第四十八話 第一章 エピローグ
――――戦いは終わった。
二体の帝王による進撃は、想定以下の損害で終わった。
大きな死傷者は、茅見奏並びに時守シオンの重傷のみ。
炎宮春秋による治療のおかげで、二人とも快方に向かっている。
物的被害は甚大なものの、神薙コーポレーションによる全面的な資金援助によって復興は瞬く間に進んでいくだろう。
「それでどうして先輩がししょーの炎使ってるんですかしかもなんか色違うし! ズルですズルですズールーでーすー!」
「あああああやかましいんだよシオン! 仕方ないだろ俺はこうでもしなきゃ死んでたし! 結果命は助かったしパワーアップしたんだからズルでもなんでもねえ! なんだかんだ魔力全喪失だぞこっちは!?」
「は~~~~?! ししょーのその力だったら魔力全部と引き換えにしてもおつりが来るでしょいいないいないーいーなーーーーーーー!」
シオンは星華島総合病院に入院していた。
治療は順調だ。黒兎による『死の拒絶』と治療によって命の危機を脱したシオンは、闇帝戦の一部始終の録画ファイルを食いつくように見ていた。
黒兎との特訓を経てようやく光帝を単独撃破出来たというのに、仁もまたアルマ・シルヴァリオによって闇帝を倒したのだ。
しかもそれが敬愛する春秋から与えられた力なのだから、羨ましくて仕方がないのだ。
「ししょー! ボクにも分けてください!!!!」
「阿呆か。お前のような才能の塊は炎に食われて自滅するだけだ」
「ししょー! ししょぉー!」
さりげなく春秋が褒めていることに気付かないほどにシオンは荒ぶっている。
「ッハ!? そういえばボクってどうやって治療されたんですか。明らかに死ぬ一歩手前でしたよね!? つまりししょーの炎で――」
「ああ、それだがな」
やっとの思いでシオンが気付いた。
闇帝インウィディアから受けた傷は深く、さらに神経系まで深手を負っていたのだ。こんな短期間にわめけるほど回復するには、何かしらの要因があるはずだと。
シオンはすぐにそれが春秋の炎によるものだと察した。仁という前例があるからこそ、炎に憧れてるからこそ。
春秋が手のひらに炎を浮かび上がらせる。
明るく柔らかい黄金の炎を。思わず見とれてしまうほど鮮やかな炎を。
「お前の治療には炎の分与ではなく、炎によって変化させた『生命力』を注ぎ込むことにした。魔法による治療と同時並行することでお前の身体の治癒力を底上げし、結果としてお前はここまで回復したわけだ」
「炎じゃないんですかーーーーーーーーー!?」
がっくりとうなだれるシオンを見て春秋は微笑んでいる。
「シオン」
そんなシオンに、声を掛ける。今までとは明らかに違う、優しい声色だ。
「よくやった。お前の奮闘で光帝は討たれ、島は守られた。お前の活躍を称賛する。お前は凄い奴だ」
「……へ?」
真っ正面からの称賛の言葉に思わず面食らうシオン。その言葉の意味を噛みしめ、次第に顔が赤く染まっていく。
「せ、せせせせせ先輩!? ししょーがなんかおかしいですよ頭でも打ったんですか!?」
「……あー、気持ちはわかる。俺も未だに追いついてない」
シオンも仁も春秋の変化に戸惑っている。確かに風帝・地帝との戦いを乗り越えた時にも二人を褒めていたが、声色も載せられた感情も明らかに違う。
心の底からシオンの奮闘を称えている。
「病院では騒ぐなとそれくらいの常識も弁えていないのか愚妹」
「っげ、兄さん」
思わず間が開いてしまったタイミングで黒兎が姿を見せる。
シオンは苦い顔をするが、黒兎はそんなことは知らないとばかりにベッド脇の椅子に腰掛けた。
「あと一週間は検査入院だ。神薙ユリアからの指示も含まれているからな?」
「えー……。身体を動かしたいんですけど」
唇を尖らせて不満を口にするシオンだが、ユリアからの指示であれば従うしか無い。
