第四十七話 黄金の夜明け 戦いの終わりと新たな一歩
黄金の炎が世界を照らす。
あまりにも神々しい。煌めく光を溢れさせながら、春秋は悠然と異形ハルクへ向かって一歩を踏み出す。
春秋の表情は以前とは打って変わって、まるで憑きものが落ちたように精悍としている。
いや、事実言葉通りなのだろう。
彼は一人であることをやめた。
孤独の象徴たるナラカ・アルマではなく、友愛を尊ぶアルマトゥルースを手に入れた。
距離を置いていた自分を仲間と思い尊重してくれたこの島の人たちに報いろうと。
「チガ、う。オ前は、違ウ! ソの炎は、ホノオハハハハハハハハハ!!!!」
黄金の炎を見た異形ハルクが声を荒げる。もはやまともな思考も残っていない筈なのに、それでも彼は春秋に拘る。自分が憧れた炎に憧れる。
「アルマトゥルース――命を力に。力を命に。森羅万象あまねく全てをこの手に掴めっ!」
炎が集う。伸ばした手で炎を掴む。
熱くはない。けれど、熱い。胸の内からこみ上げてくる思いが炎を新たな力へ導く。
掴んだ炎を振り払う。春秋のその手に握られているのは機工の槍・レギンレイヴ。
雷帝との一戦で確かに失われた筈のカムイが、春秋の手に戻る。
命を力に、力を命に。
無限炎熱変換機構:命の炎。
命とは、まさしく命だ。生命力と言えばより明確に理解が出来る。
そう、生命『力』だ。
命の炎は力を異なる力へと変換する機構。
だからこそ、黄金の炎は形を変える。春秋が望む姿形に、望みに応える。
「征くぞ、ハルク・インウィディア。この戦いで全てを終わらせるっ!」
「ハハハハハハハハルアキキキキキキキキイッ!!!」
黄金の炎が背中に集う。形作るは二対四枚の猛る炎の翼。
炎翼をはためかせ、春秋は加速する。
――――まるで閃光。
誰よりも速い。
シオンよりも、光帝ルクスリアよりも、仁のアルマ・シルヴァリオよりも誰よりも。
音を置き去りにした。像すらも置き去りになるほどに。
後から音が聞こえた時にはもう、異形ハルクは身体の一部が消し飛んでいた。
「ガ、ガ、ガアアアアアアアアアアアアアア!?」
うめきわめく異形ハルク。
春秋は強引に中空でUターンし、その手に握るレギンレイヴに黄金の炎を纏わせる。
「アルマ・コンバート」
「春アキイイイイイイイイイイ!」
痛みに悶えながらも異形ハルクは春秋へ向き直り無数の腕を伸ばす。
腕が伸び足が伸び口が伸びそのどれもが春秋を捕まえて地に落とそうと躍起になって伸びる。
黄金の炎を振り払い、レギンレイヴが姿を変える。
名も無き二振りの無銘剣。機工も持たず意匠も無い剣だが、それはただの剣ではない。
命の炎によって生み出された、命の炎を宿す黄金の剣。
「――――シッ!」
一呼吸をする間に伸びた全てが切り刻まれる。
異形ハルクは構わないとばかりにさらに身体を伸ばす。
春秋の全てを飲み込んでしまおうと、より身体を肥大化させる。
「……最後にお前に教えてやる。旅路を供にしたお前に贈る、最後の言葉だ」
「ハルアキ、ハるあき、ハルルルルルウアアアアアアアアアア!!!!」
剣が変わる。春秋の身の丈ほどある巨大な斧へ。振り回した斧が異形ハルクの泥を両断した。
二つに分かれた泥が二つの異形ハルクへ姿を変える。すかさず春秋は斧を変化させ、黄金の弓矢を生み出した。
二本の矢を番えて同時に放つ。泥の一部が弾け飛ぶ。けれど異形ハルクは止まらない。
「あの時のお前なら、炎を受け入れることが出来たかもしれない。旅を共に出来たかもしれない。けれどそれらは全てIFだ。俺は一人の旅を選び、お前は闇帝を選んだ。その結果が、俺たちの関係を終わらせた。今だからこそ、この言葉を贈ろう。――――お前との旅は、けっして退屈なモノではなかった。あの時があったからこそ、今がある。だから、ありがとう」
