第四十二話 勝利に繋げる為に
マテリアル・コンバート。
言葉に呼応して、掲げた腕が変質する。
白き装甲が肌を覆い隠す。機械の五指を握りしめ、紫電が走り駆動音を唸らせる。
走る痛みに顔をしかめながら、奏は相対する光帝ルクスリアを睨め付けた。
「……その腕、ただの手甲では無さそうだな。貴様たちが使うカムイなる兵装とも違うようだが」
「そうだな。まっっっっったく毛色の違うモンだよ」
「感じる。ただの鎧装具ではないことを。ワタシを愉しませてくれそうな予感をな!」
「残念なことに、ご期待には添えられねえよ!」
準備を終えたとばかりに両者が動き出す。どちらも同時に大地を蹴る。
瞬間、爆ぜる光。刹那の間に光帝ルクスリアは奏の背後に回り込んでいた。
――速すぎる挙動に、奏の視界は追いつけていない。
だが、光帝ルクスリアがそこにいることはわかる。
だから。
「正面から来いよ、帝王さんよぉ!」
「ほう。これを防げるか!」
右腕が、『伸びた』。
伸びた腕が光帝ルクスリアの剣を受け止める。
愉快げに嗤う光帝ルクスリアはすぐに剣を引き一旦距離を止める。
くつくつと、静かに嗤う。
「その腕、愉快。その腕、異質。カムイではない。情報にない。知らない、ワタシの知らない力。――知りたい。とても知りたい。ワタシの世界にはなかったその力。とてもとても興味がある。知り尽くし、嗚呼、蹂躙したいッ!」
「うわ、なんか悪趣味な帝王だな……」
「ワタシは光帝ルクスリア。光とは希望の象徴。ワタシは光帝ルクスリア。あまねく全ての光を支配する王。それ即ち、希望を喰らう帝王であるッ!!!」
「希望を喰らう帝王、か。大それた名前だよ」
「少年よ、問おう。汝の名は!」
「茅見奏。クルセイダース四番隊隊長で――――」
今度は奏が仕掛ける。右腕の甲から粒子があふれ出し、刃の形と成っていく。
腕を振り抜くと粒子の全てが結合し、機工の刃が完成する。
「ちょっとばかし調子に乗りたい脇役だよっ!」
「脇役風情がそんな心躍る力を持つかぁっ!」
一歩詰め寄った奏が地面を蹴り、中空で一回転してからなぎ払う。光の剣が機工の刃を受け止める。
ぶつかり合う力と力。衝撃の余波が周囲を巻き込む。
一陣の風。瞬く間に外壁や大地に罅入る。
「受け止めるんだな。てっきりお前たちお得意の防御術式を使うと思ってたが」
「貴様のそれは未知数だ。下手な防御術式を使うより受け止めた方が確実よ!」
「はー。もっと油断してくれれば仕留められたのに」
「油断はしない。慢心もしない。ワタシは光帝ルクスリア、全ての希望を――――」
「二度も言う必要はねえよ!」
問答をするつもりはない。剣を弾き飛ばすと距離を取る。
剣の間合いから離れた奏は再び腕を伸ばす。範囲外からの刺突。だが光帝ルクスリアの意表を突くには至らない。
機工の刃を避けた光帝ルクスリアが距離を詰める。
次は何をしてくるのかと期待に頬を緩ませながら、光の刃を奏へ向ける。
「もっとだ、もっとワタシを愉しませろッ!」
「ご生憎さまだ。俺の役割はお前の接待じゃねえ!」
迫る光帝ルクスリア。伸ばした腕を戻すには間に合わない。――けれど。
「マテリアライズ!」
「ほう……!」
奏が叫ぶ。右腕の二の腕から粒子が溢れ、新たな形を呼び起こす。
それが武器の形となる前に、奏はそれを左の手で掴んだ。
それはもう一本の機工の刃。手の甲から伸びている刃とは違い、こちらは持ち手のある剣だ。
光帝ルクスリアの刃を受け止められる異質の力が二振りとなる。
再び剣と剣がぶつかり合う。光帝ルクスリアは口角を釣り上げ、奏は忌々しげに口を歪めた。
伸ばした腕を元に戻し、二本の刃を振り抜いた。
「……ったく、鈍ってる。反応速度が落ちすぎてるな」
「面白い。面白い。なんだ貴様のその力は。光でもない、火でもない。水でも土でも風でも雷でもない。森羅万象ありとあらゆる属性でもない。鉱物のようで、だがそんな鉱物は知らない。知らない知らない面白いッ!」
「考察にハマってるんじゃねえよ」
「考えられずにいられようか! 目の前に未知がある。知らない力がある。それは希望に繋がる力。ワタシの栄光を阻む力。わかる。それはわかる。だからこそ! ――惜しい」
光帝ルクスリアは気付いた。バレてしまった奏に冷や汗が流れる。
「貴様のその力、右腕だけではないはずだ。けれど右腕しか変容していない。何故かは知らない。――だが、だからこそ惜しい。その力が全開であるのならばワタシは討ち果たされていた。けれどけれどけれど! 今の貴様は半端だッ!」
