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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第五十三話 砕ける仮面




 白と黒。二つが激突する。

 純白の装甲に身を包みし戦士、茅見奏――マテリアル・ソウ。

 片や漆黒の装衣を纏う戦士、マテリアル・アルバート。


 両者の実力は完全に拮抗していた。互いに同様の力:ナノ・セリューヌを駆使した戦いは一進一退の攻防を繰り広げている。


「お、ラァッ!!!」


 黒き粒子が拡散し、握っていたピストルが身の丈を越える大剣に変形する。

 アルバートは軽やかに大剣を振り回す。まるで身体の一部だと言わんばかりの猛攻だ。


「その程度でッ!!!」


 けれどソウも負けていない。

 右腕が伸び鋼鉄の腕が大剣に巻き付き、力任せにアルバートから剣を奪う。


「愉快な戦い方を思い付いたじゃないか、マテリアル・ソウッ!」

「お前はいつまでアルバートを名乗っているつもりだ、お前はぁ!!!」


 ソウは気に食わない。目の前にいる存在が、今も尚嘘を吐き続けているから。

 嘘。そう、嘘だ。

 彼の者アルバートとの因縁はすでに終わっている。だからこそ、彼が尚も“アルバート”を名乗っていることが不満なのだ。

 本当に“彼”であるならば、アルバートを名乗る必要が無いから。


『――もうこの仮面は必要ない。俺の復讐は今日で終わったのだからっ!』


 在りし日の光景を思い浮かべ、歯噛みする。怒りに任せて大剣を締め付け、ナノ・セリューヌの本質を見せつける。


 大剣へナノ・セリューヌを投入――理解――分解――吸収――。


 伸びた腕が伸縮しソウの元へ戻る頃には大剣は影も形も消え失せる。その全てがソウの中にナノ・セリューヌとして取り込まれたのだ。


「ははははは、さすが最初のマテリアルロイド。俺より上手いッ!」

「――――黙れ。黙れ、黙れ、黙れっ! その仮面を脱ぎ捨てて、お前であることを証明してから口を開けッ!!!」


 力を取り戻したからか、ソウの語気は荒い。戦えてるから、許せないのか、それはソウ自身にもわからない。

 わかっているのは、目の前の存在は自分の言うとおりに仮面を脱ぎ捨てる存在でないと言うことだけ。


 だって、本当に“彼”なら自分から脱ぎ捨てるわけがないから。

 結局のところ、実力行使でなければならない。


「喰らい尽くせナノ・セリューヌ、偽りの仮面を、喰らい尽くせっ!」

「っ、さすがに分が悪い――!」


 ここに来て、状況が動く。

 春秋ですら、黒兎ですら押し切れなかった難攻不落のアルバート。

 そのアルバートが、押されていく。それは実力としてソウが勝っている、わけではない。


 ナノ・セリューヌの扱い方を、より詳しく知っているのだ。


 ナノ・セリューヌは命の炎(アルマ)終焉の闇(ベンヌ)と並ぶ力であり、本質はどちらかと言えば命の炎(アルマ)に近い。

 ナノマシンによって物質を増殖・構成・変形させ、自由自在な戦いをする。

 攻防一体の力であると同時に、単騎での運用を想定した力なのだ。


 それは何故か。

 答えは簡単。ナノ・セリューヌによって構築された物質は他ならぬナノ・セリューヌによって分解が可能なのだ。


 色が違えど元は同質のナノ・セリューヌ。そしてソウは誰よりもナノ・セリューヌの扱いに長けている。

 アルバートもまた巧みにナノ・セリューヌを駆使している。――だが、ソウほどではない。


 ソウが触れ、アルバートがナノ・セリューヌで受け止める度に、少しずつアルバートのナノ・セリューヌが分解されていく。物理的に装甲を剥がされていく。

 加えてソウは武器ではなく己の両腕を変幻自在に可変させ追い詰めていく。人間の間接など無視しての稼働はアルバートには出来ない芸当だ。


 腕が伸びる。腕が増える。展開し、可変し、その姿はもはや人間の形をした何かだ。

 五体満足を容易に越えて、ソウはかつての機構の名を言葉にする。


「『百腕降雨(ヘカトンケイル)』――」


 無数に繰り出される拳。銃を、剣を、盾を駆使して捌こうとするアルバート。

 けれど圧倒的に手数が違う。アルバートの腕は所詮二本。両手両足を駆使しても四本が限界。

 それがソウとアルバートの違いであり――両者の差である。

 ことナノ・セリューヌ同士での戦いにおいて、マテリアル・ソウに敵うモノなど存在しない――――!


