春秋には決定打が、俺は俺の力に慢心していた。恥ずべき戦いだった」
「お、おう。……二人で敵わないんだから、俺が参加しても意味なかったしな」
決定的な実力差があるわけではない。今回の戦いにおいて、奏が相性が良かった――それだけだ。
だからこそ春秋たちは警戒しなければならない。もし次も昂のような存在が現れるとしたら――。
「帝王たちを退けて自惚れていた。俺たちは強くならなければならない。出なければ、リベリオンに選ばれた責務を果たせない」
「春秋……ああ、そうだよな。俺たちはクルセイダースの皆だって守れるくらい、強くならないといけないんだ」
「しばらくはお前にも特訓に付き合って貰うぞ朝凪。あの手の輩への有効打について思い当たる節はある」
「おう!」
春秋の言葉に仁が応え、黒兎も頷いた。
この島を守る、そんな一つの目的の為に少年たちは団結する。
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「手狭で悪いな、昂」
「お前さ、相変わらず馬鹿だよな。敵として来た俺の心配をしてどうする」
「俺は……。俺は、お前が敵だとは思えない。だって、俺たちは……!」
クルセイダース本部、その地下。今までは物置として使われていた場所が、急遽牢として用意された部屋だった。
ナノ・セリューヌによって生成された牢はとにかく強固であり、破壊することはナノ・セリューヌを用いても難しいだろう。
そこに加えて奏は昂の手首に手錠を付ける。ナノ・セリューヌの活動を阻害する、特別な手錠だ。
「これでお前はナノ・セリューヌを扱えないし、脱出も出来ない」
「そうだな。それじゃあ昔話にでも華を咲かせるか?」
「っ……」
昂が語りたがっている昔話は、奏は目を逸らしたいものだ。
それもそのはずだ。それは奏にとって痛ましい過去であり、同時に昂からすれば糾弾すべきものなのだから。
「俺たちの前世。あの世界、あの物語。俺の本懐である復讐と、お前が止めた復讐。世界を壊すか守るかの譲れない戦い。――そして、俺は負けた。命を落とす形で、な」
「あれは……」
「謝るな、奏。思いはなんであれ、結果だけを見ればお前は“世界を守る為に俺を見殺しにした”んだ」
「俺は、俺はあの時からずっと――!」
「別に恨んでない。憎んでいない。お前は正しいことをした。お前は間違いなくヒーローだったんだから、あの結果に間違いは無い」
奏は悔やんでいる。昂はあっけらかんとしている。
殺した側と、殺された側。なのに殺された側の昂が奏を宥めているくらいだ。
「世界を守った英雄よ、誇りを抱いて背筋を伸ばせ。そして俺とまた殺し合おう」
「……違うっ。どうしてだ。俺たちはわかり合えたじゃないか。もう世界の命運を賭けて戦う必要は無い。俺たちは、また親友に戻れるはずだ……!」
「親友だよ。今も昔も。だからこそ俺たちは戦った」
「俺はお前がわからねえよ!!!」
「俺のことをわかる奴なんて誰もいない」
ピシャリと昂は会話を終わらせる。話は終わりだと寝転がって奏に背を向ける。
「飯は手錠してても食える奴でよろしく」
「……図々しい奴だよ、お前は」
「昔からそうだろ?」
「そうだな。……なあ、昂。お前が来た理由を、俺にだけでも教えてくれないのか?」
「教えるわけねーだろばーか」
「だよな。……また来るよ」
昂を置いて奏は牢屋を後にする。寝転がりながら昂は天井を見つめている。
「さて、ここまでは順調っと。それじゃ早速――――物語を加速させようか」
不敵な笑みは、何を意味しているのか。




