第十六話 命、喰らいて
膠着状態が終わりを告げる。防御を捨てた春秋は回避を優先して水帝スペルビア目掛けて大地を蹴る。
槍の雨。かろうじて避けれるギリギリを見定めて駆け抜ける。
それでも全てを避けることは出来ない。けれど春秋は槍を受けることはしない。あえて、受ける。
黒炎による再生を切り捨てているのに、それでいてなお春秋は防御も回復も後手に回る要素の全てを排除する。
「貴様らしくない。貴様はもっと冷静に立ち回るはずだ。何が貴様を駆り立てる!」
水帝スペルビアの言葉にわずかに焦りが感じ取れる。
それはつまり、今の春秋が自らの命を脅かすモノだと教えているようなものだ。
だから春秋は止まらない。
問いかけに答える素振りも見せず、遂に己が間合いに踏み込んだ。
慌てて水帝スペルビアが腕を振るう。併せて水流が春秋目掛けて尽き上がる――が。
「――――――……っち、外した……!」
水帝スペルビアのどんないってよりも速く。レギンレイヴが胸を貫いた。
手応えはあった。だが、決定打になり得なかった。
「ふは、危ない危ない。私の肉体が水でなかったらその一撃で死んでいたよ」
彼らの世界は、桜花たちのいる世界と人体の構造がやや違う。
人としての生命装置である心臓といった臓器は確かにある。だがそれらを失っても彼らは完全に死ぬことはない。
魔法の発達した世界。臓器を失って死ぬことを拒否した世界。ありとあらゆる病気から解き放たれた世界。
春秋が「外した」のは、彼らが魔力を生み出す神秘の生命装置。
春秋はそれを「核」と呼んでいる、真球の宝玉。
異界の人間たちは誰もが二つの核を持っている。
意思と力、その二つを。
春秋は知っている。だからこそ「核」を狙っての一撃だった。
炎帝イラは胸部に「意思」の核があり、頭部に「力」の核があった。
それを見抜いた春秋は「意思」の核を破壊した。「力」の核は万が一の為にと回収した。
「炎帝のように油断する男と一緒にしないでもらいたい。私は常に万全でいたい。私の核は自由自在に動き回る。貴様の一撃で貫くことは間に合わない」
「間に合わない? お前、何か勘違いしてないか?」
「なに……――――!?」
レギンレイヴは今もなお、水帝スペルビアの胸部を貫いている。
黒炎が荒れ狂う。春秋の手から黒炎が走り、レギンレイヴを飲み込んでいく。
「ピンポイントで移動するなら、中から全部燃やし尽くすッ!」
黒炎が走る。黒炎が広がる。瞬く間に水帝スペルビアの全身を包み込んでいく。
悲鳴が上がる。肉が焼ける音。焼ける臭い。
異臭、鼻を刺す。しかして黒炎は決して水帝スペルビアを逃さない。
「うぉ、お、おおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!??!?!」
「――燃え尽きろ」
「まだ、だ。まだ…………ァッ!」
「っ、こいつ――」
水帝スペルビアが自らの喉を両の手で絞める。振り絞った力が喉を裂き、その両手には青く輝く二つの宝玉。
「意思」と「力」の核。
二つの宝玉が水に包まれ流されていく。肉が焦げ、黒炎が水帝スペルビアだったものを食い尽くす。
春秋はすぐさま黒炎を背に回して爆発させる。――加速する春秋は大地を蹴って水流を追う。
春秋は速い。けれど、水流はもっと速かった。住宅街を駆け抜け一直線に海を目指す。 黒炎の加速を得ている春秋ですら追いつけないまま、海岸線に躍り出た。
海岸線に降りた春秋は静かな海を睨め付ける。
水流は姿を消した。いや、姿を消したわけではない。
木を隠すなら森の中と同様に――――。
水を隠すなら、そこに大量の水があればいい。
そこには海がある。
静かだ。不気味なほど静かだ。
海からかすかに水帝スペルビアの魔力を感じるのに、海は何も語らない。
海が、揺れる。渦が起き水流が立ち上る。
水流が人型を成す。巨人だ。水の巨人だ。
「竜の次は巨人か? どちらにしても芸がない。すぐに全部燃やし尽くして――」
『そんな小細工はしない。わかったわかった。もうわかった。私では貴様に勝てない。貴様に負けるのは構わない。強者に敗北することは帝の一席において覚悟していることだから。――だがな、だがな。この島を喰らい尽くすことをほかの帝に譲ることは認めん。絶対に絶対に絶対に絶対にぃ!!!』
「ガンガン響かせてくるんじゃねえよ……!」
巨人の口から発生される轟音が鼓膜を痛いくらいに震わせる。おそらく島中に響いているだろう。
かすかに人の気配がする。それでも春秋の邪魔をすることはないだろう。
だが、この場に第三者がいることが春秋には好ましくない。
戦いを見られたくないのではない。少しでも巻き込む可能性があるのなら、それを含めて戦うのが手間だからだ。
一人でいい。一人で勝てる。だから邪魔をするな。
水帝スペルビアの面倒くささに苛立ちが募っていたからこそ、海岸に集まろうとしている島民たちに嫌気が刺す。
「――四ノ月、聞こえているんだろ? 海岸に近づかせるな。俺の戦いを邪魔させるな」
炎帝イラとの戦いの時も映像が撮られていた。おそらくだが音声も収録されていたはずだ。
つまり島のどこにでもカメラが仕掛けられていると読んでいる。
いや、《ゲート》の反応を観測する必要性があるのだから、必ず設置している。
叶わないかもしれないが、それでも言っておかなければ気が済まない。
「クルセイダースとかいう雑魚集団を俺に近づかせるな」
仁とシオンの二人の戦いを知っている。二人が隊長であることを紹介されている。
長であるならば、それ以上の戦力がないことを告げているのと同じだ。
クルセイダースに、帝を止める力はない。
だからこそ桜花は春秋と契約した。だからこそ春秋が帝王との戦いに挑んでいる。
人の気配にわずかだが動きがあった。おそらくだが桜花から連絡があったのだろう。
ざわめきもかすかに聞こえるが、今の春秋には届かない。
目の前にそびえる水の巨人。その出方を窺っているのだから。
「それで? ほかの帝を邪魔したいお前は何がしたいんだ」
『……こんなこと、私は本来したくない。だが信条をねじ曲げてでもしなければならない。――私は帝どもが嫌いだ。強さに拘らず、義に拘らず、目的達成のために何をしてもいいと考えている。それが気にくわない。ならば――』
「――――お前、まさか」
『貴様の考えている通りだよ』
巨人が嗤った。酷く不快な笑顔を浮かべ、巨躯が海に溶け込んでいく。
世界が、揺れた。
激しい鳴動と共に海水が引いていく。海底が露出し、隆起した岩々が顔を覗かせる。
『喰えぬならば、全て飲み込み消し去ってくれるわアアアアアアアアアアアアア』
――――巨大な津波が、星華島を襲う。