「ぶっ壊れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

「ッ――――!」


 ソウの拳がアルバートへ届く。それも一発だけではない。無数の拳によるラッシュが次々に叩き込まれアルバートの身体が宙に浮く。


 装衣が砕ける。マントが砕ける。――仮面が砕ける。

 アルバートが大地を転がる。けれどもすぐに高笑いを上げながら立ち上がった。

 ヘコみ、傷つき、そして仮面の片目が砕けている。

 仮面の全体には罅が入っており、端から黒き粒子ナノ・セリューヌが零れている。


「ははは。ははは。そうだよ、それでいい。それでいいんだよ奏。お前との喧嘩はいつも面白くて堪らない」


 ご褒美だ、と言わんばかりにアルバートが半壊している仮面を剥がす。

 その下から現れたのは、切り揃えられた黒髪の少年。

 紫と翠のオッドアイ。

 紫の目に浮かぶ五芒星。

 翠の目はまるでヘビのような瞳をしている。


 見た目は春秋たちと同じ世代くらいの、異世界人。


「改めて、星華島の諸君へ自己紹介をしよう」


 口元を歪ませた少年が名乗りを上げる。その瞳に込められた感情は誰にも理解できない。


「俺の名は篠茅昂(しのかや こう)。そこのマテリアル・ソウ――茅見奏に殺された、奏の親友だよ」


 唇を切ったのか、口元に付いている血を指で拭う。表情は嗤っているもののアルバート――昂も状況を理解はしているのか両手を挙げた。


「ひとまず降参するとしよう。ナノ・セリューヌが通じない奏がいて、特記戦力を同時に相手取ることは出来ないしな」

「……炎宮さんよ、拘束って形でいいか? ナノ・セリューヌによる拘束だったら、こいつも逃げることは出来ないから」


 降参の意を示した昂に対して奏が提案する。

 白き仮面が展開し、奏の顔が現れる。『{百腕降雨ヘカトンケイル』を解除し、奏もまた戦う意志がないことを春秋に伝える。


「好きにしろ。今回の勝者はお前だ」


 疲れたとばかりに春秋は地面に座り込んでいる。奏と昂、二人の力に興味はあるものの、すぐに立ち上がる気になれなかった。

 黒兎は傷の治癒が終わりはしたが、仁に肩を借りている。春秋よりも昂を警戒している。


 奏はすぐにナノ・セリューヌで手錠を作り、昂の両手を施錠する。

 神妙な顔つきの奏に昂は笑いかける。その笑顔はそれまでのものと違い、どこか晴れやかな笑顔だった。


「お手柔らかに頼むぜ、奏」

「……本当に、お前なんだな。昂」

「当たり前だろ。こんなことをする俺が二人もいてたまるか」

「そうだな。……そうだよな。聞きたいことと、話したいことが沢山ある」


 奏も、昂も。互いが互いを親友と呼ぶほどの仲だ。

 それは世界を跨いでも変わらない不変の絆。

 けれど、けれど――胸に秘めた思いは違う。


 折れた者と、抗う者。


「なあ奏。一つだけ言わせてくれ」


 奏の後ろを付いて歩く昂がぽつりと呟いた。


「――――俺は悪魔に全てを捧げても、目的を成就させるからな?」


 その意味は、奏にしか伝わらない。その意味を、昂は誰にも教えない。


 かくしてリベリオンの初陣は勝利という形で幕を閉じた。


 炎宮春秋で敵わない敵がいる。

 四ノ月黒兎で殺せない敵がいる。


 その事実は、静かに星華島に広まっていく。

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