表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
44/132

第四十四話 昏き絶望 銀の希望




「な、にが……」


 どれくらい意識を失っていたのだろうか。

 時間にして一分も経っていない。けれども永遠に意識を手放していたのではないかと錯覚するほどだった。


 空が、昏い。

 世界は色彩を失っていないというのに、空は昏く陽光は日食のように僅かばかりの光を地上に放っているだけだ。


 光帝に散りばめられていたカムイの全てが砕けていた。

 その中心に立っているのは、逆立った髪の青年光帝ルクスリア――ではない。


 同じ顔をしている。


「――あー、あー、あー」


 同じ声をしている。


 同じ髪。同じ体躯。同じ衣装。そこにいるのはあくまでも『光帝ルクスリア』であるはずだ。

 けれど、違う。何かが違う。

 少なくとも、光帝ルクスリアは相対していてもこんなにも恐怖を感じることはなかったのに――――。


「初めまして、愛しい愛しい星華島の子供たちよ。オレは闇帝インウィディア。その真の名はハルク・アルカディア――以後、よろしく」


 名乗りを上げた光帝ルクスリア――闇帝インウィディアは、逆立っていた髪をぐしゃぐしゃとかき乱す。

 どろりと手のひらに泥を溢れさせると、ワックスのように髪を整え始めた。

 金の髪は黒に染まり、オールバックに整う。口角を釣り上げると、歩を進めてシオンを見下ろす。


「っく、ふ……!」

「立ち上がらない方がいい。オレの覇王君臨(カイゼルドライブ)を至近距離で見たのだ。君の視神経は瞬く間に闇に落ち、もうじき視界の全てが消え失せる」

「……アナタ、は、帝王、なんですよね」

「そうとも。世界を支配せし七の帝が末席。闇帝インウィディア。けれどハルクと呼んで欲しい。オレは帝王の名が嫌いでな」

「関係、ありません。アナタが帝王であるのなら、ボクが、アナタをたお――」

「無理で無謀で無知なことをするな」

「がっ――――」


 語り合うだけで腹の底が冷え込むような異質。闇帝インウィディア――ハルクは、薄ら笑いを浮かべながらシオンを蹴り飛ばした。


 地面を転がるシオン。身体が動かないのは、言葉通り覇王君臨(カイゼルドライブ)の影響だろう。


「ルクスリアは敗北し死ぬことへ一応の保険を掛けていた。それがオレ。この身体には光と闇、合計四つの核が存在してな。君が砕いたのは、ルクスリアの核だけだ。だからオレが表に出てきた。オレの覇王君臨(カイゼルドライブ)は死んでいない。あぁ残念。ルクスリアに滅ぼされる未来しか見えていなかったから、その対策しか出来なかった! 【予言】はなんと脆いものか! こうして第二の帝の出現を予期することも出来なかった! 情けない、情けない、いや、オレの悪知恵が上回ったということで!」


