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空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
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第十八話 異常と異変のすれ違い




「…………っ!?」


 意識を取り戻した春秋は飛び上がるように上体を起こした。

 「きゃっ」と驚きの声が後ろから聞こえてくる。不思議と軽い身体を振り向かせると、桜花が驚いた表情で座り込んでいた。


「お、おはようございます。春秋さん」

「四ノ月、か」


 見上げてくる桜花を一瞥するとあたりを見渡す。

 海岸線は静けさを取り戻しており、水帝スペルビアの魔力は一切感じられない。

 先ほどまで津波が起こっていたとは思えないほどの静寂さだ。


 海は静かに凪いでいる。

 カモメが優雅に空を飛ぶ。真っ青な空を汚れのない雲が泳いでいる。

 毒気を抜かれてしまうほど、あまりにものどかな光景だ。


 静かな世界で、春秋は天を見上げた。日が高いことに気がつくと、慌ててもう一度桜花の方へ振り向いた。


「今、何時だ」


 水帝スペルビアの来襲は、まだ九時を過ぎたばかりだった。

 激闘は一時間も続いていない。三十分かかってればいい方なくらい――なはずだ。

 いつも通りに、十五分の睡眠だったら現在時刻は十時前後も違いない。


 けれど、日の高さはどう見ても十時やそこらを示していない。


「十二時を過ぎたあたりですけど」

「……二時間以上、気を失っていたのか?」

「そうですね。大体それくらいになります」

「……」

「春秋さん?」


 あり得ない、と心の中で思考を走らせる。自分のコンディションは誰よりも春秋自身が理解している。

 どれくらい眠るか、どの程度で傷が治るか。自分の全てを把握しているからこそ、戦いにおいても自分の限界値を引き出せる。

 それは長い旅の間に培われた、一人で生きる術だった。

 己を知るからこそ、他を知ることが出来る。理解して、敵であるならば打ち倒す算段を整える。


 その前提において春秋は自分自身を違えない。

 今の自分に何が出来て、何が出来ないか。

 それらを把握するところから、春秋の戦いは始まっている。


 それが、どうして。


 要因を考える。水帝スペルビアとの戦い。過剰なまでに費やした黒炎。アルマ・レイヴの使用。

 けれど、それら全てを要素として用いても春秋は自身の治癒と急速に必要な時間は十五分だと結論付ける。


「四ノ月、俺に何かしたか?」


 考えられるとしたら――自分以外の要因。

 例えば、桜花が春秋を労って回復魔法を使う、とか。


 そうした場合、回復が早まるのだから目覚めるのも早まるはずだ。

 だが時間は十五分を切るどころか二時間も経過している。


 ならば睡眠の魔法か。そうした場合、桜花から春秋へ何かしらの意図がある、という解釈に至るが。

 自身に魔法が使われた感覚は、ない。身体に残る魔力の残滓は、そのどれもが春秋自身の魔力だけだ。


「何もしてませんが……。あ、でも……その、春秋さん、お疲れだったようなので……差し出がましかったのですが、膝枕を……させていただきました」

「膝枕?」

「は、はい」


 顎に手を当てて考える。


 膝枕。

 その名の通り、膝を枕として扱う行為。

 魔法的要因は一切ない、はずだ。


「それだけか?」

「そう、ですけど……」


 話を詰めていく春秋は物理的にも詰め寄っていく。近づけば近づくほど桜花は頬を赤らめ、何かがあったのではと春秋は推測する。


「四ノ月、嘘偽りなく答えろ。本当に俺にした行為は膝枕だけか?」

「は、はい。それ以外はしてません。……ちょっとだけ撫でたりはしちゃいましたけど」


 物理的接触行為はあっても魔法的行為は何一つなかった――桜花が嘘を吐いていないことはわかった。


「……わからん」

「春秋さん?」


 きょとんとした桜花を尻目に、春秋は空を見上げる。

 自分の身体に起きた異常。

 睡眠時間が長くなることに何のデメリットがあるのか――否。春秋は"ある"と考えている。

 睡眠とは、無防備な時間をさらすことだ。あからさまな隙は敵に絶好の機会を与えてしまう。


 確かに、この島に自分に危害を加える存在はいないと断定している。正確には『危害を加えられるほどの脅威が存在しない』のだが。


 だからこそわからない。自身に起こった不可解な異変に。異常事態を解決する術すら思いつかない。


「……とりあえず、戻るか」


 考えていても仕方がない。二時間ほど眠ったとはいえ、身体はまだまだ疲労が抜けていない。




   +




「四ノ月、なぜお前は着いてきている」


 部屋に戻ると、当たり前のように桜花が着いてきた。

 思わず問いかけてしまう。


「お昼ご飯を用意しようと思って――」

「要らん。休むから一人にさせろ」

「で、でもご飯を食べないとしっかり休めません」


 これはいつものパターンだな、と春秋は察した。この問答が続けても桜花は引かない。

 ではどうするか。簡単だ。

 桜花が引き下がる条件を付け足せばいい。


「……目が覚めたらお前を呼ぶ。それから作ればいい。だからしばらくは俺を休ませろ」

「それは……」


 桜花からすれば、付きっきりでお世話をしたい。桜花が春秋に危害を加えることは絶対にないし、それについては春秋も理解している。

 けれど、どうしたって人は一人でいたい時間はあるものだ。桜花も春秋のそんな思いを無碍にすることは出来ない。


「……わかりました。自室で待機していますので、起きたらすぐに連絡してください」

「わかったわかった」


 名残惜しそうに桜花が部屋を後にする。

 途端に静かになる室内。途端に部屋が冷え込んだ、ような気がした。

 ただの勘違いだと決めつけ、春秋はベッドに身を投げる。


 思った以上に身体が重い。少しばかし軽くなったとも思ったが、それでもやはりだるいままだ。

 とにかく休もう。そう決めて目を閉じる。


 睡魔はすぐに訪れた。抵抗することなく、春秋は睡魔に身を委ね――。




「――っ!?」


 ――――――――きっかり十五分のところで、目が覚めた。


 別に異常ではない。春秋は普段からこのくらいしか眠らない。眠れない。

 別に異変ではない。これが当たり前なのだ。警戒するのなら、睡眠時間は短ければ短いほどいい。

 これまでに困ったことはなかった。自分一人で目を閉じれば、十五分で目が覚める。

 それは異常ではない。異変ではない。

 けれど。


「……おぇ」


 吐き気がこみ上げてくる。トイレに駆け込んで戻すほどではないが、明らかに休息が取れていない。


 いつもと同じ時間だけ休んだのに。

 いつも通りに回復しない。


 自身の身に起こった異変を前に、春秋はそっと目を閉じた。

 深く、深く、思考を走らせる。


 そこから先は大して覚えていない。気付けば手には連絡用の端末が握られており、桜花に連絡が飛ばされていた。


 ばたばたと騒がしい勢いで桜花が戻ってきたのは、五分ほど過ぎてからだった。

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