第五十一話 ナノ・セリューヌ
《彼》は海上に佇んでいた。
海は静かで、そこに《侵略者》がいるとは思えないほどの静寂。
仮面の男は、けれど確かにそこにいる。
一歩一歩ゆっくりと歩を進め、そして海岸線に足を踏み入れる。
「初めまして。星華島の諸君。私はアルバート、君たちの敵だ」
「最初っから敵だと名乗ってくれればやりやすい……が」
相対するはリベリオンの面々。春秋と筆頭に黒兎、仁、奏が向かい合う。
アルバートは各々を一瞥すると春秋に向き直る。まるで最初から要件は春秋だけだと言わんばかりに。
「お前の襲来は【予言】にない。――お前は本当に島を滅ぼす者か?」
相対してわかるのはその脅威。肌で感じる魔力は明らかに異質なものであり、春秋や黒兎に並ぶほどだ。
けれど明確な敵意を感じているわけではない。敵意も殺気も感じられない相手を、どう脅威として捉えればいいのだろうか。
「アルバート。お前は、本当に、アルバート……なのか?」
「わかりきったことを言うな茅見奏。私は“私”だ」
次いで飛び出した奏の疑問にアルバートが肯定する。答えはそれだけで十分だとばかりにアルバートが構え、奏は複雑な表情をして後ずさりをする。
「戦う気が無いのなら下がるがいい。お前との因縁はあるが、私の狙いは炎宮春秋だ」
「俺が狙い? なら戦場を変えさせてもらおうか、ここで戦えば少なからず島に被害が出る」
「断る。だからいいのではないか。被害など知ったものか。私の狙いがお前である以上、お前に戦場を選ぶ主導権はない」
「……上等だ。速攻でぶっ潰してやる」
春秋が静かに感情を高ぶらせる。春秋はすぐに黒兎に目配せをすると、頷いた黒兎が仁を連れて数歩後退する。
仁は不満そうな表情をしているがすぐに表情を引き締めた。それは他ならぬ春秋と黒兎の表情から察したもので、二人が神経を張り詰めているほどの相手、ということだ。
「島に被害が出そうな時は俺と朝凪仁が介入させて貰う。多対一になっても文句は言わないでもらおう」
「構わないよ時守黒兎。――何なら最初か全員を相手にしても構わないくらいだ」
どこまでもアルバートは自信に溢れた物言いをする。それを裏付けるのは彼から溢れ出ている魔力。
島の測定器では観測しきれないほどの魔力量。こうして近距離にいるからこそ肌で感じる、帝王以上の魔力。
量も、質も、何もかもが帝王以上――懸念点は、相対していてもアルバートから全くといっていいほど敵意を感じられないこと。
けれど春秋にはそんなこと関係ない。目の前にいる存在が敵として星華島を訪れているのだから、敵として扱うだけだ。
黄金の炎を掴み、振り払う。手に握られしは白銀のカムイ・レギンレイヴ。
対するアルバートはその手に何も握らない。
両者は静かに向き合い、そして、その時が訪れる。
「――――シッ!」
「遅いっ!」
構えすら見せずノーモーションからの高速の刺突をアルバートがいとも容易く回避して見せた。挙げ句の果てに「遅い」の一言。
けれどそこで攻撃を止める春秋ではない。槍のリーチを活かし、アルバートへ一方的に刺突を連続で放つ。
「遅いと言って通用しないことくらいわからないのか、間抜けめ!」
「間抜けはどっちだかっ!」
繰り出される刺突の全てをアルバートは寸でのところで回避していく。だが逆に春秋はそこを突く。アルバートが身体をズラして回避したタイミングに合わせ、一歩を踏み込みレギンレイヴで薙ぎ払う。
たまらずアルバートは腕を折りたたみレギンレイヴを受け止めた。
「ほう。馬鹿の一つ覚えではない、と」
「……っち。もう少しくらい痛がれよ」
「あぁ痛い。痛いなぁ!」
「成る程、お前は人の神経を逆撫でするのが得意なんだな?」
「ははははは」
「ははははは――ぶっ飛ばすッ!」
露骨な煽りに逆上したわけではない。春秋は冷静にアルバートへ通用する攻撃を試す。
レギンレイヴでの物理的なダメージはほとんど影響がない。
物理的な攻撃を無効化出来るなら、最初から回避しなくていいのだ。
回避している以上、攻撃を無力化出来るわけではない。
つまり、純粋に耐久力が高いのだ。
