第三十六話 切り札の少女
クルセイダース本部。許された者しか入室を許可されない会議室は重苦しい空気に包まれていた。
部屋にいるのは、桜花とユリア、シオンとクルセイダース隊長副隊長だ。
クルセイダースは四つの部隊で構成されており、隊長の地位を与えられた者たちは皆等しく《侵略者》との戦いで功績を挙げてきた者たちだ。
判断力、戦闘力、どれをとっても十二分に機能する戦力――なのだが、さすがに『帝王』には及ばないと判断され、前線に立つことを許されないでいた。
春秋に帝王の対処を任せ、それぞれ島の要所を防衛していた彼らは今日という日まで無傷で過ごすことが出来た。
それ故に、彼らはこれからの事態に直面して暗い面持ちをしている。
春秋と帝王の戦いを見てきたからこそ。
黒兎の力を知っているからこそ。
自分たちの実力が、遠く及ばないことを熟知している。
「これより、星華島防衛作戦についての説明をします」
春秋が倒れ、黒兎が戦えず……そして、【予言】が出てしまった。
それも黒兎の回復を狙うかのように、五日後――ギリギリ間に合わないタイミングで、だ。
黒兎の言葉に立ち上がった桜花はユリアと綿密に打ち合わせを重ね、立てた計画を周知させるために部隊長を集めたのだ。
「次の《帝王》の襲来は五日後、金曜日の日中となります。目映い光と共に天から降りてくる青年の姿、そして星華島に雨のように降り注ぐ光によって、星華島は滅ぶと」
桜花の言葉に各々が表情を引き締める。
背水の陣であることは承知している。
今度こそ自分たちが島を守るのだと、固い決意を胸に秘めて。
「ユリアさん。防衛兵装の準備は」
「島の改造自体は元から済んでいたわ。神薙財閥を動かして対《侵略者》用の武器やカムイも十分に用意出来ているわ」
「ありがとうございます。具体的な作戦ではありませんが――――」
テキパキと話を進めていく桜花を尻目に、白髪の少年――クルセイダース四番隊隊長、茅見奏が嘆息混じりに呟く。
「…………まあ、無理だろ」
「奏。口を謹んで」
「へーい……」
隣に並んでいた赤毛の少女オリフィナ・茅見が奏を諫める。
奏とて四番隊の長を任されている人物だ。実力共に申し分ないのだが、今の状況にさすがに諦めの色が見えている。
彼は仁ほど熱血漢ではないし、シオンほど才に溢れて猪突猛進に行くことも出来ない。
何事も適度にほどほどに、が彼の信条だ。
オリフィナにいつも荒い扱いを受けているのが四番隊の日常だが――今日ばかりはそうは言っていられない。
「聞いていますか、茅見さん」
「うっす」
「茅見さん話聞いてない顔してますよ。オリフィナさんに叩いて貰いましょうよ」
「任せてシオン。奏は斜め45度の角度で叩くと調子が良くなるのよ」
「待て待て待て待て」
いつもの空気で突っ込みを入れようとするオリフィナを制止する。
違うだろ、と奏が首を振る。
「四ノ月さんよ、正直な感想を言わせてくれ」
「はい、お願いします」
「《帝王》に単騎で勝てる戦力がいないんだったら、そもそもこれらの戦略は全部意味が無い」
桜花とユリアの作戦。帝王の進行ルートを全て塞ぎ、圧倒的火力で撃退する。
理論上は納得出来るものだ。ユリアが用意を進めているカムイは、奏たちに与えられている個人用のカムイよりも出力を大幅に向上させた大型カムイだと聞いている。
「俺だって馬鹿じゃない。命を賭けて戦う気持ちもある。――でもそれは、あくまで勝算があってこそだ。これまでの戦いはなんつーか、炎宮さんのおかげで全部なんとかなってるんだ。炎宮さんも時守先輩も戦えない現状で、どう見繕っても勝率なんて5%にも満たないだろ」
「茅見さん、その5%というのは何を見越してですか?」
「少年漫画特有の主人公が超覚醒とかじゃないですかね」
「……ふざけてるの、茅見」
「ふざけてるのはアンタたちだろ。アンタたちは今、俺たちに死ねと言ってるんだぞ」
指摘をしてきたユリアに奏が突き返す。思わず言葉を飲み込んでしまうユリア。
「足止めでも出来りゃ十分だ。実際に以前のケンタウロスみたいな帝王はかろうじて仁とシオンで足止めしていた。……でも、足止めだけだ。結果を見ろ。仁は死にかけて、シオンもかなりのダメージを負って、なんとか間に合わせてくれた炎宮さんのおかげで勝っている。辛勝だぞ、辛勝」