 ケタケタと嗤いながらハルクはもう一度、動かぬシオンを足で転がした。

 身体が動かなくても、強い眼差しで睨んでいる。光を失いかけている瞳で、ハルクに敵意を向けている。


「よいしょ、っと」

「――――」


 ハルクはそのままシオンの腹を蹴飛ばした。声も上げれずにシオンは再び大地を転がる。

 身体はぴくりとも動かない。意識を失ってしまったのか、その身体にはもう力が入っていない。


「さて、最後の希望を潰したところで――――宣言でもしておこうか」


 ハルクが指をくるりと一回転させると、どろりどろりと泥が浮かび上がる。

 まるで空間に穴を開けるように、泥が円の形を結ぶ。

 パチン、と指が鳴る。泥の中が、空間と繋がる。


「真正面からは初めまして。島の代表者と【予言】の少女。そしてクルセイダースの諸君たち」

「え……」

「これは、《ゲート》の……」


 ハルクが泥の中に一歩踏み出すと、そこはもう校庭ではなかった。

 クルセイダース本部。今の今まで戦況を観測していたその場所に、ハルクが現れる。


 呆然とするユリアと桜花、オペレーターの隊員たち。

 すぐに動けたのは、様子を見守っていた黒兎だけだった。


「神すら殺せ世界を殺せ――――我は刻限を宿す神鳥であるっ!!!」


 未だ万全でないにしても、黒兎の傷はあらかた回復はしている。

 背に広がるは万物全てに死を与える神殺しの力。炎のように揺らめく闇。

 光帝ルクスリアだけではなく、全ての帝王ですら危惧し警戒した超越者の力。

 春秋ですら、命の炎で相殺しなければならなかった最凶最悪の力。


 黒兎が手を伸ばす。触れさえすれば、ハルクを殺すことが出来る。


 ――だが。


「お前の出番は此処じゃない。お前はこの物語では脇役だ。オレの語りは邪魔できない……」

「な――――」


 ハルクの身体がどろりと溶けた。

 泥は何本もの触手となり黒兎の腕に足に身体に巻き付いて床に叩き付けた。


「ルクスリアの中から見てたからなぁ。ルクスリアを殺すために力を使って、君が万全でないことは理解しているよ。だからそこで眺めているといい。この島が終わる瞬間を」

「きさ、ま……っ。逃げろ、神薙ユリア、四ノ月桜花っ!!!」


 黒兎が、逃げろと指示を出す――それはつまり、黒兎ですらどうしようもない上京であるということだ。

 けれど、どこに逃げれば良いというのか。

 敵は《ゲート》を使い、本部に直接乗り込んできた。であるならば、どこへ逃げても追い掛けてくる。

 逃げることは不可能であると判断した時――咄嗟に口を開いたのは、ユリアだった。


「闇帝インウィディア……いえ、ハルク。貴方の目的は?」

「分かってるだろ。桜だよ。ここの桜を取り込めば、この世界全ての魔力を取り込むことが出来る」

「力を求めて、何を欲しているの」

「次のステージを」

「次の……?」


 余興とばかりにハルクは問答に付き合う。

 桜花はそっと目配せをして、オペレーターたちを退避させる。

 当然気付かないハルクではない。だが興味ないとばかりに、敢えて見逃している。

 最初から目的はユリアと桜花だと言わんばかりに。


「そう。次だ。他の帝王たちが死んだ以上はあの世界をオレが全て統治する。でも足りない。あんなちっぽけな世界じゃオレは満たされない。もっと、もっと、もっと――あまねく異界の全てをオレが飲み込む。闇が飲み込む。ああ、考えただけで垂涎ものよ」


 相対し、立っているだけでもやっとだ。ハルクはニタニタと笑みを浮かべながら、気丈に振る舞うユリアの顎に手を伸ばす。


「お前は美しいな。金の髪はルクスリアを思い出させる。どうだ、オレの嫁になるか? ――そうだな。そうしたら生きている人間の命くらいは見逃してやろう」

「あら、そんなに私を買ってくれるの?」

「ああ。もう桜は手に入れたようなものだし、余興として妻を娶るのも悪くない。――オレは愉しいことがしたいんだ」

「そう。なら――――」


 ユリアの答えは決まっている。

 島を守る者として、今、帝王を倒せる存在がいないのなら。


「……ユリアさん。ダメです。それで滅びを回避できるほど、【予言】は軽くありません」

「桜花……でも」

「この方は、寂しい人なんです。ずっとずっと孤独に生きて、やっと見つけた光にも見捨てられて……そして、その光を追い求めてこの地に来た」

「おお、なるほど! 赤の少女よ、お前は『読んでいる』側か。そうか、それが【予言】か!」

「っ……!」


 桜花に興味を持ったハルクがユリアを押しのけ詰め寄る。桜花はキッとハルクを睨んでいる。


「君も美しい。――ふふ。良いものだ。これほど極上な二粒の宝石、泥を被せるのは勿体ない。君もオレの嫁にしてやろう。契約だ、人命を奪わないことを誓ってやろう。帝王の名に誓い、その誓いをこの身体に刻み込んでやろう!」

