第五十二話 覚醒のマテリアル
「かはっ……」
「春秋っ!」
遠くから仁の声が聞こえる。
アルバーの銃剣から伸びたいくつもの刃によって貫かれ、喀血した。
けれど春秋の目は死んでいない。ましてや――。
「む――」
春秋の様子に気付いたアルバートが刃を引き抜いて距離を取った。春秋の身体から黄金の炎が溢れ、たちどころに傷を癒していく。
「……成る程。ナノ・セリューヌというものは大層こざかしいものだな」
「これは手厳しい。お互いに決定打に欠ける状況、ということだな」
俗に千日手と呼ばれる状況に陥ってしまう。春秋もアルバートもお互いが敗北を認めるほどの力を持たず、消耗戦になるだけだ。
春秋の炎は無尽蔵だ。けれど様子を見ている限り、アルバートもまた限りなく無尽蔵なのだろう。
決着を付けることが出来ないのであればどうすることも出来ない――のだが。
この場には、異なる超越者が存在している。
「炎宮春秋、その手の輩なら俺が代わろう」
「黒兎。――そうだな、お前の方が相性が良い」
「終焉の闇様のお出ましというわけか」
仁を置き去りにして黒兎が春秋の隣に並び立つ。
アルバートが語る終焉の闇と呼ばれる力。それこそが黒兎が持つ超越の力。
帝王ですら忌避し、直接交戦を避けるほどの力。
春秋にはまだアルマ・テラムがある。それを用いればアルバートを倒すことが出来るかもしれない。
けれど春秋は敢えてそれをしなかった。デメリットを考慮した、という訳でもない。
素直に一歩後ろに引き下がる。
「頼むぞ、黒兎」
春秋は、黒兎に『頼る』ことにした。それは今までの春秋ではあり得なかったことで、彼を知っている者からすれば驚くほどのことだ。
託された黒兎はさらに一歩を踏み出してアルバートと対峙する。
その瞳には強い敵意が込められている。敵意を向けてこないアルバートであろうと関係ないとばかりに――《襲撃者》は全て敵だとばかりに。
「私は構わない――と、言いたいが。ハッキリ言葉にしておくことがある」
「構わん。好きに述べろ」
「お前と戦うことは、【かさ増し】でしかない。その意味がわからない訳ではなかろう?」
「……っ!」
黒兎が目を見開いた。何か事情を知っているのか、「成る程」と面倒くさそうな表情をする。
「それでも私と戦うか、時守黒兎」
「結論などすでに吐いている。貴様が《襲撃者》であるのなら、俺はそれを排除するだけだ」
「成る程なぁ。めんどくさいウサギちゃんだわ」
やれやれとアルバートもまた面倒くさそうにため息を吐く。
「――――仕方ない。少しばかし【予定】を変えよう。この程度の修正は問題ない」
そう言ったアルバートが銃剣を砂浜に突き刺した。
「――――」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、何かを呟く。
改まって銃剣を引き抜くと、今度は銃剣が変形する。剣の部分が収納され、二丁拳銃へと形を落ちつかせる。
「貴様に接近戦は不利だからな」
「俺の力を知っていて戦いを選ぶ。――その自信、すぐに後悔させてやろう」
アルバートが銃口を黒兎に向け、黒兎もまた構えた。
黒兎の身体から闇が溢れる。広がる闇は黒兎の全身を守る漆黒の装衣となる。
触れれば命を奪われる死の装衣。
「済まないが俺は炎宮春秋と違い加減はしない。だから――驚かせてやろう」
「ほう――――」
黒兎の身体に紫電が走る。それは黒兎の力を知っている仁ですら知らない力。
そしてこの場において、春秋が一番驚いていた。あまりにも忌々しいその力は。
「雷装顕現――死の雷をくれてやろう」
――――雷帝の術式である。
肉体を乗っ取られていても、その身体は時守黒兎のモノで。
その身体には雷帝の《核》が埋め込まれ。
命の《核》は体外に転がり、他ならぬ黒兎の力によって消失した。
けれどその身にはもう一つの《核》が残っている。
いや、正確には残っているわけではない。
力の《核》は春秋によって砕かれた。だが、砕かれただけだ。
その力を全て失った訳ではない。事実として雷帝はあの時体外へ落ちた《核》さえあれば大丈夫だと認識しており、黒兎の抵抗が予想外だったのだ。