「……ご明察。だから言ってるだろ。俺は脇役で、役目を遂行するだけだと!」
「その程度で! 役目も何も! 果たせると思うな!!!」
「ッ……!」
――――光帝ルクスリアが牙を剥く。愉快げに奏を観察していた時とは訳が違う。
瞬きの合間に光帝ルクスリアが移動する。目では追えない。奏は予測と本能に従って受け止めることしか出来ない。
正面背後上空左右縦横無尽。空間の至る所から光帝ルクスリアの刃が迫る。
とても二振りの刃だけでは防げないほどに。いくら腕を伸ばしても、一本の腕だけでは防ぎきれない。
「未熟未熟未熟! ああもったいない。ワタシは今、勝利への希望を摘んでいる。ワタシは光帝ルクスリア、希望を喰らう帝王であるッ!」
「しつこいんだよっ!」
致命傷は負わずとも、目に見えて奏が押されていく。少しずつ後退を余儀なくされる。
光帝ルクスリアは少々面食らっている。確実に殺すために圧倒的な速度で攻撃をしているのに、ここぞというタイミングで奏が致命傷を避けている。
見えていないのに。
たとえ直感が優れていても、反射と思考の領域では間に合わない一撃だというのに。
気味が悪い。腹の奥からこみ上げてくる気味の悪さが光帝ルクスリアを突き動かす。
まるで自分の全てを見透かされているような奏の対応が、心底気持ち悪い。
光帝ルクスリアの一撃を受け止めきれず、奏は大きく後ろへ跳躍した。
もう身体はぼろぼろだ。致命傷を受けていないだけで、このまま放置していれば出血多量でどっちみち動けない。
悠然と歩を進めてくる光帝ルクスリアを睨め付けながら、さらに一歩後退する。
大きな広場に出る。
着実に追い込まれている奏にとって、此処こそがを最終防衛ライン。
永遠桜まで、もういくらも距離がない。
「なんだ貴様は。さっさと死ねばいいものを。希望を摘まれて絶望に顔を歪めればいいものを!」
「当たり前だろ。俺は最初からお前に勝つ気がないんだから、お前相手に絶望する理由がないんだよ。俺の希望は、此処じゃない!」
「潰してやろう。苦痛に顔を歪めてやろう。貴様の顔を絶望に歪めてやろう。出なければ出なければ出なければ面白くないッ!!!!」
そして、光帝ルクスリアが無表情の仮面を取り出した。
それは帝王たちの第二解放術式であり、戦況を絶望へと繋げる力。
だからこそ、一番警戒し、対策を打たねばならないもの。
「覇王君臨――――」
「――――この瞬間を、待っていたんだよッ!!!」
光帝ルクスリアが、奏が叫ぶ。奏に光帝ルクスリアの覇王君臨を止める手段はない。剣を伸ばすには物理的に間に合わない。
この状況こそが奏が狙ったモノであることを光帝ルクスリアは知らない。
覇王君臨をする時だけ、異界の帝王は、片方の手が塞がり、視界の一部が見えていない。
「な……にぃいいいいい!?」
「……へ。繋がったぞ、シオン」
仮面が砕かれる。
覇王君臨を行うために必要な、無表情の仮面が。
光帝ルクスリアの右腕を貫いたのは漆黒の弾丸。
狙撃の一手が、仮面を持つ手を打ち抜いたのだ。
「――ありがとうございます、茅見さん。あとはボクに任せてください」
開けた場所は、ただの広場ではない。最初からここで光帝ルクスリアを迎え撃つと決めていた、クルセイダース最後の戦場だ。
星華学園・校庭。
最後の切り札である少女、時守シオンが待ち構えていた場所である。
「ユリアさん、お願いします!!!」
シオンの言葉を皮切りに、周囲の建物から一斉に何かが射出される。
それらは光帝ルクスリアを狙ったものではない。
その『何か』は――その全てが、カムイだ。
剣であり、槍であり、斧であり、弓であり、銃であり。
ありとあらゆる武器が大地に突き刺さる。
その数は、およそ百を優に超える。
真意に気付いた光帝ルクスリアが、痛みを訴えてくる右手を掴みながら忌々しげにシオンを睨む。
初めて光帝ルクスリアが表情を歪めた。戦いを愉しむ顔ではなく、自分の全てを見透かされていたことを気にくわないとする顔だ。
「貴様は……貴様らは、何者だ。何故そんな目が出来る。ワタシは光帝ルクスリア。偉大なる帝王にして、あまねく全ての希望を喰らう帝王ぞ!!!」
「希望は此処だッ! クルセイダース2番隊隊長で、総隊長時守黒兎の妹で、大恩人炎宮春秋が一番弟子!!! 時守シオンが、アナタを討つ!!!!」