春秋が、黒兎が戦えない。
仁もとても前線に出せる状況ではない。
五体満足なのは、シオンと奏――あとは、隊員たち。
「俺たちが求めてるのは、作戦だけじゃない。具体的な勝算が欲しいんだ。島を思う気持ちはあれど、俺は敗軍の将になるつもりはない」
「茅見さんって、冷たいんですね」
「一人くらい俺みたいに現実を突きつける奴がいなきゃダメだろ。……シオンと、俺と、オリフィナ。隊員たちの中で選りすぐりを呼んだとしても――あと一人。最低でも、あと一人。最低でもシオンレベルの実力者がいないと、勝てる未来なんか見えてこない」
奏は帝王戦の最前線にはいなかった――いや、水帝スペルビアが引き起こした津波の、あの現場を見てはいた。
だからこそ、自分たちの実力を考慮して発言している。
敵わないからこそ、どうすればいいか。奏が桜花たちに求めているのはそこだ。
奏とて、昔から星華島で暮らしている。姉のようで妹のようで――家族であるオリフィナと、ずっとここで暮らしていきたいと考えている。
「教えてくれ四ノ月さん。神薙さん。俺たちはどうすれば帝王に勝てる」
「わかりました。私たちの切り札は――シオンさんです」
「うぇ!?」
急に話を振られたシオンが驚愕している。無理もない。シオンは水帝スペルビア、地帝アケディアとの戦闘を経ている。
経験値だけで言えば誰よりも多いが、どちらの戦闘でもまともなダメージすら与えられていない。
シオンからすれば、出来ることを最大限やるつもりだった。結果として足止めが出来なかったとしても、最善を尽くし、命を尽くし――その結果命を落としたとしても、割り切るつもりだった。
「あ、あのー……。いや頑張りますけど! 頑張りますけど! 正直、ボク一人じゃ足止めすら出来ませんよ。いや頑張りますけど……」
さすがのシオンも自信がなさげだ。二度、二度も帝王との戦いを経たからこそ、今の実力を見極めている。
そして、伸び悩んでいる現実も理解しているから。
春秋や、帝王たちに言われた言葉が頭にこびりついている。
「シオンさん」
「……はい」
「黒兎さんに、師事を受けてください」
「嫌です。あ、いや……その……」
桜花の言葉に、反射的にキッパリと断った。
シオンはずっと昔から黒兎と比べられてきた。黒兎なら出来るのに、シオンが出来たとしても、黒兎はもっと出来ると――ずっとずっと比べられ続け、複雑な感情を抱いている。
兄妹として仲が悪いわけではない。
だが、黒兎がどう思っていてもシオンからすれば黒兎は目の前のタンコブみたいなものだ。
これからの人生に、ずっとずっと前に立ち塞がる――だから別の人生を歩みたいくらいなのに。
ここで黒兎に師事を受ければ、自分の人生はより黒兎と深く関わることになる。
それはまた対比される日々の始まりだ。
「わかっています。でも、黒兎さんが一番シオンさんのことをわかっています。シオンさんが何を求め、何を欲し、そして――自分の在り方に悩んでいることも」
「うぎぎぎぎぎ……!」
歯がゆい現実を突きつけられる。
春秋が意識不明の今、確かにシオンを鍛えられるのは黒兎しかいない。
ましてや黒兎ならばよりシオンを理解している。これ以上の適任はいない。
「……………………桜花さん。ユリアさん」
「はい」
「どうぞ」
「兄さんの特訓を受けるのは、承知します。この島を守ることが、一番ですから。でも、でも……一つだけ、約束してください。――貴女たちの期待に応えられなかった時に、“兄さんだったらどうにかなった”と。それだけは、言わないでください」
「わかりました。ユリアさん」
「ええ。わかったわ。神薙の名に誓うわ」
「……お願いします」
奏はどこか遠くを見るように、気落ちしているシオンを眺めていた。
「…………こんな時、どんな言葉を吐くのが正解なんだろうな」
「奏が思ったことをちゃんと言葉にすれば良いのよ」
「それが出来りゃあ苦労しねえよ。こちとらそれで前世の親友を失ってるんだ」
「はいはい」
どこか冷たくあしらうオリフィナだが、優しい瞳で奏を見守っていた。
――――帝王襲来まで、あと五日。