不満げにベッドに座る。むー、と頬を膨らませている。
「炎宮春秋」
「どうした、黒兎」
「改めて、感謝の言葉を。お前の協力が無ければこの島は滅んでいた。――最悪、俺自身の手でな。迷惑を掛けた謝罪と、感謝の言葉を受け取って欲しい」
「……いや、別に要らない。俺は俺の意志で帝王たちが気にくわなかったしな」
「そうか。ではこの件はもうこれで終了だ。――神薙ユリアが呼んでいる。本部にまで同行して欲しい」
すぐに切り替えた黒兎からの言葉に春秋は頷く。
二人して立ち上がり、病室を出る。仁も着いていこうと立ち上がったが、黒兎がやんわりと止める。
「朝凪仁。お前はそこの愚妹が抜け出さないように見張っていてくれ」
「……うっす」
黒兎に言われては従わざるを得ない。
立ち上がろうとしていたシオンを目で制すと、シオンは渋々と布団の中に戻っていった。
「なあ、春秋」
「どうした、朝凪」
去り際に、どうしても確認したかったことを問いかける。
戦いが数日が経過している。島の復興は順調であり、今のところ帝王ほどの《侵略者》による襲撃も起こっていない。
星華島は、平和を取り戻している。平穏で、静かな日常を。
それはつまり、桜花と春秋の契約の終わりを意味している。
「お前は、その――」
「その話をしてくる。まあ、結果は神薙次第だな」
仁が何を言いたいのか察した春秋は言葉を遮って答える。けれど明確な言葉ではない。
断言しないのは、春秋が迷っているからではない。
春秋は自分自身の立場を理解している。
平和になったからこそ――今の自分がどんな立場なのか。
黒兎と共にクルセイダース本部を訪れる。室内は以前と違いこぢんまりとしていた。
あれほどあったパソコンや計器類が一切見当たらない。それでいてせわしなく少年少女たちが働いている。
「来たわね、黒兎。それに春秋」
「多少気になるとこがあるが……まあ、まずは本題を片付けてしまおう」
「そうね。別室へ行きましょう。水原、指揮を任せるわ!」
遠くから小さく「了解です!」と返事が聞こえてくると、ユリアの後を追って本部から移動する。とはいっても別室に移動するだけだ。
いつも使っていた会議室。そこにはまだ大がかりなパソコンが置かれており、桜花がモニターを見つめていた。
「四ノ月、ここにいたのか」
「春秋さん、おはようございます。すいません、お迎えに上がれなくて……」
「気にするな。お前だってやることは多々あろうだろうに」
「いえ、春秋さんのお世話をするのが最優先事項なのでっ」
「……ふぅ。好きにしろ」
「はいっ」
駆け寄ってくるなり頭を下げてくる桜花の肩を叩き、促されるまま席に座る。
当然のように桜花は春秋の隣に座り、黒兎はユリアと並んで座る。
少しばかし空気が重い。ユリアも春秋もどことなく緊張しているようだ。
口火を切ったのは、ユリアだ。
「春秋、もう一度確認をするわ。七の帝王が滅んだ今、その世界からこちらへ侵略を仕掛けてくる敵勢存在はいないのね?」
「ああ。あの世界を旅した者として断言する。彼の世界に帝王以上の脅威は存在しない。それ以下の脅威であれば《ゲート》を用いて襲撃してくるかもしれないが――シオンと朝凪、黒兎がいれば十二分に対応出来る」
「そう。つまり――――あなたが残る理由は無くなったということね?」
空気がさらに重くなったのは言うまでもない。特に顕著なのは桜花だ。
不安げな表情で春秋を見つめている。
春秋に脅威を取り除いて欲しいと契約を持ちかけたのは桜花だ。
だからこそ、不安なのだろう。
「そうだな。俺が残るほどの《脅威》がいたとしても、黒兎が十全に戦えるなら問題ない。だが――」
「それなら春秋、あなたに新しい《契約》を持ちかけるわ」
「……は?」
だが、と付け足そうとした春秋の言葉は遮られた。そしてユリアから提案されたのは、意外なモノだった。
