第五話 炎の化身
「魔力反応増加! こっちもオーバーS!? インフレすんものいい加減にしやがれ!」
オペレーターの叫び声を聞きながらも、桜花は中央スクリーンに映し出された春秋と《侵略者》から目を離せないでいた。
音声までは届かないが、一触即発の空気感は漂ってくる。
「島民の避難状況は?」
「完了しています。事前に通知があったのでスムーズに済みました!」
「ありがとうございます」
状況を確認しつつも桜花は画面から目を逸らさない。それほどまでに緊迫した空気が本部を支配している。
「……頑張ってください、春秋さん。今度こそ、あなたの願いが叶いますように」
祈るように手を重ね、瞳から涙が一滴零れる。
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屋上から飛び降りた春秋は階段を降りるように建物を転々と渡り、広場――昨夜、春秋と仁が邂逅した場所に降り立った。
偶然なのか狙ったのか、空から降りてくる《侵略者》も春秋の着地に合わせて地面に足を降ろす。
対峙する春秋と《侵略者》。春秋を姿を見つけると、《侵略者》は愉快げに口角を吊り上げた。
「は? なんでお前が此処に在るんだよホムラのガキ」
「それはこっちの台詞だよ。七冠の帝がどうしてこんな僻地に来ている」
「知れたことよ。ここを喰らい尽くして力を得る。そもそも俺たちはそういう存在だ」
「……俺は旅の途中で立ち寄っただけだ。お前の邪魔をするのは、ただの気まぐれだ」
長身痩躯の真紅の青年――《侵略者》は、面倒くさそうに欠伸をする。
けれどその全身から溢れ出る殺意を隠そうとはしない。
春秋と《侵略者》、既知の間柄のようだがとても親しいとは思えない。
春秋が切っ先を突きつける。これ以上の会話は要らないとばかりに、向けられた敵意以上の敵意を返す。
「じゃあ、殺し合うか」
「構わんぞ、ホムラのガキよ……!」
灼熱が溢れ出す。
《侵略者》の両腕から炎が伸び、左右から春秋へ襲いかかる。
対する春秋は動じない。
迫る炎に怯むことなく地面を蹴る。
身を低くして、一直線に。
炎が春秋に到達するよりも早く刃を《侵略者》へ突き立てる――!
「取ったッ!」
「なるほど。だが甘い!」
「っ……!」
春秋の刃は確かに《侵略者》の喉を貫いた。けれど《侵略者》の命を奪うこと叶わず。
喉を貫かれたというのに、《侵略者》は健在。
喉元の像は歪んでいて、春秋は舌打ちをしてその場で真上に跳躍した。
瞬間、炎の両腕が春秋がいた場所を燃やし尽くす。けれどそこにもう春秋はいない。
ニヤリ、と《侵略者》が口角を吊り上げる。
対して春秋はなおも表情を崩さない。
「……そうだったな。お前はそういう奴だったな。《炎帝イラ》」
「その、通り!」
改めて春秋が名前をぼやくと、《侵略者》――《炎帝イラ》は不快を感じるほどに表情を愉悦に歪めた。
「我が名は炎帝、炎を冠する帝である。我が身体は炎であり、炎こそ我である!」
「身体を炎に変換する魔法くらいでぎゃーぎゃー騒がしい……」
「何を言う。それが出来るからこそ――《帝》なのだ!」
炎帝イラが地面を蹴り、一直線に春秋との距離を詰める。
大きく身体を捻っての上段蹴り。春秋は左腕で防御を固めるも、力負けして蹴り飛ばされる。
腕に感じる鋭い痛み、鈍い響き。
「――っ!」
勢いを殺しきれなかった春秋の身体が建屋の壁にぶつけられる。背中に感じる鈍い痛みをものともせず、崩れた瓦礫を押し抜けて立ち上がる。
左腕は繋がっている。痛みはあるが折れてもいない。
春秋が五体の無事を確認した矢先に――炎帝イラが襲いかかる。
「ほらほら、泣いて逃げ回れ!」
「っち……」
繰り出される炎帝イラの猛攻を剣でいなしていく。鈍い痛みが身体の動きを鈍くするが、それでも春秋は決定打を許さない。表情を崩すことなく、炎帝イラの猛攻を受け続ける。
「お、らぁっ!」
なかなか崩れない春秋に業を煮やしたのか、炎帝イラが一歩引き反動を付けてより重い拳を放つ。
