第四十一話 ――――天より来たる極光
「星華島上空に《ゲート》出現! 観測魔力オーバーS。間違いなく帝王です!」
「来たわね……。星華島防空システム展開、目標の降下に合わせて一斉掃射!!!」
ユリアの声に合わせて星華島が牙を剥く。
各種施設に急増された砲塔が天に座す青年――帝王に向けられる。
ゆっくりと降下を始めた帝王へ、カムイの一撃が命中する。
命中と共に魔力弾が炸裂する。
広範囲を巻き込むように拡散する魔力弾は、変質する帝王の術式の前には無意味である。
足止めにすらならない一撃なのは百も承知。
だが、無駄だからと言って諦めていい理由にはならない。
命中する度に帝王は少なからず防御の術式を使用する。その一瞬だけは帝王の足が止まる。
少しでも、僅かでも、時間が稼げる。
「っ……1から6番までの主砲、沈黙! 帝王の攻撃によるものと思われます!」
「観測班、被害状況よりも『どう』破壊されたかを最優先の報告しなさい!」
「ひ、光と思われます! 帝王の身体の一部が光ると同時に、主砲が爆発しました!」
「光……《侵略者》は光帝と断定。戦術方針は変更せずそのまま第二作戦へ移行して!」
「了解です!」
新設された大砲のカムイは全部で百を越える。だがこの僅かの間にすでに二十以上が破壊された。
壊れてもいいとユリアが叫ぶ。攻撃の手を緩めるなと、少しでも時間を稼げと怒号を飛ばす。
「ああもう、遠隔操作してるとはいえ一週間頑張って造り上げたカムイ砲台が……!」
「カムイは壊れても直せるわ。避難状況は!」
「非戦闘員はシェルターへの避難が完了しています。破壊された砲台側にいたオペレーターたちは避難を始めています!」
光帝からの攻撃は想定以上に苛烈なもののようで、砲台が破壊される毎に轟音が本部にまで聞こえてくる。
本部の場所は悟られてはいない。とはいえ、出来るならば早めに避難するにこしたことはないのだが。
だが彼らはそれをしない。此処こそが自分たちの戦場であり、危険に身を晒す戦闘員たちと胸を張って見送る為にも、不退転の決意で一歩も退かない。
誰もが同じ気持ちでいた。
この島を守る為に。
【予言】を回避するために。
「――第四部隊隊長茅見奏。出撃して! ……死ぬことは許さないわよ、奏」
『了解だ。これから出撃する』
ユリアの指示に、モニターから声が聞こえてくる。第二作戦の為の出撃に応じて、奏が出撃する。
しかし、そこでユリアが気付く。モニター越しの奏が、本来持っていなければならないものを、持っていないことに。
「奏、あなたカムイは」
『ああ、置いていく』
「何を馬鹿なこと言っているの!? あれがなかったら、そもそも光帝にダメージすら与えられないじゃない!」
『大丈夫だよ。俺だってちゃんと準備してきた。神薙さん、アンタがたたき出した勝率を、100パーセントにする手段をな』
「どういうこと? 私は何も知らないわよ!」
『そうだなぁ。後で黒兎さんに説明して貰う。俺は馬鹿だから説明するのは下手くそだし、時間のない中でコレを作戦に組み込むのも難しいと思った。でも、大丈夫だ。俺は必ずシオンに繋げる。勝利に繋げる。だから、――俺は出撃くよ』
「待ちな――――」
ユリアの言葉を待たずに通信が切られる。奏が何を考えているのか、何を用意しているか検討も付かなかった。
クルセイダースのメンバーの成績は全て把握している。誰が何を出来て出来ないか、ユリアは全て把握している。
だからこそ作戦の立案が出来る。そこから勝算を導いている。
今回の作戦は、最終的にシオンがどこまで仕上がったかに掛かっている――そこまで考慮しての勝算は、70%を越えていた。
十分と判断するには低い。70%勝てるということは、裏を返せば30%は負けるのだ。
三割は小さいようで非常に大きい。もっと最善の手段があったかもしれないが、それを求めるにしては時間が足りなかった。
この短期間で、春秋と黒兎を欠いた状態で対帝王への勝算を70%まで引き上げたのは称賛されるほどだが、それ故に、不測の事態への対応力を切り捨てている。
「オリフィナに連絡を入れて奏を止めなさい! せめて何をするか相談させなさい!」
「で、ですがオリフィナ副隊長からも『奏の好きにやらせて』と!」
「何を考えているの!?」
「ユリアさん。落ちついてください」
本部に戻ってきた桜花がユリアを宥める。
「戦えない私たちに出来ることは、皆さんを信じることだけです。茅見さんが勝つために尽力してくださるというのなら、その言葉を信じるだけです」
「そうだけど……!」
「それに、世の中想定通りに収まることなんてないんですよ。世界はいつだって、私たちを裏切りますから」
「桜花?」
意味深な言葉をよそに、桜花は破壊されていく星華島の光景を見つめている。
島中に設置された砲台の大半から黒煙が上がっている。まるで世界の終わりのような光景だ。
それでも、希望はあると。
強い決意を込めた瞳で、未だ被害を被っていない地域を見つめた。
そこは、星華島中央・永遠桜にほど近い場所。
――――時守シオンが光帝を待ち受ける、最後の戦場。
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悠然と、逆立った金髪の青年が星華島の大地に足を降ろした。
そこで待ち受けていたのは、白髪の少年・茅見奏。
「――――おや、ワタシの相手をするのは炎宮とばかり思っていたが」
光帝ルクスリア。空色の双眸が眼前の奏に向けられる。
「まあ、俺もそう思うよ。俺は脇役だし、こんなタイミングでボスクラスのアンタの相手にゃ役者不足だ」
「そうだろうなぁ。相対してもアナタからは微塵も脅威と感じない。ここで逃げるのであればその命を見逃してやってもいいくらいだが」
「そりゃありがたい。でもダメなんだよ。ここで俺が役目を全うしないと、この物語はハッピーエンドにたどり着けない。そんな気がする」
光帝ルクスリアの問いかけに、否定で答える。
口角を釣り上げ、その手に光の剣が握られる。
「それでは仕方ない。雑魚を蹴散らし桜を目指すとしようか」
「させねえよ。今の俺じゃお前には勝てない。でもな、俺がすることはお前に勝つことじゃない。勝ちへの貢献くらい、俺にだって出来るんだよッ!!!」
そして、奏が右腕を掲げ――光帝ルクスリアに向け、内より溢れてくる言葉を舌に乗せる。
「――――マテリアル・コンバートッ!」
それは、世界を変える言葉。




