表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
34/132

第三十四話 激昂の炎 憐憫の雷




 俄然、状況は春秋が一方的に不利だ。

 雷帝の振るう雷は、当たれば当たるだけ削られる死の雷。

 まともに喰らえば保たない一撃を、黒炎を駆使して軽減させる。

 攻撃に雷を使うだけでいい雷帝と、防御にまで炎を使わなければならない春秋。


 元から春秋の方が消耗している戦いは、さらに加速していく。


「ほらほらどうした春秋! このままでは死んでしまうぞ!」

「だま、ってろ……!」


 すでに春秋は死に体と言っても過言ではないほどだ。動きは鈍り、思考は淀み、今もこうして炎と雷の応酬が出来ているのが不思議なくらいだ。


 何度も春秋は“わざと”隙を晒し、雷帝が一歩踏み込んでくるのを待っている。

 けれど雷帝は知ってか知らずか一定の距離を保ったまま追撃をしてこない。


 わかっているのだ。

 春秋が現状をどうにも出来ないことを。

 消耗戦を強いていけば、春秋が保たないことを。


 だから雷帝は無理をしない。

 春秋の限界を、待ち続けるだけ。


「俺は幸運だ。まさかこうして、俺が貴様を殺せるチャンスが来るとはな!」


 余裕の表れか雷帝の口が軽くなる。雷の双剣を振るいながら、愉快げに口を開く。


「イザナミを探しに来た時守黒兎を見つけ、こうして肉体を奪うことが出来た。こいつの力は特殊すぎて、ずっと警戒してたからなぁ!」


 猛攻の合間を縫って放たれた上段蹴り。咄嗟に右腕でガードしたものの、今の春秋はそれすらも受け止めきれなかった。

 咄嗟に後ろへ退いて威力を軽減するも、右腕の痺れはすぐに回復しない。


 双剣が迫る。


 歯を食いしばり、炎を噴出させかろうじて双剣を受け止める。

 思わず咳き込み、喀血する。

 身体が春秋の意志に応じない。雷帝はその光景を見ても、過剰なまでの追撃はしてこなかった。


 もう一手で詰められるというのに、それすらもしてこない。

 ――完全に、嫌がらせだ。

 自分が圧倒的に優位だからこそ、その優位性を崩さない――――――と言えば聞こえはいいが。


 勝てる状況で無理をしない。

 わざわざ負け筋を晒さない。


 今の状況を好意的に表す言葉はいくらでもある。

 だが、だが。

 趣味が悪い。その一言に尽きる。


「ほーーー、らっ!」

「―――っ」


 雷帝の蹴りを、今度は両手を交差させて受け止めた。その一撃すらも今の春秋にはとてつもなく、重い。

 数メートル退かされ、再び咳き込むと共に片膝を突いてしまう。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………っ」