つまり。
黒兎の身体には、僅かばかりでも雷帝の力が残っていた。
勿論砕かれた《核》は黒兎の身体にとって異物であり、すぐに消失するはずだった。
だがそこに目を付けた黒兎は抜け目がない。
体内で消失する力の《核》――その消失は、『核の死』である。
『死』であるのならば、黒兎の力によってコントロールすることが出来る。
死ぬ筈だった春秋や自分自身ですら生き長らえさせた異質な力だ。
たかだか物質一つの終わりくらい、ねじ曲げることが出来る。
かくして黒兎は終焉の闇以外にもう一つ超越の力を手に入れた。
自身にとっても忌々しい筈である、帝王の力を。
勿論雷帝の術式全てを使えるわけではない。黒兎が使えるのは雷を兵装とする『雷装顕現』くらいであり、他の術式は失われてしまっている。
けれどそれで十分なのだ。
終焉の闇の力と雷帝の力。
その二つが合わさればどんなに強力で、凶悪になるか、黒兎が身を以て理解している。
「《襲撃者》アルバート。星華島の守護者として宣言しよう。――――貴様を、殺す」
黒き雷を握りしめる。触れるだけで死ぬ黒き雷。
黒兎は雷を短剣のように振るい、アルバートへ襲いかかる。
振り上げられた雷を銃が受け止める。――途端に銃に罅が入り砕け散る。
「――――」
さすがのアルバートも言葉を失っているのか、回避に徹している。
横薙ぎ、振り下ろし、左右からの挟撃。黒兎から繰り出される致死の一撃を、アルバートは回避し続ける。
優れた身体能力と動体視力が無ければ叶わない芸当だ。それだけでもアルバートが高い戦闘力を有していることがわかる。
アルバートは決定打を持っていない。それは春秋との戦いで十分にわかっている。
そして黒兎は一撃を与えるだけでいい。いつまでも回避し続けることなど土台無理な話なのだ。
黒兎の力は雷だけではない。黒兎の身体から溢れている闇が触れても死ぬ可能性がある。
アルバートは能力の範囲について明るくはない。だからこそ黒兎の一挙一動を警戒し、触れることすら避けなければならない。
それがどれほど神経を使うことか。並の存在であればすぐに限界が訪れる。
「捉えたぞ、アルバート――――!」
――そして、雷が遂にアルバートの左腕を貫いた。
「この瞬間を、待っていたんだよ」
「な――――!?」
アルバートの右腕が変形した。手のひらに有るは禍々しい形となった砲口。
紫電が集う。雷のような、光のような、黒き粒子――ナノ・セリューヌ。
黒き粒子が放たれる。至近距離で放たれたレーザーが黒兎の胸を貫いた。
「ごふっ――――だ、が――――!」
決着は付いている。
アルバートへ与えた死の力はすぐに腕を切り落とせば間に合うようなモノではない。
たとえ自分が致命傷を負っても死ぬことはない。だからこそこの戦い、黒兎の勝利である。
「まあ、私が並の存在であったのなら死んでいたな」
「な、に……!」
アルバートは未だ健在。左腕を失ってはいるものの、余裕名態度で膝を突いた黒兎を見下ろしている。
「お前の力は本当に厄介だよ。触れれば死ぬ。だから触れてはならない。攻撃の為に触れても死ぬ。じゃあどうするか。簡単なことだ。喰らった部位がすでに私のモノでなければ良い」
ナノ・セリューヌの特異性が起因していた。
「ナノ・セリューヌを内包する存在は人とは一線を画す存在となっている。人造人間といえばわかりやすい。私の身体はナノ・セリューヌによって構成されており、その構造は人間の機能を持った機械に近しい。故に、だ」
アルバートが右手を持ち上げると、黒い粒子ナノ・セリューヌがあふれ出す。粒子はすぐさま鋼の腕となり、当然のように左腕に装着した。
「二度は通じない小技だが、お前に致命傷を与えられれば十分だ」
「アルバート、貴様は――」
「邪魔だ」
ナノ・セリューヌで造り上げた棍棒を振るい黒兎を殴り飛ばす。
力の入らない黒兎では受け身を取ることすら出来ない。黒兎の身体が砂浜を転がる。闇が消え去り、黒兎は必死に立ち上がろうと四肢に力を込める。
