第三十七話 主人公になるために
「はぁ……す、スパルタすぎませんか!?」
「黙れ愚妹。あと四日しかない現状をちゃんと把握しているのか? そもそもこのスピードでもギリギリなんだぞ」
「わかってますけど……ああもう、この馬鹿兄さんは!」
星華学園の校庭――かつて春秋と炎帝が死闘を繰り広げた場所で、シオンは膝を突いていた。
対するように立つ黒兎は杖に寄りかかっている状態だ。
二人を囲むように、機械の残骸が転がっている。そのどれもがユリアが用意したカムイであり、その全てが破壊され尽くしていた。
「いいかシオン。お前は才能を無駄遣いしている――そう指摘されて、何を思った」
正直に言って、黒兎は立っているのもやっとの状態だ。それでも立ち上がりシオンに立ち塞がっているのは、今の自分に出来ることを遂行しているのだ。
「何を、って……」
黒兎の問いかけに、シオンは言葉に詰まらせる。
春秋に、そして水帝と地帝に言われた言葉。
カムイ・フェンリルを用いての近接戦闘――それが才能の無駄遣いなのだとしたら。
「お前は別に、近接戦闘が向いていないというわけではない」
「え……」
「そもそもお前は勘違いをしている。その意識をまずは正せ」
黒兎は誰よりもシオンを見てきた。兄としてずっとシオンの前にいたから。前を進んでいたから。
だから、誰よりも――――シオンの才能を理解している。
それでいて、見当違いの言葉を吐いていた者たちに向かってため息を吐く。
「いいかシオン。――俺の戦い方を真似するな」
「っ……」
「幼い頃から共に過ごしてきたから仕方ないことだが、お前の戦いは俺に引っ張られすぎている。特に徒手空拳を基本とした近接戦闘、魔法術式を用いて相手の計算を狂わせようとする手法――そのどれもが、俺の模倣だ」
「ち、違います。ボクは、ボクなりの考えで――――」
「そもそも考え抜いた先の答えが俺と同じ戦い方という時点で、『天災』である俺に敵わないことは百も承知だろう」
「っ!」
「いいかシオン。お前は馬鹿だ。朝凪仁と同じかそれ以上の、馬鹿だ」
「うっわもうこの兄本当にズケズケと無神経に言ってくるなぁ!!!!」
「馬鹿だから、相手の嫌がることをしようと考えるな」
「え……」
黒兎の言葉にシオンは顔を上げる。黒兎は散らばっているカムイの残骸を指差し、そして天を見上げた。
「俺の戦い方は、ありとあらゆる方向から相手の行動を予測し、そこに最善の策をぶつける――相手が最も嫌がる選択肢を取り続けることだ。神殺しの力を得てからは、よりその傾向が増した」
「……はい。兄さんの戦いは知ってます」
「そうだ。だがお前はそんな戦い方は出来ない――向いてない、が正しい。お前は根本的に相手への嫌がらせが出来ない単純熱血猪突猛進だ」
「い、言わせておけば……!」
いちいち毒のある黒兎の言葉に地団駄を踏むシオンだが、言われてみて納得するものがある。
水帝へ攻撃を与える術式を開発した時――それで勝てると思っていた。そこから先を考えていなかった。
深く考えてみれば、帝王ほどの実力者が、攻撃を妨げる術式を乱されて――その次の選択肢を用意してしないわけがない。
だから、シオンもそこから先を考えるべきだった。攻撃が当たるから押し切れる、ではない。
攻撃が当たるようになって、ようやく戦う土俵に上がれたのだ。
そこから先を、全く意識していなかった。
自分のしたいことだけを押しつけようとして、結果として何も通用しなかった。
「お前ならば、いずれ自分で辿り着くのは明白だったがな……まったく、四ノ月桜花も急がせてくる」
「……兄さん、それで。それでボクはどうすればいいんですか」
「答えを他者に求めるな。俺の言葉だけでお前はもう答えを導き出しているのだろう? お前はただ、これまでの戦いで自信を失っているから、俺に答えを求めてるだけだ」
