第百三十一話 遠き過去の世界から
「集まってくれて感謝する、星華島の英傑たちよ」
らしくない台詞を吐きながら、春秋は左右に並ぶ面々に声を掛ける。
左には星華島を守るクルセイダース。
ユリア、仁、シオン、そして昂が並んでいる。
右にはパラドクス・ナイツが並び立つ。
ルリア、ヴィクトリー、アギト。そして見知らぬ女性が一人、にこにこと柔和な笑顔を見せながら立っていた。
秋桜は春秋の隣に立っており、春秋は体調が優れないからか車椅子に座っている。
「紹介がまだだったな。俺に協力してくれる最後のパラドクス・ナイツ、エリシアだ」
「やっほー。エリシアお姉さんでーす。よっろしくぅ!」
人懐っこい笑顔を向ければ仁たちの緊張も少しは解れる。
その中で、昂だけが表情を強張らせていた。見てはいけない存在を見ているかのような表情で。
エリシアは昂の視線に気付いているが敢えて無視している。今はその話は関係ないといった表情だ。
「さて、本題を始めるが……いいな?」
春秋も二人の空気を察してはいるが、彼もあまり時間がない。
だから空気を無視して話を切り出す。それは、シャングリラたちの目的と手段についてだ。
「先にも言った通り、出奔した三人――シャングリラ、ベリエルゼ、マリオンの三人の狙いは永遠桜だ。永遠桜の魔力というよりは、永遠桜と繋がっている竜脈が狙いだ」
永遠桜が枯れずに無限に咲き続いているのは、世界中の魔力の通り道である竜脈の終着点だからだ。
今でも星華島が魔獣による攻撃を受けているのもそこに尽きる。
永遠桜を喰らえば世界中の魔力を手に入れたも同然であり、逆に言えば永遠桜を利用すれば世界中への干渉が可能だと春秋は語る。
「あいつらは永遠桜を利用して世界に干渉し、物語の管理者の力を手に入れようとしている」
「春秋、ちょっと待って。あなたが不完全でも物語の管理者なのでしょう?」
「そうだよ。だが、その力を奪われた」
仁から話を聞いていたユリアは春秋の言葉に首を傾げ、疑問を口にする。
「俺は管理者の力を一冊の本に集約していた。完全な管理者になる為に足りないモノを把握する為に、その全てを本に纏めていた。けれどそれが悪手だった」
「シャングリラは春秋様の隙を突き本を奪い逃げました。追うのも間に合わず……!」
春秋の言葉にヴィクトリーが続く。よほど悔しい思いをしたのだろう。握り締めた拳から血が零れている。
「俺たちの目的はその本の奪取だ。それさえ取り返せば俺は世界のリスタートを始められる」
春秋の話は以上だった。裏切った三人の粛正などは一切言葉にせず、ただただ世界のリスタートの為に本を取り戻したいというものだった。
「星華島が戦場になる可能性があるから戻って来た、ということでいいのよね?」
「そうだよ。巻き込みたくはなかったが、星華島で待ち受けるのが一番手っ取り早いからな」
「ええ、理解したわ。それなら今まで通りの編成で対応出来るわ。パラドクス・ナイツとの戦闘は任せていいのよね?」
ユリアは春秋と段取りを決めていく。元から春秋は星華島に上陸させるつもりすらない。
その為にセフィロトを近海に待機させている。星華島で戦うつもりはないのだ。
「問題はあいつらが三人しかいないことだ。戦力を補うために何をしでかすかまでは予測がつかない」
「それじゃあクルセイダースはそちらに戦力を回すわ」
「助かる」
ユリアがモニターに星華島の全体図を表示し、部隊の展開パターンを入力していく。
星華島を守るようにパラドクス・ナイツが配置され、ルリアを始めとした面々も頷いている。
一通りのパターンを決めたところで、エリシアが割って入ってきた。
「提案がありまーす」
「どうしたエリシア。問題があったか?」
「クルセイダースのみんなに私たちの実力を知っておいて貰った方がいいんじゃないかしら。その方が安心して戦いを任せて貰えるでしょ?」