「お断りです。……希望は潰えてしまったかもしれません。でも、私は、貴方の妻にはなりません!」


 ハルクは桜花の態度がますます気に入ったのか、「構わん構わん」と手を振る。


「気丈に振る舞う姿もそそる。堪らないなぁ……先に桜を取り込んで、お前たちを迎えに来よう。待っているがいい、花嫁たちよ」

「待――――」


 言うが如し、ハルクの足下に泥の《ゲート》が開くとハルクはそのまま沈んでいった。

 本部は静けさを取り戻した。――最悪の結果だけを回避した形で。


「桜花、どうするのよ。アイツに従えば、少なくとも他の人たちは――」

「……私は、祈ることしか出来ません。縋ることしか出来ません。私の魔法では治療も出来ず、ただただ奇跡を願うしかなかった」

「なにを、言っている。四ノ月桜花」


 ハルクが姿を消したからか、泥が乾き黒兎が自由になる。ふらふらと立ち上がると、様子のおかしい桜花に詰め寄った。


「……私も、命を賭けなければ不公平だったんです。私の【予言】がこの事態を招いている以上、私には責任があります」

「四ノ月桜花、何をした!?」


 黒兎が桜花の手を引っ張ると、袖に隠されていた手首が見えた。

 そこは包帯が巻かれていた。包帯がほどけると、その下には傷跡が。


「命の炎は、命を使うと聞いています。だからこそ、命を分け与えました。私はもう、二人に託すことしか出来ないから……!」




   +




「――――――ほう?」


 ハルクは《ゲート》を使い永遠桜まで辿り着いていた。

 視界に広がる花びらを鬱陶しく振り払うと、桜の前に立つ二つの影に気が付いた。


 片や黒髪の少年・朝凪仁。

 熱を帯びた体躯を引きずり、銀のカムイ:ラグナロクを握りしめている。


 片や茶髪の少年・炎宮春秋。

 傷だらけ包帯塗れ血が滲んだ身体のまま、武器も持たずに佇んでいる。


「なあ、春秋」

「……どうした、朝凪」

「お前から貰ったこの炎ってさ、もう、俺の力になるのかな」

「お前は炎に選ばれた。炎に誓え。お前が何を望み、何を求めているのかを。――――炎はお前に応えてくれる」

「そっか。じゃあ、俺からいく」

「ああ。……気を付けてな」


 ハルクのことなどお構いなしとばかりの二人の会話。

 包帯を剥がしながら、仁が一歩前に出た。

 意外な表情を見せていたハルクが表情を引き締める。


「――――炎に誓う」


 ――――幻想の中で、桜吹雪に手を伸ばす。

 掴め、と心が叫ぶんだ。

 この場所にいる者のみが許される。

 この場所に立つ者のみが与えられる。

 この場所に認められた者だけが――!


 幾百幾千幾万の、桜が君を祝福する。


 さあ、可能性(アルマ)を手にしよう。


 君の炎は、何を求めて染め上がる。


「俺はこの島を守りたい。

 父さんが、母さんがいたこの島を。

 思い出に溢れるこの島を。

 俺が出せるのは、一つの未来。

 俺はどうやったって、魔法使いとして大成しない。

 そんなのは俺自身がよく知っている。

 でも、俺の努力を認めてくれる人はいる。

 ユリアさんが、桜花が、シオンが、黒兎さんが、皆が。春秋が。

 俺の可能性を知っている。だからこそ、俺が捧げられるのは、その未来!!!

 この先、俺の人生全ての魔力を! 魔法使いとしての未来を、捧げる!


 俺に力を!

 島の新たな未来を!

 可能性を、掴ませろ!

 ――――アルマ・シルヴァリオッ!!!」


 昏き世界を、銀の炎が切り開く――――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