「っ……!」
島を守りたい。命を賭けて戦い尽くすシオンの自信――それは、二度の帝王との戦いですっかり折れてしまっていた。
勿論命を尽くさないわけではない。
命を賭けろと言われれば、平然と命を賭けする。その気概は常に持ち合わせていた。
ただ――――勝てと言われて、勝ちますとは言えなかった。
「シオン。お前は『天災』である俺の妹だ。気休め程度だが、断言する」
黒兎はシオンを見つめると、僅かばかりの微笑みを向ける。
兄の微笑みを見るのは凄く久しくて。兄の思いを、肌で感じた。
「自信を持て。己の全てを尽くせ。お前が、お前に出来ることを出し切れ。その上で――真っ正面から、お前が思う方法で相手を打ち倒せ」
悔しい思いが、胸を満たす。
それと同時に、温かい気持ちが胸に広がる。
嬉しい、と。
兄が、自分を認めてくれている。
それだけなのに、溜まらなく嬉しい。
「お前のやりたいことを俺たちは全力でサポートする。だからシオン」
「――――お前が、主人公になるんだ」
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これは夢だと、なんとなく仁は気付いていた。
でも、どことなく現実のような感じもする。
ふわふわと揺らぐ感覚がやけに心地良くて、全身を巡る熱さに少しばかりクラクラする。
「……ここは、どこだ」
視界いっぱいに広がるのは桜が咲き乱れる光景だ。
星華島のようで――でも、ずっと暮らしてきた仁だからこそわかる。
ここは、星華島ではない。
星華島ではない別の場所で、星華島にそっくりな桜の世界。
導かれるように、自然と足が歩き出す。
桜並木を眺めながら、桜吹雪に逆らうように。
花びらが視界を埋め尽くす。まるで、そこから先に進むなと言いたげに。
――――おやおや、どうしてニンゲンと言うものは勝手気ままに歩んでしまうのか。
声が聞こえた。少女の声が。
けれど、少女の声にしては大人びた声だ。
聞いたことのない声。同年代でも、シオンでも、ユリアでも桜花でもない誰かの声。
自分はこの声を知っている筈、なのに。
靄がかかったように、思い出せない。
知らないはずなのに知っている。
そして、その声が、自分にとって…………。
――――止めておくといい、朝凪仁。君はまだ、こちらには来れない。
声を振り払うように、歩き続けて。
歩いて歩いて歩き続けて。
気付けば桜吹雪を抜けていた。
そして目の前に広がっていた光景は。
「っ……!」
とても言葉では語り尽くせない悲惨な世界。
そこが墓地であることは、なんとなくわかった。
墓標のように大地に突き刺さった大量の剣。銘も刻まれず、錆びた刀身はもう剣の死を意味している。
剣の墓地。あまりにも無表情な世界。色あせた世界に灰色の雨が降り注ぐ。
虚無の世界で、一人佇む少年がいた。
見覚えのある――いや、誰よりも仁は『彼』を知っている。
だって、その顔は。
「…………いいぜ。俺は覚悟を決めた。お前を止めるために、俺は剣を執る。お前に幸せになって欲しいから、俺は今のお前を否定する」
虚空を見つめながら、『彼』は腰に差していた剣を引き抜いた。
掲げた剣に誓いの言葉。その瞳には何よりも強い決意が込められていた。
『彼』には仁の姿が見えていない。独白の言葉は誰にも届かない。
けれど。
その瞳が、そこに込められた意志が、酷く仁の心を打つ。
自然と口が開いた。
『彼』が同時に口を開いた。
二人の言葉が重なる。
その声色は全く同じで――瓜二つの顔をしていて。
朝凪仁が、朝凪仁と言葉を重ねる。
「「天に誓う。地に誓う。胸に刻んだ炎に誓う。――――――――全てを捨てて、一に至る。俺は、可能性の全てを否定する」」
一つとなった言葉は、銀の炎に辿り着く。
――――帝王襲来まで、あと四日。




