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空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
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第三十三話 雷帝、轟臨




 ――流血が止まらない。

 普通であれば炎が癒やす袈裟の傷。

 確かに今の春秋は弱っている。

 炎は原因不明の出力不足に陥っており、前回の戦いの傷すら完治していない現状だ。


 だが、それでも喰らった傷の止血くらいは出来るはずだ。

 それだけの力を宿している炎だ。長い旅の中で培ってきた経験則から来る確信が、今日に限って違えている。


「いや、お前の戸惑いはよくわかる。炎が傷を癒やさないのではない。俺の雷が、貴様の命を奪っているのだ」

「……それが、時守黒兎の力か?」

「そう、その通り! 触れる命を枯らす死の力。神すら殺す神殺し、殺せない存在すらも殺す理外の力!」


 ならば、とばかりに春秋が腕に炎を纏わせ、傷口を引っ掻く。

 驚きの反応を見せる雷帝だが、すぐに笑い声を上げる。

 「正解」とばかりに拍手を送り、嬉しそうに解説を始めた。


「さすがの判断だ。止められないのであれば、炎で傷口を焼いてしまえばいい。強引な止血。そう、治すのではなく壊して止める。正解だ。実に正解だ。――だが、それがいつまで続けられる?」

「お前を殺すまで、だな」

「ははは。十全な俺と弱りきったお前。どちらが有利で、どちらが上かもわかりきっている現状でそれを言うか!」


 黒兎――雷帝が再びその手に漆黒の雷を握る。左右両手に握った雷を剣として操り、春秋に猛攻を仕掛ける。

 咄嗟に春秋は両断されたレギンレイヴに黒炎を纏わせ受け止める。


 死を与える雷と、命を含んだ炎。


 先ほどとは違い、炎が雷を受け止める。

 有効打ではあった――だが、出力が桁違いだ。


「ほらほらどうした、以前よりも遅いじゃないか!」

「う、る、さ、いッ!」


 切り払い距離を取った瞬間に、左手に握っていたレギンレイヴを投げつける。

 刹那の間際、雷帝の視線がレギンレイブへ向けられる。すぐに振り払われたその瞬間。 春秋は大きく一歩を踏み込んで、右のレギンレイヴを突き刺した。


「見事な一撃だ。早い、素晴らしい一撃、お前が全快であったら喰らっていただろうにな!」


 紙一重で雷帝はレギンレイヴを回避した。歪んだ口元は余裕の表れか、返す様に振り上げられた足が春秋の顎を捉える。


「~~~~っ」


 苦悶の声を上げる春秋に向けて、雷帝が追撃を仕掛ける。

 しかしかろうじて春秋が拳を受け止める。たとえ消耗していても、春秋は冷静に攻撃を捌く。


 何度も命と死がぶつかり合って――二人の戦いは船の外へと移動する。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 肩で息をしている春秋は、明らかに普段よりも弱っている。

 雷帝の一撃はそれだけ重く、攻撃を受け止める為にも炎を使っている以上、使える炎に限界があるのだ。

 元々弱っている状態で余計な消耗をしていては、いつも通りの戦闘など出来るわけがない。


 対する雷帝は余裕綽々だ。確かに春秋を殺しきることは出来ていないが、着実に春秋を削り、消耗させている。

 このままの戦いを繰り返せば決着がどうなるかは明白だ。

 だからこそ雷帝は、今の状況を維持する。

 笑いながら、圧倒的優位な状況を崩さない。


「広い場所に出れば勝機が出ると思ったか?」

「お前は……」

「ん?」

「お前の狙いは、俺か」


 春秋の問いに、雷帝は大きく笑い声を上げながら「正解」と答える。

 島の中央を指さしながら、高らかに笑う。話すのが嬉しくてたまらないとばかりに。


「そうだよ。お前たちの【予言】とやらは『島が滅ぶ未来』に対してのみ機能するだろう。お前を筆頭としてアケディアを足止め出来た戦力がある以上――用心するに越したことはない。さ、ら、に!」


 雷帝は愉快げに自らを指さす。誇らしげに肉体を強調する。


「雷帝としての俺の力。そこに加わった時守黒兎の神殺しの力、その二つが合わさり、俺は最強の帝王として覚醒した! お前を殺せば俺を止められる者はいない。この島に拘る理由もない。そうだよ。その通りだよ。俺は、炎宮春秋(きさま)を殺しに来たんだよ!」