ユリアがキーボードを叩くとモニターに組織図が展開される。
それはクルセイダースの組織図であり、四つの部隊といくつかの後方部隊、そして配置されている少年少女たちの名前が書かれている。
総勢百人にも満たない、とてもじゃないが大きいとは言えない組織。
だが今日という日まで星華島を守り続けてきた有志たちだ。
「帝王たちの脅威を取り除いたからといって、星華島が狙われなくなる理由にはならないわ。私たちに必要なのは、備えよ」
続けてユリアが操作すると、組織図が変化していく。
黒兎、仁、奏、桜花、そして春秋だけが別の括りで纏められる。
そして表示されるのは、《Rebellion》。
「クルセイダース特別遊撃部隊を結成するわ。そこにあなたも在籍して欲しいの」
「物騒な名前だな」
「正直な話、この島は未だ不安定よ。この島を守る為の力はどれだけあっても足りない――私はそう考えているわ」
「成る程な」
ユリアの考えも理解できる。平和を取り戻したなら、次はどんな未来が星華島に迫るか。
ユリアはきちんと『次』を考えている。
それもこれも、島の外である神薙財閥から一人で星華島を守る決意を決めた先見の明だろう。
その未来、その果てに、何が起こるのか。
春秋は敢えて言葉にしない。黒兎も、桜花もだ。二人もこれからを予期し、楽観的になれないのだろう。
だからこそユリアは戦力を欲している。
春秋ならば帝王たちを退けれた実績がある。誰もが春秋の力を知っている。
「……契約の条件は、衣食住の確保。星華島で暮らすのに不都合は出来るだけ排除すること。人間関係はどうしようもないから目を瞑る。それと、俺の世話役として四ノ月桜花を配置すること。まあ、それくらいが妥当かな」
春秋は自分の意志で契約を持ちかける。それも、これまでと対して変わらない待遇で。
ユリアが目を見開き驚いた表情をするが、すぐに微笑んで手を差し出す。
「それだけでいいの? あなたの実力ならもっと求めても善処するわ」
「求めすぎはよくない。――それに、俺にも理由があるしな」
「そう。桜花は問題ないわね?」
「ありませんっ。春秋さんのお世話は私がしますっ!」
差し出された手を掴み、ユリアとの握手に応える。
お互いに微笑み合う。これまでの春秋であったのなら間違いなく見られなかった表情。
二人の握手の上に、黒兎が手を重ねる。
慌てたように、桜花は下から春秋の手を包み込むように手を重ねた。
「炎宮春秋、協力に感謝する」
「お前には借りもあるしな」
不敵に笑い合う春秋と黒兎は、二人して思うところがあるのだろう。
「私はこれからも、島に迫る脅威を調べます。春秋さんや皆さんが無事に帰ってこられるように」
桜花の微笑みに春秋は微笑みで返す。
見つめ合う二人の間には、今までにはなかった思いが見え隠れしている。
「これで星華島を守る戦力は揃ったわ。黒兎、シオン、仁、奏、桜花、クルセイダースのみんなと、春秋。――――頼もしすぎる、最高の戦友よっ!!!」
「物語は続く。
少年たちは歩み続ける。
未来にどんな脅威が迫ろうとも、どんな困難に陥ろうとも。
屈さず、立ち上がり、挑み続けるだろう。
舞台は次のステージへ。
黄金の炎へ至った炎宮春秋。
アルマ・シルヴァリオを目覚めさせた朝凪仁。
黒き死神たる神殺し、時守黒兎。
白き異端者、茅見奏。
大魔導師へ至らんとする時守シオン。
英雄よ、君は何を望む。
君は遂に仲間を得た。
旅の終わりを見つけた。
だが、だが、だが――――――お前の物語は終わらない。
お前の願いは叶わない。
お前の旅は終わらない。
お前は永遠に独りぼっちで。
誰もお前を理解しない。
だから、待ってるよ。春秋」
英雄は、真実を知らなければならない。
空想のリベリオン 第一章 《異界帝王蹂躙譚》――――焼却。




