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空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
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第三十一話 『 時守黒兎 』




 調査船イザナミ。

 四年前、雷雨の日に突如として姿を消した艦船が、今こうして星華島に帰還した。


 星華島西岸部――まだ風帝アワリティアとの激戦の傷跡の癒えぬ地に、調査船イザナミは停泊した。

 接岸し、船の上に人の影が見えた。影が操作したのか、タラップが降りてくる。

 それを見守るように、ユリアと桜花が並ぶ。

 二人を守るように春秋、仁、シオンが左右に。そして十五人のクルセイダース隊員たちが緊張した面持ちで整列している。


「四ノ月、何度も問うが――本当にこれは、【予言】では見えなかった光景だな?」

「はい。ですから島が滅びる要因ではないはずです」


 桜花の歯切れが悪いのは、限定的な状況ではあるが――【予言】がズレてしまったことが二度あったからだ。

 水帝スペルビアの津波。

 地帝アケディアの覇王君臨(カイゼルドライブ)

 結果として島は守られているが、想定外の事象が起きてしまっている以上警戒するのは当然のことだ。


「まあ、俺はどちらでもいい。契約に応じるだけだ」

「でもよ、あの通信は黒兎先輩だろ? 先輩が戻って来たんなら、春秋の負担も減るんだから良いことじゃないか!」

「ところで当たり前のようにいますけどどうして先輩はここにいるんですか?」

「緊急事態にクルセイダースの隊長が欠席は不味いからなあっはっはっは!」


 まだ発熱が続いている仁はふらふらしている。すぐにでも休ませるべきだが、本当に時守黒兎が戻って来たというのなら――シオンは、強く止められなかった。


 恐らくだが、島の誰もが切望していた。

 春秋の知らない、星華島の最強戦力――これまで何度もあった《侵略者》との戦いを乗り越えてきた男の帰還。


「人が降りてきたわ」


 タラップが繋がると、船上から降りてくる影が一つ。背丈は高く、逆光によって素顔は見えない。

 カンカンカン、と軽やかにタラップを踏む音が聞こえてくる。やがて見えてくる影の素顔。


「――――」


 シオンが息を呑んだ。それだけで、春秋以外の誰もが察した。


「随分酷い有様だな。俺がいないとこの様か?」

「……兄さん、ですよね」

「何を言っている。俺と言う唯一無二が二人といる訳がなかろう。久々の再会だからか思考が回っていないのか?」

「あ、さりげなくボクを罵倒してくるのは間違いなく兄さんですね……」


 ふ、と小さく口角を釣り上げた黒髪の少年――時守黒兎は、ユリアと桜花に視線を向ける。


「神薙ユリア、四ノ月桜花。無断で姿を消していていたことは謝罪しよう」

「そうよ。あなたはいつも勝手に決めて! 私たちがどれだけ――」

「でも、無事で良かったです。時守さん」

「当たり前だ。俺を誰だと思っている。――天上天下唯一無二、才を喰らいし『天災』のこの俺だぞ?」

「先輩! 先輩本当に無事で、無事で、よかった!」

「お前は誰を心配している、朝凪仁。むしろ戻って来た時には島が壊滅状態になっていると思ったが――かろうじて、無事なようだな」

「そうだよ、だって心強い味方が増えたからな! なあ春秋!!!!」


 急に振られた春秋は、その双眸は強く黒兎を睨み付けていた。

 一目でわかる、その異質さ。

 強い。圧倒的に強い。実力だけならば帝王たちとも渡り合える――いや、倒すことの出来る存在だと確信する。

 それほどまでの力が、黒兎の身体中から溢れ出ている。

 だが。それとは別の、何か、違和感。


「……炎宮春秋だ。四ノ月との契約に基づき、星華島に迫る脅威の排除を担っている」

「そうか。朝凪仁や愚妹は頼りなかっただろう? だが安心してほしい。これからは俺が戦う。共にこの島を守ろう」


 差し出された手に、握手で答える。

 違和感は消えない。拭えない。


「随分異質な力を持っているんだな」

「そうか、お前はわかるのか。――そうとも。俺が俺である力だ」


 その言葉の真意まではわからないが、少なくとも嘘を吐いている様には見えない。


「黒兎、救出した人たちは――」

「すまない神薙ユリア。彼らはまだ救出したばかりで非常に疲れている。もう二、三日ほど船で休ませてやりたい」

「……そうね。こっちもいきなりすぎてまだ対応が出来てないわ。受け入れ準備を進めておくわ」

「こちらの状況は俺が一番把握している。彼らの状態については俺が見ておくから、もう少しだけ再会を待って欲しい」


 「黒兎先輩!」と二人の会話を遮るように、隊員の少女が割って入ってきた。


「どうした、水原祈」

「お父さんは、お父さんは無事なんですよね!?」

