第四十九話 黒衣のアルバート
「それで、アンタが俺に何の用だよ」
黒衣の少年が問いかける。テーブルを挟んだ向こう側には誰もいないというのに、虚空に言葉を投げかける。
否、違う。誰もいないは否である。
モヤが蠢いている。まるで人のように。まるで生物のように。
ゆらゆらゆらゆら揺らめいて。
ゆらゆらゆらゆら揺らめいて。
それが、酷く、不快にさせる。
「用がないならもう行くぞ。俺は行くべき場所があるからな」
少年は背を向ける。ゆらゆら揺らめくモヤが嗤う。
『おやおや勿体ない。せっかく私自ら契約を持ちかけに来たのに』
「……契約。お前がか?」
『オフコース!』
足を止めた少年にモヤが愉快げに嗤う。その提案は少年にとっても予想外のものだったのか、足を止めるに十分な理由だったのだろう。
少年が卓に着く。
『契約条件は簡単だ。“星華島を襲うこと”』
「……ほう。俺が今から星華島に協力に出向こうとしていることを知って、か」
『そうだよ。何しろお気に入りの帝王が全て死んでしまってね。今の手駒では春秋どころか黒兎と仁すら倒せないからねぇ』
「それで、見返りは?」
モヤの提言に少年はすっかり興味を失っている。自分の目的と真逆のことをしろと言ってくるのだ。意味がわからず理解出来なければ納得もするわけがない。
モヤが手を振ると、テーブルの上に三枚の紙切れが浮かびあがった。それが想定外すぎるものだったのか、少年が身を乗り出す。
『三つだ。三つ、お前が求めているであろう力を貸してあげよう』
「……なるほどな。お前の考えはわからんが、これらが手に入るなら星華島に協力する理由は無くなるな」
『そうだろうそうだろう? お前の真意と私の本意は限りなく近いからな。お前のことなんてすぐわかるのだよ私には』
三つの紙片を手に取り、少年が席を立つ。
「契約成立だ。仕方ねえ、星華島を滅ぼしてやるか」
『おやおや。早速乗り気で助かるよ』
「当たり前だろう。――俺如きに滅ぼされる島ならそれはそれで必要ない」
少年が歩を進めた先には何もなかった。
空だ。空に浮かぶ空中庭園とも呼べる場所で、眼下に広がる世界を見下ろす。
三つの紙片を胸に仕舞い、左腕を天へ向かって掲げた。
左手首に付けられたリストバンドに光が灯る。
「――――マテリアル・コンバート」
『チェンジ・コンバート――マテリアルッ!』
それは世界を変える言葉。
リストバンドから黒い光が溢れ出て瞬く間に少年を包み込む。
電子の声が雄叫びを上げる。応えるように、少年は掲げた手を振り下ろした。
黒衣の少年は仮面の戦士へと姿を変える。
漆黒の装衣は体格を強調するかのように全身に張り付く。
頭すらも飲み込む仮面は僅かな変化すらも隠してしまう。
仮面の戦士が降臨する。その立ち居振る舞いは堂々としたもので、モヤは愉快げにその背中を見送った。
「マテリアル・アルバード――いざ、介入を始めよう」
少年が、マテリアル・アルバードが一歩を踏み出し空へと身を投げた。
風が全身を包み込む。微塵の恐怖も感じぬままに、マテリアル・アルバードは大空を謳歌する。
落下に身を任せ、世界に向かって拳を突き出す。
「《ゲート》よ開け。――――我は昏き淵より蘇りし復讐者。天獄に至りし大罪人。我は友を捨て世界を捨て、己すらも捨てた咎人である!」
マテリアル・アルバードを待っていたかのように《ゲート》が開く。
空間に罅が入り、空が割れる。その先に見えた彼方の世界に少年は手を伸ばす。
「目指すは星の華咲く彼方の島。彼の地にいる英雄に問う為に、我は敵意の剣を執る。――――さあ、応えてくれたまえ。お前は何の為に剣を執る!」
《ゲート》はマテリアル・アルバードを歓迎し、異なる世界への道を繋げた。
世界が変わる。
青い空、白い雲。鳥がが踊る静かな世界。
桜の花びらが空を舞っている。マテリアル・アルバードは、視界を埋め尽くす花びらを振りほどきながら島へと迫る。
「――――お前は、この島にいるんだろう。だからこそ此処に来た。でも済まないな。俺には俺の目的がある。さあ、久々に殺し合おうか。英雄よ、死神よ、剣帝よ、予言者よ、――白きマテリアルよっ!」
新たな《侵略者》が島へ迫る。
その出現を予期していたかのように、島の海岸線に並ぶ四つの影。
仮面の下で、少年が口を歪める。
金の炎、死の雷、銀の炎、白き光。
待ち構えるは星華島が誇る四つの最大戦力。
「さあ、“私”を殺してみせろっ!」
空想のリベリオン 第二章




