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空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
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第二十一話 才に恵まれすぎたが故に




 時守シオンは昂揚していた。今までに感じたことのないほどに昂ぶっている。


 どうしよう。どうしよう。どうしよう。


 戸惑いではない。


 何をすれば、目の前の人に届く一撃が放てるか。

 シオンはそれしか考えていない。あらゆる雑念を排除して、最大で最高で最強の一撃を求める。


 水帝との戦いを、シオンは一部始終を見ていた。

 格の違いを突き詰められた。


 自分が一撃も届かせられなかった相手を軽々と一蹴して見せた春秋――その戦いは、今でも瞼に焼き付いている。


 “凄い”


 “自分も、あんな戦いがしたい”


 “この人のように、全てを守れる強さが欲しい”


 目の前で力の差を見せつけられて、自分の弱さを突きつけられて。

 それでもなお焦がれてしまうほど、圧倒的な力を持った人。


 その人に、挑ませてもらえる。

 こんな光栄なことはない。


 期待されている――そう、シオンは判断した。


 最も、春秋が期待しているわけがないのだが。


「フェンリル、起動――」


 己がカムイの名を叫ぶ。応じるカムイ・フェンリルは、魔力の爪を伸ばす。

 大地を蹴る。魔力を込めて、魔力を猛らせて、最大の一撃をぶつけるべく、シオンは春秋目掛けて飛び込んだ。


 爪を形成する魔力の全てを一つに集約させる。滾る魔力が紫電を走らせ、今か今かと爆発する時を待ち侘びている。


「コード・ブレイクッ!」


 シオンの声に応じるように魔爪が輝きを増す。

 突き出された拳――魔爪――を春秋は手のひらで受け止めた。


 魔力によって形成された物質を、素手で受け止める。それがどんな危険なことであるか、わからない春秋ではない。

 高密度の魔力は触れるだけで肌を焼く。さらに魔法が込められた一撃であるならば、被害は甚大なものになる。


 だが春秋はその程度では傷にすらならないと理解している。

 仁の一撃を受けたことがあるから。そして、シオンの戦いを少しでも見たことがあるから。

 この島を守る戦力(クルセイダース)の、実力を知っているから。


「トライ――――パニッシャぁぁぁぁぁぁぁッッッ!」


 シオンも加減しない。魔爪に込めた魔法を発動させる。

 凝縮した魔力を爆発させ、魔爪を内側から弾け飛ばすトライ・パニッシャー。

 至近距離で受ければノーダメージで済むわけがない。

 魔爪を形成する魔力の全てを暴発させるのだから――――。


「……やれやれ。才能の無駄遣いだな」

「っ!」


 ――けれど、春秋は無傷。トライ・パニッシャーは春秋の薄皮一枚切り裂くことも出来なかった。

 それはシオンが弱いから、ではない。

 兎にも角にも、春秋が、そして《侵略者》である帝王たちが規格外なだけなのだ。


「……なにが、無駄遣い、ですか」

「あ?」


 捕まれていた手を振り払い、シオンが春秋に詰め寄る。

 瞳は潤み、いまにも涙が零れてしまいそうな、苦しい表情。


「ボクは、ボクに出来る全力を出しました。帝を倒せるあなたに、少しでもボクの実力を見せたくて。それで、それで、傷を負わせられなくて“才能の無駄遣い”なんですか!?」


 シオンが怒る理由を春秋は知る由もない。シオンの根底には、拭えない兄へのコンプレックスがある。

 ずっと比べ続けられて、一度も兄に勝てたこともなくて。


 今、シオンはクルセイダースの二番隊隊長の座に就いている。その実力は確かに本物で――でも、兄にはけっして及ばない。


 必死に、必死に、必死に。

 兄に勝とうと、兄を越えようと、必死に藻掻いて考えて編み出した戦法が。


 真っ正面から否定されて、それはもう、たまらなく、悔しいものだ。


「無駄なものを無駄、と言って何が悪い」

「――っ。あなたに、ボクの何がわかって――――」

「知らん。そもそもお前なんて見知った程度の名前を覚える気すら浮かばない奴だ。ましてや自分の適性を間違えてるいる奴に興味なんて抱くわけがない」


 春秋はシオンのことがわからない。

 それは当然のことだ。シオンと出会ってまだ二日も経っていない中で、何を知っているのだろうか。

 けれど、知っていることは一つある。

 それは、仁とは違う決定的なモノ。


「お前はそもそも自分の才能を活かせてない。朝凪と違って全く違う方向を伸ばそうとしているただの器用貧乏だ。それを無駄遣いと称して何が悪い」


 春秋がこうして誰かの攻撃を受け止めるのは二度目だ。

 一度目は仁。二度目はシオン。

 結果から言えば、両者とも春秋に傷一つ与えられていない。


 だが、春秋が評価しているのは仁のほうだ。

 島を守る執念は、仁もシオンも同じだった。

 実力だけで言えば、シオンは仁よりも遙かに優れている。

 才能で比べても、仁と比べればシオンのほうが恵まれている。


 でも、春秋は仁を評価している。

 勿論評価している、といってもどんぐりの背比べ程度だ。

 とはいえ、仁とシオンの間には決定的な差がある。

 春秋は、一撃を受け止めただけで二人の差を見抜いていた。


 仁は、どんな手を使っても、自分に出来る精一杯を貫こうとしていた。

 我武者羅に、自分の戦法を貫いていた。

 そして、それが結果的とはいえ仁の適正と合っていた。

 仁がこのまま成長していけば、それなりに通用する戦士になれる――そう、春秋が思えるくらいには。


 だがシオンは違った。

 シオンの戦い方には違和感しかなかった。

 そもそも真っ正面から魔爪を使って突撃してくるとは思わなかった。

 シオンが使う魔法。水帝との戦いを見て、違和感はあった。

 相対して、確信した。


 時守シオンは、魔爪を振るい肉弾戦をする戦士ではない。

 それはシオンが少女だから、ではなく。

 それはシオンの膂力が男性には敵わないから、ではなく。

 使える魔法の適性が違うから、だ。


「お前は何かに負けたくなくて近接戦闘を選んでいる。自分の可能性に向き合わず、思考停止している」

「それは……」


 言葉に詰まる。思い当たる節があるからこそ、だ。


「でも、ボクはこれで結果を出しています。ボクは、クルセイダースの二番隊――」

「それで自分を誤魔化して、本当にこの島を守れるのか?」

「……っ」

「お前は朝凪と同じで、島を守る思いは本物だ。けれど、お前の根底は島を守ることよりも『何か』に拘っている。それでは島を守る思いも台無しだ」

「……。それじゃあ、ボクはどうすればいいんですか。だって、こうでもしないと、ボクは兄さんを越えられない。越えないと、誰もボクを認めてくれないんですよ!?」


 悲痛な訴えを、春秋は冷めた目で一蹴する。


「知るか。『お前』は『お前』だろう。お前を見ない奴の評価を気にしてどうするんだ」

「あ……」

「少なくとも俺はお前のことしか知らない。だからお前自身のことしか評価しない。――今のお前は才能を無駄遣いしていて、島を守る思いを無駄にしている。それだけだ」

「っ、っ、っ……」


 話は終わりだとばかりに、背を向けて春秋は歩き出す。


「強さなんて結果でしかない。他人の評価を気にしている間は二流のままだ。――強くなりたいなら、島を守りたいなら、自分に出来ることをしっかり見定めろ」


 そして春秋は校庭を去る。残されたシオンは、春秋の言葉をずっと、噛みしめていた―――……。


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