「ああ、水原茂さんは無事だ。彼だけではない。あの日消えた全ての大人たち、彼ら全員、どうにかしてイザナミに入りきった。だから安心するといい」

「ありがとう、ありがとうございます……!」


 少女――水原祈は感極まって泣き出すと、釣られて他の隊員たちも泣き出し、声を上げる。


「……そうですよね。大人の方たちが、帰って来たんですよね」

「まあボクとか先輩は両親いないから関係ないんですけどねー」

「しれっと言うなしれっと。まあ星華島は孤児も多かったしな」


 わいわいと明るい騒ぎ声の中で、春秋だけは強い視線を黒兎に向けていた。

 拭えない違和感。

 話をする限り、違和感はない。春秋からしても好感の持てる人物だ。

 人物像の細かいところまではわからないが、もしも彼が戦線に復帰するのであれば、頼ってもいいと思えるほどの逸材なのはわかっている。

 帝王たちを相手取るためにも、まだ傷の癒えてない春秋にとって大きな戦力になる。


 だが。

 だが――――。


 ――――春秋は、口を挟めなかった。

 黒兎の帰還。大人たちの生還に沸き立つ彼らを見て、言葉が出てこなかった。


 風が頬を撫でる。

 最近は心地よさを感じていた風が、今日はなぜだか酷く気分を悪くさせる。


「……ッ」


 ズキリ、と胸が痛む。

 物理的な痛みと、精神的な痛みの二つ。

 開きそうな傷を強引に押さえ込み、ふらつきそうになった両の足に力を込めて踏ん張る。

 気付かれないように、春秋はそっと港を後にした。


 頭の中をぐるぐる回る一つの仮説。

 抱いた違和感。

 胸の痛み。

 解答を今すぐ出すことは出来ないが――それでも春秋は、最悪を想定して行動することを信条としている。


 だからこそ。


 春秋は知りたいのだ。知るために、どうすればいいかはわからないが。


「【予言】とはなんだ。四ノ月しか知り得ない情報に、何か抜け落ちているものを感じる」


 痛む傷を堪えながら、春秋は一人部屋に戻る。

 誰もいない部屋が、今日はなんだかとても寂しく感じた。


「寒いな」


 暖房の必要のない季節だというのに、なぜだか春秋は寒さを感じていた。




   +




「四ノ月、話がある」

「はい、なんでしょうか」


 声をかければ、食事の準備を止めて桜花が歩み寄ってくる。

 テーブルがあるというのに桜花は春秋の隣に座り、きょとんと可愛らしく小首を傾げている。

 今切り出すべき話題ではないのはわかっている。だが桜花が来た以上、春秋は問いたださねば気が済まない。


「調査船イザナミ、そして時守黒兎についてだが。――本当に【予言】とは何も関係ないんだな?」

「はい。【予言】からはイザナミも、時守さんについての情報も何も出ていませんでした」

「そうか」


 以前予言がズレてしまったことがあるものの、それでも桜花は今回の出来事が【予言】に触れられていないと断言する。

 【予言】は星華島が滅びるものであり、直接的な原因は必ず【予言】となる。

 間接的であっても、それが非常に強大な脅威であるのならば【予言】となる。

 【予言】でない以上、イザナミと時守黒兎は間違いなく脅威ではない――それは、ユリアたちを始めとした島の総意と言っても過言ではない。


 逆に黒兎が帰還したことで、【予言】が来ても対処出来るという確信を抱いているほどだ。

 それほどまでに、島民たちの黒兎への信頼は厚い。


「なあ、四ノ月」


 春秋は、ずっと考え続けていた。痛みを堪えながらの思考は、間違いなく春秋に悪影響を与えている。

 それでも思考を止めないのは、桜花との契約を確実に履行するため。


「はい、なんでしょうか」


 桜花は迷うことなく春秋を見つめている。もう少し近づけば触れてしまえるほどの距離で、春秋と桜花は見つめ合う。

 だが中身は愛とは無縁のものだ。春秋は、己が為に言葉にする。


「俺との契約は、【予言】に基づいたものか?」


 春秋の問いかけに、桜花は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。

 だがすぐに迷いを振り払い、決意の籠もった表情で春秋を見つめ直す。


「いえ、春秋さんの判断を優先してください」


 【予言】を扱う桜花が、【予言】よりも春秋を優先した――それは、【予言】を頼りにしている星華島からすればとんでもないことだ。

 だが桜花は知っている。

 春秋の力を。【予言】の脆弱性を。


 それ以上を言葉にしないのは、今日まで【予言】を信じて戦い続けてくれたクルセイダースたちを想ってのものだ。


 春秋はそれだけで十分だった。

 立ち上がると、玄関に立てかけておいたレギンレイヴを手に取る。


「四ノ月」

「はい」

「少し出てくる」


 春秋は、どうしても確かめなければならなかった。

 闇に満ちていく世界の中を駆け抜ける。


 ――――調査船イザナミへ向かって。

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