 限界だ。

 普通であればすぐに立ち上がる春秋が、膝を突いたまま俯いてしまう。


 雷帝は強い。

 消耗している春秋と、黒兎の肉体と力まで手に入れた雷帝。

 むしろ、ここまで耐えていたこと事態が不思議なほどで。


「はは、ははははは。これで終わりだな、春秋」


 雷帝は嬉しそうに双剣の一つを天に掲げ、雷を変容させる。

 黒き雷が迸り、さらに力を増していく。

 ぶん、と異質さを見せつけるように振り回す。


「終雷剣、とでも名付けようか。お前にトドメを刺す、記念すべき一撃だ」

「……」


 ようやく顔を上げた春秋は、雷帝を睨め付ける。

 ここまで追い込まれてもなお砕けぬ闘志を前に、雷帝がほくそ笑む。


「絶望に顔を歪ませたかったが。まあ、いい」


 雷帝がトドメの一撃を振り下ろそうとして――――。


「何を、しているんですか、兄さんがッ!!!」


 ――――シオンの怒声に、雷帝が思わず腕を止める。


 声の方を向けば、シオンを筆頭にクルセイダースの隊員たちが総勢二十名ほど駆けつけてきた。

 それぞれが専用のカムイを装備し、臨戦態勢と言ったところだ。


 振り向いた雷帝の顔――無表情の仮面に、シオンはわなわなと身体を震わせる。


「あなたは、誰ですか」

「時守黒兎だよ。お前の大切な大切な、兄だよ」

「嘘です。兄さんが、こんなことをするものか!」

「おいおい、俺はイザナミを破壊した炎宮春秋を撃退しているところだが」


 つまらないとばかりに雷帝が春秋を蹴り飛ばす。

 痛みに悶える声を上げながら転がる春秋。

 すぐにでも駆け寄りたいシオンだが、黒兎――雷帝の雰囲気に押されて踏み込めないでいる。


「ししょーが、そんなことをするわけありません。したとしても、そこには必ず理由があります」

「お前は俺とこいつ、どちらを信用するんだ? 血の繋がった兄と、《侵略者》であるこいつの」

「ししょーに決まってます! ししょーは、意味もなく桜花さんを裏切ることなんてしませんから!!!」

「ほう。――それが、俺を信用しない理由か?」

「そうですね。お前が本当にボクの兄さんであるのなら……」


 シオンがカッ、と目を見開き、カムイ・フェンリルの切っ先を雷帝に突きつける。


「もっと手っ取り早く、ししょーを殺しています。兄さんは愚鈍で人のことなんて考えない合理主義。人の気持ちも考えないで、一人勝手に姿を消すような変人だからです!!!」

「く、くはは。ははははははは! その程度の理由でか? 俺を信用しないのが。今日という日まで島を守り続けた、クルセイダースが一番隊の隊長を!」

「兄さんは、隊長の地位に拘りません。島を守る者たちは平等だと、言ってのけた!」


 黒兎をよく知るシオンだからこそ、雷帝の言葉全てが違和感で。

 雷帝が黒兎でないことをこれでもかと突きつける。

 その肉体は紛れもなく黒兎であっても、その在り方が黒兎でないと断言する。


「お前たちもそう思うのか、隊員たちよ。なあ、水原祈よ」

「……、わた、私は……!」


 隊員たちは戸惑っている。彼女たちにとって、黒兎は神聖視している象徴だ。

 桜花やユリア、そして黒兎――島を守るキーパーソン。

 だからこそ、信じたくて、信じられなくて、どうすればいいかわからないでいる。


 シオンのように断言出来ない。

 けれども、春秋がこれまでどれほど島を守るために尽力してきてくれたかは知っている。

 それは黒兎にも言えることだが――今は。


「ほ、炎宮さんは、これまで四度も島を守ってくれました。私たちだけでは勝てない強敵に、一人で立ち向かって……っ。そんな人が、こんなことをするわけありません!」


 仮面に隠されているが――雷帝は、酷くつまらない表情となる。

 声の抑揚がなくなり、二振りの剣を消失させる。


「つまらん。つまらん。もっと悩めばいいものを。もっと戸惑えばいいものを。俺はお前たちが絶望し諦める姿が見たいというのに――ああ、くだらない。くだらない。くだらないッ!!!」


 両の手に集まる黒雷。雷帝はそれを糸のように拡散し、イザナミの残骸――海中へと放つ。


「『雷操形天(サンデラネット)』」


 雷の糸によって、次々と骸骨が引き上げられる。

 カタカタと震える骸骨たちは、今もなお首にネームタグを下げている。

 それは、春秋が避けようとしていたことで。水原祈に見せたくなった現実で。


「さあ骨どもよ、踊り狂え。殺してしまえ。さあクルセイダースよ止めてみせろ。貴様たちの大好きな大人たちをなあ!!!」


 骸骨たちは特に武器も持っていない。

 ただただ数が多い。カタカタカタカタと身体を震わせながら、雷の糸に操られてクルセイダースへ襲いかかる。


 カランと転がり落ちるネームタグ。そこに刻まれた名前に、隊員たちの動きが止まる。


 突きつけられる大人たちの死を前に、どうしても受け止めきれずに足を止める。

 武器を構え、迎撃せねばならないというのに。


「お父、さん……?」

「祈さん、今は戦わないと!」

「だって、だって――」


 咄嗟に動き出せたのはシオンだけで、とても手が回らない。

 動く骸骨との戦いなど、クルセイダースはしたことがない。経験の浅さと、信じたくない光景を前に、どうしても足並みが揃わない。

 震える足に鞭を打ち、それでもカムイを握る隊員もいる。

 だがけっして有効打を与えられる訳ではない。カムイをぶつけ、砕ける骸骨を前にすぐに身を怯ませてしまう。


 誰かの家族。両親かもしれない骸骨を、一方的に攻撃することが出来ない。

 手が震え、恐怖に苛まれる。目の前に迫る骸骨を倒して良いのだろうか。

 違う。倒さなければならない。倒さなければ、島を守れない。

 両親を殺してでも?


