第三十九話 独白 - 神薙ユリア
「ユリア様、カムイの製造が予定の85%に到達したと連絡が入りました!」
「ご苦労様。あと二日しかないわ。全力で仕上げるように指示を出して。報酬も休暇も後からいくらでも用意するわ!」
「了解です!」
クルセイダース本部にユリアの声が響く。付き従うオペレーターたちのキーボードを叩く音がけたたましい。
「ふぅ」と一息を吐いてユリアが腰掛ける。すっかり冷めてしまったコーヒーを流し込みながら、手元のパソコンに映る映像に視線を向けた。
画面に映るのは三つの光景。
一つはシオンと黒兎の特訓。もう一つはカムイを握り稽古に励むクルセイダースの隊員たち。
最後の一つは、ずっと稼働を続けているカムイの生産工場だ。
「シオンの為のカムイはもうすぐ整う。他の隊員たちに支給する分も。……問題は、それでも勝算が低いところね」
桜花の【予言】、黒兎からもたらされた情報。そして、春秋のこれまでの戦闘データ。
これらを元にユリアは勝つためのシミュレーションを何度も繰り返してきた。
(勝率は、50%に届いていない。こればかりは口に出せないけれど……。全ては、シオンに掛かっているわね)
シオンから提示された作戦。それを取り入れたとしても勝率は半分にも満たない。
春秋と黒兎が動けない状況を想定しなかったわけではない。そもそも黒兎が姿を消してから数年間、島の防衛は出来ていたのだ。
春秋を引き入れると桜花の提案を受けていたが、最初は半信半疑だった。
けれど、春秋がここまで協力してくれるとは思っていなかったし――なにより、帝王たちがここまで脅威になると想定できていなかった。
だからこそ、今の状況は芳しくない。
島を守り、主導する立場として――勝率の低い戦いはしたくない。
「……いっそのこと、私が戦えたら全部解決するのにね」
自嘲気味に呟く。
誰かの命を背負うくらいなら、自分が前線に出てしまいたい。
けれど自分にそんな力はない。天才と持て囃されようとも、戦う力は与えられなかった。
カムイを握り、戦場を駆けることも出来ないわけではない。
だがそれをするくらいならば、本部で作戦を立案した方がよっぽど勝利に貢献出来る。
自分自身に出来ることを見定めているからこそ、余計なことはするべきではないと判断している。
「私は神薙ユリア。神薙コーポレーションの長で、星華島を守る責任者。……私がするべきことは、戦う人たちの為に少しでも勝率を上げること。戦いが始まったら、私は祈ることしか出来ないのだから」
時間はあまり残されていない。けれど、出来る限りの指示はもう出している。
だからもう一度、シミュレーションを繰り返す。
いくつものパターンを試して試して試して、1%でも勝率を上げるために。
「六体目の《侵略者》。異界の帝王。……火、水、地、風、雷。春秋が言うには残りの帝王は光と闇。どちらが攻めてくるのかしら」
どのような攻撃をしてくるかは未知数でも、共通していることは多々ある。
・名を冠する属性魔法の使い手であり、肉体を属性に変化させて物理的な攻撃を無効にする。
・帝王は最初は人間形態であり、追い込まれたりすると【覇王君臨】と呼ばれる術式で本性を曝け出す。
○炎帝――不明
○水帝――水の竜人 仮称:《アクア・ドラグーン》
○地帝――岩の巨人 仮称:《ガイア・ケンタウルス》
○風帝――風の巨鳥 仮称:《エア・ホーク》
○雷帝――不明
「予測するに、他の生物……伝承の存在なども含まれるけど、人を超越するために巨大化する。……人とかけ離れた姿となり、畏怖を植え付けるのも目的に含まれそうね」
データを睨みながら残りの帝王の覇王君臨を予測する――が、まだまだ憶測の域を出ない。
一番現実的なのは、覇王君臨をさせないことだ。
「第二解放術式の妨害……その線でも攻めてみましょう」
全ては仮定の元に行われる。思いついたアイデアで妨害出来るとは限らない。
でも、それが少しでも勝率を上げる可能性になるのなら試さずにはいられない。
自分は戦えないから。
それが一番、ユリアの歯がゆい部分である。
「……?」
誰かに肩を叩かれた気がして、振り返る。でもそこには誰もいない。
「ユリア様、どうかしましたか?」
「何でもないわ」
オペレーターがユリアの異変に気付いて声を掛けるが、異常は何もないのだ。
すぐに切り替えて画面に視線を戻す。残された時間は少ない。
出来ることを、するだけだ。
「人には適した場所がある。クルセイダースたちは戦場で、私の戦場は戦いに至るまでよ……!」
矢継ぎ早に上がってくる報告書に目を通しながら、何度も何度もシミュレーションを繰り返す。
「ユリア様、時守隊長から連絡ですが」
「繋いで」
「わかりました!」
備え付けの受話器を耳に当てると、すぐに黒兎の声が聞こえてくる。
モニターに視線を向ければ、黒兎がカメラに顔を向けていた。
シオンは力尽きたのか地面に足を広げて寝転がっている。転がっているカムイの残骸が壮絶な特訓だったのかを物語る。
『聞こえるか、神薙ユリア』
「聞こえているわ。どうしたの、黒兎」
『一つ思いついたのだが――――』
黒兎からの提案は、ユリアの計算する勝率を大幅に引き上げるものだった。
この日からユリアは大急ぎで黒兎の提案を実行する準備に追われることとなる。
小さな違和感のことなど切り捨てて。
出来ることを、全力で遂行する。
全ては島を守る為に。
この島に生きる人たちの為に。
それは全て、この世界を守ることに繋がっているから。
――――神薙の名を背負う者としての、責務。
「奏とオリフィナに連絡を入れておいて。作戦の軌道修正をするわ。特に奏には、勝算が90%を越えたと断言していいわ!」
眠気覚ましにカフェインたっぷりのエナジードリンクを煽り、髪を掻き上げながらユリアは足早に本部を後にする。
向かうのはカムイの開発局。
黒兎の提案を実行する為に、準備の最前線にユリアも躍り出る。
帝王襲来まで、あと二日。