だがすぐには立ち上がれない。それほどまでのダメージを受けている。
「炎宮春秋。続きを――と言いたいが、一つ私の提案を聞いて貰えないか?」
「提案だと?」
黒兎がやられたと言うのに、春秋は冷静だ。冷静に今の戦いを分析し、勝つ為の算段を整えている。
逆にアルバートからの申し出が意外なほどだ。決着が付かないとはいえ春秋と互角だというのに、何を求めるのか。
「言うだけなら聞いてやる。……仁、黒兎を頼む」
春秋の指示に従って仁が黒兎に駆け寄る。そんな仁を一瞥したアルバートは、春秋――の奥で身構えている奏へ視線を向けた。
「茅見奏を前に出せ。今日の要件はそれだけで済ませることにする」
「……だそうだが」
奏に何か関係があることは、先ほどから事情を知っているような口振りで察しは付いていた。
だがアルバート自らそれを申し出てくるとは思わなかった。《侵略者》であることを隠さないというのに。
「そいつの話が何かはわからない。……でも、俺に用があるなら構わない」
「無理はするな。少しでも危険が迫れば俺が割って入る」
「ありがとう、炎宮さん」
そして奏がアルバートと対峙する。戦いを見守る春秋は少々不安げだ。
それは奏の能力を見聞し、相対したアルバートの実力を考慮しての判断だ。
真正面からぶつかって、敵う相手ではない。
奏だってわかっている筈だ。だからこそ、命の危機に瀕すれば介入するとも宣言した。
「久しいな、茅見奏」
「お前は――――お前は、本当に……」
「天の牢獄より解き放たれた罪人よ。お前と同じ、死んだ筈なのにこうして異なる世界でき長らえてる咎人よ」
「っ、お前は――!」
駆け寄ろうと奏が一歩踏み込んだ。だがアルバートはすぐに奏を手で制した。
「茅見奏。お前はいつまで弱気でいる。お前はいつまで言い訳を使い続ける」
「え……」
「それが貴様の契約だとしても、この島の為に右腕を取り戻したのだろう? 笑わせる。お前の力を部分的にだけ解放するだと? そんなことが出来るわけあるか」
「違う。それは違う。アイツはそれだけ――――」
「心が折れて力を使えないと思い込んでいるだけだ。ナノ・セリューヌは命の炎、終焉の闇と並ぶ絶対的な力。それは彼の者ですら縛ることの出来ないっ!」
「それは、確かに――……」
「手を伸ばせ。掴めと心を奮い立たせろ。それでこそかつての我が生涯のライバル――マテリアル・ソウであるはずだ!!!」
「――――」
春秋にとっては聞き慣れない言葉。だがその言葉は奏に届いたのか、先ほどまでの不安に揺らいでいた瞳が鋭くなる。
左の手で右手首を握りしめる。瞳を閉じて、在りし日の光景を思い浮かべる。
談笑する少年少女たち。自分と、オリフィナと、そして。
――――かつて自分が殺した、大切な親友。
目を開く。決意が込められた瞳にはもう迷いはない。
右手を掲げ、どこからか一陣の風が吹く。
白き粒子が、奏の身体からあふれ出す。それは色以外何もかもがアルバートのモノと同じであった。
「マテリアル・コンバート――――ッ!!!」
茅見奏という少年が、その本性を露わにする。白き光が奏の身体を造り替える。
鋼鉄の身体を。鋼の腕を、脚を、白き仮面が顔を覆い隠し、白き装甲が全身を包み込む。
アルバートと酷似した純白の戦士。
それこそ、茅見奏が持つ異能力。
ナノ・セリューヌによって変身する、マテリアルロイドと呼ばれる人造人間。
マテリアル・ソウ。
異なる時代、異なる世界において、アルバートと幾度となく死闘を繰り広げた戦士が蘇る。
「そうだ。それでいい、それでいいっ! 第一の目的は達せられた。ここから先は“オレ”の我が儘。さあマテリアル・ソウ、オレと戦えッ!!!」
アルバートが笑う。黒きナノ・セリューヌを操って大地を蹴る。
マテリアル・ソウはアルバートを待ち構える。
右手から放出された白きナノ・セリューヌを掴み、機構の剣を握りしめた。
「お前が本当にお前なら、その仮面を捨てろ、アルバートッ!!!」
「ならばお前が剥がしてみせろ、ソウッ!!!」
白と黒、二つのナノ・セリューヌが激突する――――!