「悪趣味なことまでしやがって……」

「イザナミとかいう低俗な船のことか? いつか何か役に立つかと思って保管しておいたのが、思いのほか役に立ったよ。【予言】もない、時守黒兎とイザナミの帰還。島に入り込むには条件がかなり緩くなった。お前が弱っている確信を得て、こうしてお前を殺せるのだからな!」


 雷帝のやり口は露骨に遠回りなやり方だ。

 真正面から春秋を襲うわけでもない。【予言】を回避して強襲することも出来ただろうに、ただただ春秋が弱っているかどうかを見極めるためにイザナミを利用したという。


 用途は違えど、何かしらに使えると判断して四年前に大人たちを拉致していたと考えると――用意周到にもほどがある。


 その上で、船内のあの光景だ。

 カタカタと笑う様に並べられた骸骨。ご丁寧に首に提げられたネームタグ。

 誰かに見て貰うことが前提で用意されているのは明白だ。


 誰に見せるのか。そんなものは、決まっている。


「本来ならお前を殺す前に島のガキたちに骸骨を見せつけてやろうと思ってたんだがな。お前の行動が早すぎたのは少々予想外だった」

「お前の様な奴が、ゲスって言われるんだよ」

「ふはは。何とでも言え」


 力を振るうだけで島を滅ぼせる存在が、ただただ自分の趣味のために精神的にいたぶろうとしていた。

 悪趣味としても本当に質が悪い。反吐が出るほどに。


 その上で、島を守っていた最大戦力――誰もが慕い、頼っていた黒兎の身体を利用して。


 全てを見せつけられたら、島民たちはどうなるだろうか。

 ――想像するだけでもおぞましい。


「お前の死、時守黒兎の裏切り、切望していた大人たちの死。全てを突きつけたらこの島はどうなるか。ああ、考えるだけでたまらない……!」


 話は終わりだとばかりに、雷帝は三度黒雷の双剣を握る。

 対する春秋は武器(レインレイヴ)を失い、出力の弱った炎で抵抗するしかない。

 雷帝はこのままじわじわと春秋をいたぶり、削るだけでいい。

 春秋は雷帝を仕留める一撃を用意しなければならない。


 そして、懸念事項が一つ。


 このまま雷帝を――時守黒兎を殺して良いのだろうか。


 それは、今までの春秋では考えられない選択肢。

 黒兎が島民たちの心の寄り何処であることは、昼間のやりとりで十分に理解している。

 黒兎を助けるのであれば、雷帝の《核》――それも、命の《核》だけを砕かねばならない。

 その上で、黒兎を殺さないで済まさなければならない。


 はっきり言えば、不可能に近い。

 これまでのどの帝王たちも、《核》を奪うないし破壊すると同時に命も奪っている。

 生かすつもりは毛頭なかったが、殺すしか勝つ手段がないとも言えた。


 春秋は、今初めて生殺与奪について考えさせられている。

 その思考すらも、動きを鈍らせる要因となっている。


「炎宮春秋」


 冷たく、低い声が雷帝から聞こえてきた。声は全く同じなのに、抑揚が違う。

 感情が違う。どれもが全て、雷帝とは違うのを感じさせた。


「俺を、殺せ」


 びくり、と雷帝が身体を震わせる。

 何が起きたか春秋はすぐに理解し――――右の手に、黒炎を集わせる。


「わかったよ、時守黒兎。お前の願い通り、お前を、殺す」


 春秋はそのまま甲板へ拳を叩き付け、黒炎を拡散させる。


「俺の契約は、この島に生きる命全てを守ること――彼らの心を守ることも、契約に含まれる。だから」


 黒炎がイザナミの全体に広がっていく。たとえ弱っていても、これくらいなら出来る。


「お前を殺すことも、大人たちの全ても――俺が背負う」


 爆音を響かせながら、イザナミが崩壊していく。砕けていく世界の中で、春秋と雷帝は再び戦場を変える。

 傷跡の癒えない星華島西岸部、その港。

 足場の不完全な世界で、黒き炎と雷はにらみ合う。


 今度こそ、お互いを殺すために。

今日で十万文字越えました。あれ、意外と書いている……!?

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