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空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
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第三十五話 桜、舞う




 電子音だけが病室に流れている。

 ベッドの上に寝かされている春秋は、予断を許さぬ状況であった。

 黒兎と共に運び込まれた時にはもう自発的な呼吸が出来ておらず、流血が多すぎたために体温は低下し、生きているのがおかしいとまで言われたほどだ。


「……春秋さん」


 ガラス越しに病室を覗く桜花は今にも泣き出してしまいそうなほど不安げな表情をしている。


「炎宮春秋は死なない。もっと安心した顔をしろ、四ノ月桜花」

「……黒兎さん」


 車椅子に乗せられた黒兎がけろっとした表情で語りかけてくる。むすっとした顔のシオンが車椅子を押しており、シオンもまた不安げな表情で春秋を見つめている。


「てか兄さんだってなんで生きてるんですか? 胸に穴開いてますよね?」

「俺は天災だからな」

「いやちゃんと説明してください。何も言わずに島の防衛すっぽかした挙げ句に《侵略者》に身体を乗っ取られたんですよ? 職務怠慢もいいところですよ???」

「む……」


 痛いところを突かれたと黒兎が苦言する。

 「やれやれ」と嘆息混じりにこめかみを掻き、重い口を開く。


「シオン、お前は俺が『死を司る』超越存在になったのは知っているな?」

「ええ、まあ。三年前の戦いですよね?」

「そうだ。だから俺は本質的に人間ではない――死を司り、神々に死を与える神殺しとなった。それ故に、俺は触れた万物に『死』を与えることが出来る。ここまではわかっているだろう?」


 はい、と頷くシオン。黒兎の視線は春秋に向けられ、そっと瞳が閉じられる。


「逆もまた然り。俺は『死』を操れる。脳が欠けようが心臓が無くなろうが、俺が『死を拒絶する』と定義した以上、その存在は如何なることがあっても『死なない』」

「いやあのは??? それ聞いたこと無いんですけど。チートですか???」

「超越存在であると言っているだろう」

「はぁ。……それで、ししょーは兄さんのおかげで生きているんですか?」

「死んでいないだけだ。生かされている、が正しい。だからこうして治療をしているのだろう」

「ししょーは、大丈夫なんですよね?」


 シオンの言葉に、桜花がびく、と身体を震わせた。

 しまった、と失言を嘆く。桜花はずっと、春秋を見つめたままでどんな表情をしているかわからない。


「四ノ月桜花」

「……はい」

「お前の仕事は、ここで炎宮春秋を見つめていることではない」

「ちょ、兄さん!」

「炎宮春秋は戦えない。俺もまともに動ける状態ではない。わかっているのか。今この時、星華島を守る戦力がいないことを」

「わかって、います」

「わかっているならするべきことがあるだろう。神薙ユリアと――――」

「わかっています!!!」


 諫める黒兎の言葉を、桜花が遮る。普段であれば考えつかないような彼女の怒声に、思わずシオンが驚いた。

 明らかに平静ではない桜花の姿を、シオンは見たことがない。


「でも、でも、春秋さんが。私が、私が送り出したばっかりに……!」

「なんだ、貴様は馬鹿だったのか?」

「馬鹿ですよ。肝心の【予言】もないまま、春秋さんが死にかけて……私の判断がもっと適切だったのなら、春秋さんは――」

「それ以上の言葉は飲み込め。今貴様が吐こうとしている言葉は、他ならぬ炎宮春秋を侮辱しているのだからな」

「……っ」

「話は聞いている。【予言】外の脅威への対抗として、炎宮春秋を先行させた。貴様との契約に基づきイザナミへ乗り込んだ。つまり貴様は、炎宮春秋であれば事態を解決できると信じて送り出したのだろう。ならば傷を負い死にかけたのは全て炎宮春秋の責任だ。自らのコンディションが悪い状態で戦おうとしたこと自体が愚策だ」

「ちょ、ちょっと兄さん、それは!」

「わかっているとも! 俺がそもそも雷帝に乗っ取られなければ防げた事態よ。情けなくて不甲斐ない。だがな、起きたことは変えようがない。俺たちは過去を尊び、未来を守るために立ち上がったことを忘れるなッ!!!」

「っ!!!」


 ごふ、と咳き込み、喀血する黒兎。慌ててシオンがタオルで拭う。

 黒兎とて自らを『死なせない』ようにしているだけで、重傷に変わりはないのだ。

 春秋と同じように生かされているだけで、黒兎は常に、自身に治癒魔法を掛けて治療中なのだ。

 興奮すれば傷穴が開くのは当然だ。それほどまでに、黒兎も弱り切っているのだ。


「四ノ月桜花。貴様は島を守るために炎宮春秋と契約した。貴様が炎宮春秋を想うのであれば、貴様が島を守る為に最善を尽くすのは当然だろう。それが、お前の、やくめ、だ……ごふっ」

「それ以上はダメです、静かにしやがれですよ兄さん!」

「だまっていろ、シオン。はー、はー……。ここで、見つめていても、事態は何も好転しない。だから、こそ」

「……わかりました。黒兎さん」


 桜花が表情を引き締める。涙を払い、まっすぐな瞳を向けた。

 息も絶え絶えな黒兎だが、桜花の表情を見てにやりと口角を釣り上げる。


「一週間だ。一週間どうにかしろ。それだけ保たせれば俺の傷は癒える」

「本当ですね?」

「俺は今まで嘘を吐いたことなどない」

「わかりました。シオンさん、緊急招集を。次の【予言】が来る前に、防衛部隊の再編をします」

「え、あ、はい! 了解です!」


 ビシ、とシオンが敬礼し慌てて走り去る。

 残された黒兎が苦く笑い、桜花もまた少しだけ表情を緩めた。


「四ノ月桜花。一週間以内に帝王が来たとして、勝算はあるか?」

「数字で出すことは出来ません。ですが、希望はあります。クルセイダースの皆さんと」


 ちらり、と眠る春秋を一瞥して、反対側の窓を向く。

 朝日が昇る世界を眺めながら、決意の固まった表情で桜花が呟く。


「――シオンさんに、『主人公』になってもらいます」

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