第二十三話 必要 ではないもの
「春秋さん?」
「っ。……どうした?」
「顔色が悪いようですけど、大丈夫ですか?」
「問題ない。体調に特に違和感はない」
「それならいいんですけど……」
不安げに見てくる桜花を手で制しながら、春秋は気付かれないように小さくため息を吐いた。
思考が鈍っている、と自覚している。
別に、特段おかしい会話ではなかった。
『孤独かい?』
答える前に、桜花が戻ってきたために会話は強制的に終了されてしまった。
いつもなら、いつもなら――すぐに、答えが出るはずなのに。
(……俺は、一人だ。一人でいい。俺の旅にとって、この島はただの通過点に過ぎないのだから)
気が向いたから。
異界の帝王たちが気にくわなかったから。
それだけだ。
春秋が星華島に滞在しているのは、それだけだ。
――本当に?
考えれば考えるほど思考は巡る。
一人でいいと断言出来る自分と、本当に? と自らに問いかけてくるもう一人の自分。
どちらが正しいか、いや、悩んでいる時点で答えは決まっているも当然なのだが。
春秋はそれを良しとしない。
だって、認めてしまったら――――今までの旅を、否定してしまうから。
「お、四ノ月と春秋か。どうしたんだ二人とも」
堂々巡りを続ける春秋の前に現れたのは、仁だった。背にカムイ・ラグナロクを背負っている辺り、恐らくだがどこかで鍛錬をしていたのだろう。
「……朝凪か」
「ん? なんか不機嫌か?」
「そんなわけないだろう。何も異常はない。何もな」
敢えて強調するように言葉にしてしまうから、仁ですら察してしまう。
「ま、よくわからんが何か悩みがあるなら話くらいは聞くぞ。普段からトレーニング付き合って貰ってるし、俺に出来ることなら何でも付き合うぞ!」
「私も、春秋さんがお困りなら何でも手伝いますよ!」
「暑苦しい……」
真っ正面からぶつかってくる二人が、今の春秋には少しばかしウザったい。
けれど真っ向からそれを言葉にしないのは、春秋が変わったから。
勿論、春秋は自覚していない。わかっているのは、桜花くらいだ。
「朝凪君はトレーニングでもしていたのですか?」
「ああ、なんか時守が付き合え付き合えって五月蠅いから授業サボって――あ」
「授業は受けてくださいね」
「いやあの、違うんだよ。ほらまだ脅威は去ってないし休講も多いしちょっとくらい授業を受けなくても」
「受けてくださいね」
「はい……」
無言の圧力である。
「……ならどうして四ノ月は図書館に随伴してきた。お前も学業があるのだろう?」
「いえ、私は必要な単位は全て修めてます」
当たり前のように言ってのけるのは、桜花がきっと『天才』と呼ばれているから。
そう判断して、それ以上は言わないことにした。
何かを言えば、必要以上に桜花がこちら側に食いかかってきそうだから。
短い付き合いだが、春秋も着実に桜花の人となりを理解してきていた。
「時守もそうだし、ああ、俺だけ頭の出来が違う……!」
「まあ朝凪は凡才だからな」
「自覚してるけど言葉にするなよ畜生!!!」
思わず出てしまった言葉に過剰なリアクションを返してくる。
少しだけ、面白い奴だと思う春秋であった。
「それで朝凪さん、シオンさんは一緒じゃないんですか?」
「時守だったら買い物をしてからって言ってたから、もうそろそろ――――」
「あーーーー!!! ししょー! ししょーじゃないですか!!!!」
仁の言葉を遮って、小さな影が春秋目掛けて突撃してきた。
完全な不意打ちだった。仁との会話から、そして彼女の性格から、こんなことが起きるとは――桜花も仁も、そして春秋もわからなかった。
が。
小さな影――シオンを、春秋は半歩左にズレることで回避してみせた。
「あばばばばばばばば!?」
当然、春秋に飛びつこうとしていたシオンの身体は吹っ飛んでしまった。
とはいえシオンも身軽な身体を活かしてみせる。
地面を転がる前に手を突いて、空中で身体を一回転させる。
空中で体勢を整えて綺麗な着地を決めるのであった。
「もう、どうしてボクを受け止めてくれないんですか!」
「知らん」
「ああんもうししょーそっけないですよー!」
「知らん。なんだその呼び方は」
「ししょーはししょーですよ!」
「意味が分からん」
勿論、誰も理解していない。
「ししょーはボクに足りてないモノをすぐに見抜いてくれました。ああ、この人はちゃんとボクを見てくれている――だったら答えは一つしかないじゃないですか。ボクを弟子にしてください! いいえ弟子になります! よろしくお願いします!」
勢いだ。完全に勢いだけで会話のペースを握っていく。
露骨に嫌そうな表情をする春秋と、呆気にとられて会話に付いていけない桜花と仁。
「というわけでししょー。ボクと組み手してくださいよ組み手! 先輩だけじゃ物足りないんです!」
「どうせ物足りない先輩ですよーってちょっと待ったちょっと待った! 春秋との模擬戦だったら俺だって相手してもらいたいんだが!?」
「いえ、先輩は間に合ってます」
「誰が決めた!?」
「ボクでーす!」
まるで子犬のように、春秋の周囲をくるくる回る。
少しだけ不満げな顔をする桜花と、年下相手だというのに大人げなく口喧嘩を始める仁。
やがてシオンと仁の口喧嘩はヒートアップしていくが、話題の中心である春秋にとっては何処吹く風だ。
いつの間にか離れたシオンと仁を眺めながら、未だに唇を少しだけ尖らせる桜花を一瞥して。
「…………この島の奴らは、馬鹿ばっかりだな」
思わず零れた悪態と。緩んだ口元。
誰も気付かない。気付いていない。
星華島に来て、初めての微笑みであった。
管理者の言葉が、頭の中で繰り返される。
『お前は今、孤独かい?』
春秋の答えは変わらない。
孤独でいい。一人でいい。旅の途中である以上、連れ合いが増える訳がない。
――でも。
「知るか」
問いかけに答えるように、春秋の口から言葉が飛び出た。
誰に聞こえるわけでもなく、空に飛んで消えていく。
けれども、その言葉は――――春秋の変化を、如実に表している言葉であった。