それが物理的なものだけなのか、他の要素もなのかはわからない。
「アルマトゥルース――スフィルアッ!」
「それは少し不味いか、なっ」
一旦距離を取ってからの遠隔攻撃。命の炎を凝縮し、火球を放つ。
命の炎は変換する度に増幅する。さすがに春秋の手から離れれば機能を停止するが、それでも十分だ。
命を力に、力を命に。本来であれば星華島すら飲み込めるサイズの火球を、敢えて手のひら大まで凝縮する。
圧縮し圧縮し圧縮し――限界まで抑え込まれたエネルギーがアルバートへ放たれる。
不味い、とハッキリ言葉にした。けれどアルバートに追い詰められた雰囲気は一切ない。
どこまでも余裕な態度でアルバートは火球を受け止めた。触れた瞬間、抑え込まれていたエネルギーが爆発を引き起こす。
爆発の余波が海を抉る。海水を吹き飛ばし砂埃を巻き上げる。
「……手応えなし、か」
「その通り。もう少し込める命を増やすべきだな」
砂埃の中からアルバートが姿を現した。その身は傷一つなく、砂を払いながら悠然と歩を進めている。
アルバートの言葉通りに、さらに命を込めて火球を作ることも出来た。だがそれは島への影響を考慮して止めておいた。
アルバートがどのような行動に出るかわからない以上、高すぎる火力によって島への被害が出ては本末転倒だ。
故に、今の春秋には決定打が無い。
無くはない。だが、それをするには少しばかし“今の”春秋には荷が重い。
だからといって戦うことを止めるわけではない。
決定打が無いから勝てないわけではない。
決定打が有るから勝てるわけではない。
戦いとはそういうものではないことは春秋自身がよく言っている。
「アルマ・コンバート:レギンレイヴ・ソーディア」
言葉に乗せて炎を変化させ、二振りの剣を握りしめる。今までは名も無き剣であったそれに、春秋は敢えて名を与えた。
特に意味があるわけではない。だがこれからも戦いを続けていく以上、名があったほうが便利だと判断したのだろう。
春秋が地面を蹴りアルバートへ迫る。先ほどよりもさらに速く。大地を蹴り飛ばす勢いで跳躍した春秋がレギンレイヴ・ソーディアを振り下ろす。
刀身に黄金の炎が宿る。重力による加速も合わせた一撃はアルバートに回避する余裕すら与えない。
アルバートが、嗤う。仮面によって隠されていても、その表情がわかるほど悍ましい雰囲気。
「なん、だそれは……!」
春秋にとって未知の力だった。いや、春秋はそれを知っている。知っているが、未知である。
アルバートが両腕を交差させてレギンレイヴ・ソーディアを受け止めようとして、その両手を保護するようにアルバートから黒い光が溢れ出た。
光が爆ぜる。両手が一つとなり盾となって受け止めた。
命の炎を込めた一撃は、ダメージを与えられると踏んだ攻撃だったのに――。
「炎宮、それはナノ・セリューヌというナノマシンだ。電気による攻撃をすれば若干だが反応が遅れるっ!!!」
「おいおい、さすがにいきなりネタバラシをするなよ茅見奏っ!」
レギンレイヴ・ソーディアを弾いたアルバートが遂に攻勢に出る。
両手を一つとして造り上げた盾が形を変える。
まるでカムイのように駆動の音を響かせながら、質量保存の法則を無視して変形する。
その手に握られるは二振りの剣――――ではなく。
銃と剣が一体化した兵装・ブレイドピストル。
銃剣を構えたアルバートが奏へ視線を向ける。一つの銃剣を天に掲げ、声高らかに己が力を宣告する。
「この世界には三つの“絶対”が存在する。
無限変換炎熱機構:命の炎、
死すら支配する刻の守人:終焉の闇、
そして我らが力――過剰増殖機皇帝:ナノ・セリューヌ」
アルバートの言葉に応じるように銃剣が変形を繰り返す。銃に、剣に、槍に、斧に、そして再び銃剣に戻る。
「理解したか炎宮春秋。私の力はお前や時守黒兎の力と同等同質。だから手を抜くと――――死ぬぞ?」
「ッ――!」
お返しとばかりにアルバートが一歩踏み込み春秋の眼前に迫る。
振り下ろされた銃剣をレギンレイヴ・ソーディアで受け止め――。
「増殖れろ、ナノ・セリューヌ!」
「ッ!!!」
刀身からいくつもの刃が伸び、春秋を貫いた。