「ハルアキ――――」
「アルマトゥルース、命を喰らい輝きを増せ――アルマ・テラムッ!!!」
そして春秋は、命の炎の神髄を発揮する。
瞬発力であれば仁には劣る。けれど春秋は仁よりも長い経験を持ち合わせている。
誰よりも炎に通じているからこそ、アルマ・テラムを完全に制御することが出来る。
黄金の炎が身体を巡る。溢れた命を溢れた力を総動員し、これまでよりも尚速く春秋は加速する。
その身体からは黄金の粒子が零れ、体躯を光り輝かせる。
昏き世界を切り裂く陽光が、刹那の際に異形ハルクへ詰め寄った。
輝く右手を異形ハルクの身体へ叩き付け、纏う炎を注ぎ込む。
これは炎を分け与えるのではない。
炎を以て敵を葬る必殺技。
「――――|ブレイジング・アブソリュート《汝に絶対なる祝炎を》」
こみ上げる思いを言葉にして、黄金の炎が異形ハルクの内で爆ぜる。
「ァ――――」
それは闇を切り裂く光。体内を爆ぜ巡る炎が異形を砕く。
中で蠢く力の全てを。七つの帝王の《力の核》全てを破砕する。
異形ハルクの身体が崩れていく。黄金の粒子となって散っていく。
最後に残るは異形ハルクの残滓のみ。
その表情は何を訴えているのか、何もわからぬまま異形ハルクは消滅した。
「……終わったか」
桜の花びらと共に待っていた黄金の粒子が夜空に解けて消えていく。
黄金の炎を内に仕舞いこみ、未だ膝を突く仁に声を掛けた。
「制御しきれないアルマ・テラムは自殺行為だ。しばらくは炎のコントロールを中心に訓練しろ」
「ッハ、ッハ、ッハァ……!」
「立てるか?」
春秋が手を伸ばした。力を振り絞って顔を上げた仁が、伸ばされた手を見て驚く。
「……ははは」と小さく笑うと、仁はその手を掴んだ。
力を入れて仁を立たせると、春秋は何の気なしに永遠桜を見上げた。
「お前を巡る帝王の侵略はこれで終わりだ。七の帝全てが滅んだ今、しばらくは平和になるだろう」
春秋の言葉に仁は気まずそうな表情を見せる。
しばらくは平和になる、その意味を知っているから。
仁が口を開こうとする。口から零れる言葉は春秋を引き留める言葉だろう。
「春秋さんっ!!!」
しかし仁の言葉は桜花の声にかき消された。
桜花の声が聞こえたからか、そっと春秋は振り返る。
その表情は、いつもよりもずっと穏やかな表情だった。
春秋の表情に気付いた桜花は涙ぐみ、春秋の胸へ飛び込んだ。
「春秋さん、春秋さん……っ。無事で、無事で、よかった……っ」
「四ノ月」
泣きじゃくる桜花を、そっと抱きしめる。けっして放さないとばかりに、力を込めて。
「ただいま」
「――っ!」
桜花が顔を上げる。涙を溢れさせながら、桜花は満開の笑顔で春秋を迎えた。
「はい、おかえりなさい。春秋さん……っ!」
宛がわれた部屋にすら、『戻る』としか言わなかった。
それはいつかこの島を去るから。
『帰る場所』ではなかったから。
そんな春秋が口にした、ただいま。
その意味がどんな意味なのかわからない桜花ではない。
微笑む春秋と、泣きじゃくる桜花。
二人の熱い抱擁は、新たな物語の開幕を告げているようだった。
帰る場所を見つけた少年と、帰る場所でありたいと思っていた少女が心を交わす。
それは旅の終わりであり、二人の始まりでもある。
「四ノ月、帰るか。後始末をしないとな」
「はい、帰りましょう。一緒に、一緒に……っ!」
当たり前のように、桜花は春秋の手を掴んだ。春秋もまた桜花の手を掴む。
指を絡め、けっして離れないように。見つめ合った二人は微笑みを浮かべながら、本部へ続く下り坂を歩むの出会った。