 阿鼻叫喚の地獄絵図。


 おおよそ少年少女たちに突きつけていい光景ではない。


 自棄になってカムイを振るう。泣き叫び戸惑い逃げ惑う。

 ワラワラと集まる骸骨の群れに、腰を抜かしてしまう者もいる。


「きゃは。ひゃひゃひゃひゃひゃ。ひゃひゃひゃひゃひゃ!!! あー愉快愉快。ほれ骸骨ども、愛しい愛しい子供たちを抱きしめてやれ。抱きしめて鯖折りでもして殺してしまえ。もっとだ、もっともっと絶望に顔を歪ませろ!」


 雷帝の嗤い声が夜空に響く。誰も雷帝に一撃を向けることなど出来ない状況。

 ひとしきり嗤った雷帝は、今度こそ春秋にトドメを刺そうと視線を向けて。


「あ? お前……それは」


 雷帝の声から、余裕が消えた。

 立ち上がることすら厳しかった春秋が、身を低く、構えている。

 今すぐにでも飛びかからんと、四肢を駆使して獣のように。


「――――――喰らえ。喰らえ喰らえ喰らえ喰らえ喰らい尽くせ。ナラカ・アルマ――アルマ・テラム……ッ!」


 春秋の身体が、黒炎に包まれる。どこからあふれ出したのかもわからない黒炎を。

 これまでとは一線を画す異質過ぎる黒炎を前に、雷帝が身構えた。


「っ、雷装顕現(ライテライズ)――――」


 雷帝は咄嗟に双剣を構えて。

 黒炎が爆発する。春秋が、地面を蹴る。

 どんな一撃であれ、今の春秋が放てる力には限度がある。

 回避できる。でなくとも、受け止めることは出来る。

 春秋の今を考慮して、最適解を導いて――。


 カラン、と音を立てて仮面が落ちた。


「な……え……?」

「…………げほっ」


 雷帝の胸を貫く炎の(かいな)

 目で追いきれなかった。

 明らかに、先ほどまでと決定的に違う一撃。


 春秋が命を使うことを知っていた。

 それを基準に、春秋の戦闘パターンの全てを想定していた。

 激情に身を任せたとしても、春秋が此処までの力を振り絞れる訳がない。


「なに、を、なにを犠牲にした、はるあき……!」


 春秋は答えない。もう、答える余力がない。

 胸を貫いた拳から、金色の宝玉が転がり落ちる。

 雷帝の、力の《核》だ。

 雷帝の身体から力が抜ける。それと同時に、動き回っていた骸骨たちが動きを止めて倒れ込む。


 ずるり、と腕が抜ける。春秋の身体が崩れ落ち、雷帝は血を吐きながら後ずさりする。

 だが、その表情は笑みに歪んでいた。


「みごと。みごとだ、はるあき。だが、命の核を砕けていない、以上、俺は……!?」


 雷帝が振り返り、零れた《核》を拾おうと手を伸ばす。

 そこで、雷帝の動きがピタリと止まった。

 腕が、動かない。いや、動いた。

 雷帝の意志に反して。


「な、に。まさ、か。まさか――――」


 “よくやった、炎宮春秋”


 雷帝の脳裏に響く、別の声。

 右の腕が、雷帝の意志とは別の動きをする。

 勝手に動く右腕に、雷帝は苦痛に顔を歪める。


 “力の《核》さえ取り除ければ、貴様程度に俺が負けるか――ッ!”


「やめ、やめろ、時守黒兎。今ここで俺を殺せば、お前も!!!」


 雷帝の右腕がひとりでに動き、貫かれた胸を再び貫く。

 ぐり、と肉体を抉り、もう一つの宝玉を引き抜いた。


「やめろやめろやめろやめろ死んでしまう死んでしまう俺は死にたくない勝ったんだ炎宮春秋に勝ったんだ俺は最強の帝王でえええええええええええ」


 “情けない。情けない。炎宮春秋が命を賭したのだ。俺が命を張らなくてどうする。俺は、この島を守る天災だッ!”


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ガ」


 掲げられた宝玉が、黒く染まる。全てが黒く染まった命の《核》は、罅割れ砕け砂となっていく。


 ばたり、と雷帝――黒兎が倒れ込む。げほ、と血を吐いて、動かぬ身体に力を込めて仰向けになる。

 伸ばした手が、倒れ込んだ春秋の手に触れた。

 朦朧とする意識のまま、黒兎は触れ合う手に力を込める。


「俺の力は、死を司る神殺し。治すことは出来なくとも……一時的にでも、死を、拒絶することが、出来る。だから、炎宮春秋……お前は、まだ、死ぬな……!」


 返事はない。けれど、かすかに命を感じる。

 安心しきったのか、黒兎の身体から力が抜ける。胸にぽっかりと穴が開き、死んでいないほうがおかしいほどの致命傷。


「ししょー! ……兄さん?」

「シオン、か。……さっさ、と、医療班を、よべ。そのくらい、わかるだろう、この、愚妹……」

「ああもう本当の兄さんですね! 任せたくらい言えばいいのに! ――――皆さん、敵勢存在の消滅を確認! 医療班を大至急、ししょーと兄さんを死なせないために!」


 サイレンが、星華島に響き渡る。

 知られざる【予言】外の戦いは、こうして幕を下ろすのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