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空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
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第十七話 アルマ・レイヴ




「ユリア様、津波です! 水帝の魔法かは不明ですが、津波が迫っています!!!」

「すぐに撤退させたクルセイダースを海岸線に展開し、魔法障壁を展開させなさい!」

「到達時間予測――ダメです、クルセイダースの配備間に合いません!」

「ああもう、念のための配備させたクルセイダースが全部無駄になったじゃない!」


 クルセイダース本部は慌てふためいている。

 観測された津波の全容は15メートル超。星華島の全てを飲み込むには十分すぎるものだ。


 桜花の【予言】ではこのような情報はなかった。異界の帝王たちが狙っているのはこの島の中央に存在する、島の核とも言えるものであり――物理的な意味で島を滅ぼしにくるとは思わなかったからだ。


 誰もが混乱しユリアの指示を待っている。けれどユリア本人にも、状況を打開する術がない。


「こんな、こんなことで島を失うわけには……!」

「大丈夫ですよ、ユリアさん」


 膝をついたユリアを励ましたのは、桜花だった。動揺し誰もが平静でいられない中、唯一桜花だけが凪のような表情でモニターを見つめている。


「この島には、春秋さんがいます。春秋さんがこの島を守ってくれます」

「春秋だってちっぽけな人間よ。いくら魔法が使えたって、あの津波から守り切ることなんて出来ないわ。せめて、せめてクルセイダースがその場にいれば全員で魔法障壁が張れたのに!」

