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空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
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第三十八話 独白 - 茅見奏




「にゃー」

「おお食え。もっとたらふく食え」


 桜吹雪が舞う公園で、茅見奏は猫に餌を与えていた。

 真っ白な猫はキャットフードを平らげると、お礼とばかりに奏の手にすり寄ってくる。


「満腹かー? おかわりはいるかー?」

「にゃー」


 どうやら満たされたようで、猫は嬉しそうにごろりとその場で寝転がる。

 わしゃわしゃとお腹を撫でると身体をくねらせる。

 にゃーにゃーと鳴く猫を甘やかしながら、奏はため息を吐きながら桜を見上げた。


「こんなところにいたのね、奏」

「現実逃避中でーす」

「安心しなさい。すぐに現実に引き戻してあげるわ」

「お前、俺には厳しいよな?」

「ええ。腑抜けたあなたのことが嫌いだから」


 「ひっでぇ」と悪態を吐きながら声を掛けてきたオリフィナに振り返る。

 冷めた目で奏を見つめるオリフィナの手には剣のカムイが握られている。クルセイダースの隊員たちに配られた、量産型のカムイだ。

 特筆すべき術式も搭載されていない、純粋な武装としてのカムイ。


「走ってたのか?」

「ええ。カムイを背負ったまま走った方が実戦の感覚が掴めるわ」

「実戦、ねぇ」


 実のところ、奏は量産型のカムイの欠点に気付いている。

 単純に、重いのだ。身体強化の魔法を行使すれば気にならない重量だが、同世代の女子が持つには少々堪えるくらいには。

 だからオリフィナは平時でもカムイを背負ってトレーニングをしている。いつ如何なる時でも、万全に戦えるように。


「なあ、フィナ」

「何よ」

「どれだけ頑張っても越えられない壁が目の前にあって、どうして必死になるんだ? ……少なくとも、お前は俺と同じ考えだと思っているんだが」


 含みのある奏の問いかけに、オリフィナは当然とばかりに即答する。


「私は今を生きているからよ。今の生を謳歌しているからこそ、今を守る為に戦うわ」

「だが、俺たちは――」

「私が知ってる茅見奏は、単純で、馬鹿で、まっすぐ自分の信念を貫いて――世界を救う気概を持った男よ。そして、救えなかった命だって背負うと決めた、英雄よ」

「…………買いかぶりだよ。俺は高い壁を前にして、折れただけのポンコツだ」

「そう。じゃあいいわ。帝王が来る前に島を離れればいいじゃない」

「……それは」


 奏はこの島で生まれ、この島で暮らしてきた。

 両親の顔は覚えてないけど、確かに愛情を注がれたことだけは覚えている。


「隊長が諦めていたら隊員たちの士気が落ちるわ。最低でも、作戦には参加しないで。島民たちと一緒に避難していなさい」

「なあフィナ、俺は――――」

「喋らないで。私がこれだけ叱咤しても奮い立たないなら、あなたはもう私の知ってる茅見奏じゃない。……これ以上、私を失望させないで」

「…………」


 悲しげに目を伏せるオリフィナと、苛立ちを隠さない奏。


「……オリフィナ。俺は……俺は、間違えるのが怖いんだ。今、俺の目の前に二つの選択肢があるんだ。一つは逃げ出すこと。帝王との戦いを諦めて、生きるために逃げること。そして、もう一つ」

「戦うことよね?」

「…………」


 沈黙は肯定を意味している。それを言葉にしないからこそ、オリフィナは何も言わずに奏に背を向けた。

 奏が目を伏せる。オリフィナが歩き出す。奏は去りゆくオリフィナに手を伸ばすことも出来ない。


「……俺は間違えて、一番の親友を失った。次間違えたら……今度はお前を失ってしまう。俺の人生は、いつも間違えて失ってばかりの連続なんだよ」

「あなたが選択を違えたとしても、私が死ぬとしたら、それは私の責任よ」


 オリフィナの姿が見えなくなると、奏はため息を吐いてしゃがみ込んだ。

 猫が心配そうにすり寄ってくる。猫の顎をくすぐりながら、奏はぽつりと呟いた。


「聞こえてるんだろ。少しだけだ。少しだけ……――――右腕だけでいいから、俺の力を返しやがれ、神様よ」


 風に揺られて桜並木がざわめいた。

 それはまるで奏の問いかけに答えるように。


 “いいとも”


 奏だけに声が聞こえてくる。少し高い少女の声。


 “じゃあ、何を代償として差し出すのかな?”


「……っは。逆だよ、わかってんだろ」


 啖呵を切るように、強い決意を込めた瞳で空を睨む。

 右腕を掲げ、空に座す太陽を掴むように手を広げる。


「アンタは今まで俺から奪い続けてきたんだ。だから少しだけ、俺に返しやがれ。いつまでもアンタの思い通りの演者でいると思うなよ……!」


 “おやおや、怖い怖い”


 “わかったわかった。黒のウサギが動けないだけで状況は充分だろう”


 “一時、お前の力を返してやろう。私を盛り上げておくれ”


 “――――世界に嫌われている異邦人よ”


「……あーあ。こんな契約するつもりなかったのによ。でもしゃーねーよ。守りたい好きな女にあそこまで言われて戦わなかったら、それこそアイツに笑われる。……はぁ。主人公じゃない立場は損ばっかりだ」


 奏の独り言は誰の耳にも届かない。

 だが、それでいい。

 茅見奏は理解している。


 今の自分は主人公(ヒーロー) じゃない。

 それでも出来ることはある。

 出来ることで、守れることもある。


 もう少しだけ、諦めないことにしよう。


 ――――もう二度と、大切な人を失わないために。




 帝王襲来まで、あと三日。

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