「――燃え尽きろ、ホムラのガキぃッ!!!」
正面からの一撃を剣の腹で受ける――が。
一撃を受け止めることは出来た。だが春秋の剣は炎帝イラの一撃に耐えきれず折れてしまう。
「っ、剣が……」
「さてさて、武器を失ってどうするかなぁ!」
「別に。お前を殺すのに剣は必要ないだろう」
「言ってろ小僧ッ!」
饒舌な炎帝イラとは対照的に、春秋はどこまでも寡黙だ。
必要以上のことを話すつもりがないのは当然だが、それにしては感情の動きがあまりにもない。
そんな春秋の態度が気にくわないのか、炎帝イラが距離を取った。
右腕を春秋に向け、全身から炎を噴出させる。
「猛り狂え怒り狂え。喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ。――我が名は炎帝。炎が運命、此処に集えッ!」
「……それは、さすがに不味いかな?」
炎帝イラの身体から溢れた炎が突き出した手に収束されていく。離れた場所にいても感じるほど圧倒的な熱量を前に、初めて春秋が表情を変えた。
春秋が両手を叩き、その手を広げる。
その間に広がるは五芒星の魔方陣。が、三つ。
「……さて、耐えきれるかな?」
面白いとばかりに大胆不敵な笑みを見せる春秋。三つの魔方陣を重ね、炎帝イラの攻撃を待ち構える。
「集う炎よ、全てを喰い殺せ――!」
炎が、放たれた。
二メートルはあるであろう炎球は春秋を飲み込まんと大口を開けて突進してくる。
魔方陣が炎球を受け止める。
春秋は両手に力を込め、三つの魔方陣全てのありったけの魔力を注ぎ込む。
一つ目の魔方陣が砕け散る。
二つ目の魔方陣が砕け散る。
三つ目の魔方陣が砕け散る。
炎球は――勢いをそのままに春秋を飲み込み、そして建屋に直撃した。
「――――……ごほっ」
瓦礫の中で血反吐を吐く。全身が熱い。全身が痛い。肌がヒリつき、酷い火傷を負っているのがわかった。
生きていることはわかる。生き残れるようにかろうじて防御が間に合った、が正しいか。
「あー……」
瓦礫を払い除けると、鬱陶しいほどの青空が視界に飛び込んでくる。
炎帝イラが止めを刺そうと近づいてくる。余裕の表れか足音がゆっくりと大きくなっていくのがわかる。
「あー……めんど、くさ」
ヒリつく手で髪を掻く。ぼろぼろの服を破き捨てながら、力を振り絞って立ち上がる。
「ほう。まだ立ち上がるか。生きているだけでも大したものなのだが」
「……」
「安心しろ、今トドメを刺してやる」
「……は。俺は、まだ旅を終えるわけにはいかない」
「あ?」
「本当、めんどくせーんだよ。お前如きに、この力を使わなくちゃいけないのがよぉ……!」
恨み言のような言葉に応じるように、春秋に変化が起きる。
爛れていた肌が癒えていく。痛みが引いていく。熱が消えていく。
真紅の双眸の一つが黒く染まっていく。
ただならぬ気配を前に、炎帝イラは思わず後ずさる。
「なん、だそれは。なんだお前は!」
「知らねえよ。俺だって自分のことなんか何一つわかんねえよ。知ってるのはよ……俺は、俺の願いのために旅を続けているってことだけだ。俺が求める果てのために、こんなところで死ぬわけにはいかねえんだよ……っ」
炎帝イラが、気圧されている。後ずさり、止まらぬ冷や汗が不安を煽る。
「だから――」
春秋が一歩前に出る。
「――さっさと終わらせるぞ、異界の帝王……ッ!」
黒い炎が、溢れ出る。灼熱の炎帝とは違う、闇よりも昏き漆黒の炎。
黒炎が翼となる。その荒々しさ、獰猛さは炎を司る帝であるイラをたじろがせるほど。
「ナラカ・アルマ……ブーステッドッ!」
背中の黒炎が爆発し――春秋が加速する。
武器もない空手で。否、武器はある。
黒炎が集う。剣の形となる。春秋は黒炎を剣のように扱い、剣として振るう。
速い。速い。速い――!
それは炎帝イラが反応しきれないほどの速さ。刹那の極み。
右腕が落ちる。
炎帝イラの。
右腕が、落ちた。