「あの津波は帝王が生み出したものです。私たち程度の魔法障壁では勝てません」

「あなたは春秋に何を期待しているのよ! 結局彼は異界からの来訪者よ。こんな状況になってまで、私たちを守ろうとするわけがないわよ!」

「それは、春秋さんを過小評価しすぎです。春秋さんは私と契約を結んだ最初から、この島の全てを守るために尽くしてくれています」


 桜花は確信していた。【予言】とは別の何かが見えているとしか思えないくらいに。


「春秋さんの手には、レギンレイヴがあります。そして――詳しくはわかりませんが、あの炎があります。それら二つがあるのなら――」

『おい、四ノ月』

「はい、なんでしょうか」


 桜花の言葉を遮るように、春秋の言葉が本部に響く。思わず誰もがモニターに視線を向ける。そこには春秋の背中が映っている。


 返事をしても桜花の言葉が春秋に届くわけではない。

 だが桜花は返事をした。そう返すのが当然とばかりに。

 次の春秋の言葉がわかっているかのように。


『帝の弱点は体内を移動する二つ宝玉だ。一つは砕く。もう一つは逃げ出すだろうから、どうにかして補足しろ』

「――わかりました。ユリアさん、観測班の音頭を取ってください」


 春秋も桜花も、津波を全く脅威に感じていない。それどころか次の展開を考えている。

 少し、ユリアは気後れした。天才と呼ばれ続けたことを自覚し、その才に驕ることなく邁進してきたというのに。

 自分よりも一歩も二歩も先を見据えている二人に、少しだけ嫉妬した。


「っ、わかったわ。観測班! 春秋からの情報を頼りに水帝スペルビアの核の補足するわよ! 魔力計測を念入りに!!!」


 ユリアの号令に本部が冷静さを取り戻す。バタバタと部屋を駆け回る少年少女たちが席に戻り計器を睨むように見つめていく。


 ユリアはすがる思いでモニターに映る春秋の背中を見つめる。

 託すしかない。この島の未来を。


 そして、桜花は。







 津波が迫ってきているというのに、春秋は冷静だった。

 眼前の光景を前にしても動じない。出来て当然とばかりに握るレギンレイヴを津波へ向ける。


「……ったく。面倒ごとばかり持ち込みやがって。お前たちは昔とちっとも変わらない。目的が達せないなら駄々を捏ねる、帝王を名乗ることすら烏滸がましい……!」


 静かな怒りを漏らす。背に宿る黒炎が羽のように羽ばたき、春秋の身体を空に運んでいく。

 黒炎が翼となる。

 中空で止まった春秋は体勢を低くし、レギンレイヴを握りしめたまま身体を(ひね)る。


「魔力を喰らえ、レギンレイヴ。もっと、もっと、もっともっと――――!」


 レギンレイヴにありったけの魔力を込める。紫電が走り、レギンレイヴの魔導回路が悲鳴を上げる。

 そんなことは関係ないとばかりにさらに魔力を込める。


 カムイの基本術式として、魔力によって刃を形成することが出来る。

 仁のラグナロクは実体剣に雷を纏うものだが、シオンのフェンリルはレギンレイヴと同じ術式が仕込まれている。


 春秋の魔力を吐き出すように、レギンレイヴが魔力刃を形成していく。

 それはどこまでもどこまでもどこまでも大きく――――――春秋の身の丈なんて容易に超えていく。十メートルは簡単に超える。


「ナラカ・アルマ、喰らい尽くせッ!」


 そして生まれた魔力の刃を、ナラカ・アルマが喰らい尽くす。黒炎が刃となり、漆黒の巨大槍が誕生する。


「全て喰らい尽くして破壊しろ――アルマ・レイヴッ!!!」


 自分よりも遙かに巨大な槍を――春秋は、振り抜く。

 虚空を踏みしめ、力の限り。腕の筋繊維がミシミシと音を立てる。ブチブチと何かが弾ける嫌な音。

 構わない。腕が折れようが、足がもげようが、春秋は躊躇うことなくアルマ・レイヴを振り抜いた――!


 迫る津波を両断する。横薙ぎに、真っ二つに、全てを、破壊する。


『な、に――――』


 小さく聞こえた水帝スペルビアの声。おそらくは、春秋のアルマ・レイヴが予想外の一手だったのだろう。

 両腕に激痛が走る。全身に鈍い痛みが広がる。それでも春秋は黒炎の翼を広げて真っ二つになった津波へ向けて飛翔する。

 目指すは宝玉。今の一撃で、水帝スペルビアの「意思」か「力」のどちらかを破壊した手応えはあった。

 だから、もう一つを追う。




『炎宮春秋! そのまま津波の最上部、膨大な魔力反応があるわ。それがおそらく"核"よ!』


 ――島内アナウンスが、響く。その声に導かれるように春秋は顔を上げ、確かにそこに高密度の魔力を感じ取った。


「よくやった、神薙ユリア」


 黒炎をはためかせて上空へ。空を目指して飛んでいく宝玉に手を伸ばす。

 近づいて、理解する。

 これは「力」の宝玉だと。


 そもそも「意思」の宝玉であれば、抵抗してくる可能性も否定出来ないが。

 宝玉を握りしめる。確かに高密度の魔力を感じる。


「これで、二つ」


 砕けた津波が海へと還っていく。海水が雨のようにたたきつけられていく。

 海水の雨を浴びながら、海岸線に降り立った。

 無視できないレベルの激痛。重い足取りのまま、寮を目指して一歩を踏み出す。


 ――が。


 両の足に力が入らない。レギンレイヴを握っていることも出来ない。

 宝玉だけはポケットになんとかしまうことが出来たが、もう春秋は自分自身を支えることが出来なかった。


 砂浜に倒れる。明滅する視界のまま、黒炎の出力を抑える。


 治癒を優先。残っている魔力の全てをナラカ・アルマに変換し、治癒を始める。

 そこでもう意識を保つのが限界だった。

 どうせ十五分しか眠れなくても、少しだけでも体力を回復させるために春秋は意識を手放す。


「春秋さんっ!!!!」


 どこからか、聞き覚えある声が聞こえた。心配するような、慌てているような声。

 けれど顔を上げることは出来ない。それだけ春秋は消耗しているのだ。


(……少し、だけ。すくなくとも、ここには、俺に、危害を、加えるやつは)


 ずっと、ずっと一人だった。一人で過ごしてきた。

 この島は、旅を終える為の中間点にすぎない。

 ……それでも、この島は自分に危害を加えない。そんな確信だけが、春秋の心に残っていた。

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