「それは……まあ、そうか」
エリシアの言葉にユリアも頷く。
「模擬戦でもしてみる? 仁やシオンと戦って貰ってその映像を見せれば隊員たちも納得すると思うわ」
彼を知り己を知れば百戦殆からず、といったところか。
露骨に嫌そうな表情をしたのはアギトだ。ヴィクトリーやルリアは別に構わないとばかりに首を縦に振っている。
「アギト、不満があるのか?」
隣に並ぶヴィクトリーが諫めるように言葉を投げた。アギトは心底面倒くさそうにため息を吐いている。
「敵でもねえ強くもねえ奴らと戦うほど無駄なことはないだろ。強さなんて戦いが始まってから見せればいいだけじゃねえか」
「お前の言い分もわかる。だが我々はあくまで星華島を守らせて貰う側なのだ。先住の彼らに敬意を表し、信頼して貰うことが第一だ」
「だがなぁ……は~~~~~~~」
それでもアギトは興が乗らないのだろう。二度目の大きなため息を吐く。
見かねた秋桜がとてとてとアギトに近寄り、彼の袖を何度も引っ張る。
そして、小さな瞳でアギトを睨み付けた。
「アギト、わがまま、っめ」
「…………。……………………はぁ。わかったよ、お前に言われちゃ逆らう気も沸かねえ」
「えへへ、よしっ」
はにかむ秋桜の頭をわしゃわしゃと撫で、秋桜は秋桜でまんざらでもなさそうな表情を見せている。
仁からすれば秋桜が春秋以外に懐いている光景に違和感がある。だがアギトと秋桜にしかない何かしらの絆があるのだろう。
「なんだか微笑ましい光景じゃないか、ハル」
アギトと秋桜のやり取りを見て頬を緩めていた仁が春秋に話しかける。だが春秋からの返事は無く、視線を向ければ春秋は目を閉じて眠り込んでしまっていた。
「春秋っ」
ルリアがすぐに駆け寄って診察する。心臓に手を当てて苦々しい表情を浮かべると、すぐに表情を切り替えて車椅子を動かした。
「春秋はもう時間のようね。ヴィク、アギト。組手は任せたわ」
「了解した」
「はいはいはいよー。……って、エリシアはサボるのか?」
「サボらないわよ。春秋を送ったら合流するわ」
秋桜は春秋を不安げな表情で見つめているが、ルリアが優しく撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
「秋桜はどうする? 春秋の傍にいる?」
「み……」
秋桜はチラチラとアギトやヴィクトリーに視線を送る。視線に気付いたヴィクトリーは秋桜の目線に合わせるように片膝を突いた。
「秋桜様、春秋様をよろしくお願いします。春秋様の留守は私たちが必ず守りますので」
「み……。ヴィク、お願い」
「任されました」
ヴィクトリーは深々と頭を下げる。春秋に忠誠を誓うヴィクトリーにとって秋桜は春秋の次に忠義を尽くす存在だ。だからこそ丁寧に、秋桜の心配を取り払う。
「はい、それじゃあさっさと移動しちゃうわよー」
重い空気を切り払うようにエリシアが明るい声で割って入る。車椅子を押しているルリアと秋桜の肩に手を置いたと思えば、軽やかに踵で地面を鳴らす。
「わーーーーーっぷっ!」
「えっ」
すると、エリシアの姿が消えた。ルリアも、春秋も、秋桜も、同時にだ。
驚いたのはエリシアのスキルを知らない面々だけで、ヴィクトリーたちはさも当然とばかりに組み手の準備を始めている。
「今の、瞬間移動……!?」
「違う。今のは《ゲート》での転移だ」
黙り込んでいた昂が口を開く。思い詰めたような表情は何を物語っているのだろうか。
「素晴らしい洞察です。後にエリシアに自己紹介させますが、それが正解であることを肯定します」
ヴィクトリーの補足に昂は舌打ちする。ずっと黙り込んでいた理由をぽつりと零す。
「俺はエリシアの顔を見たことがある。それも俺の記憶じゃなく、奏の記憶でだ。あの顔は――――ナノ・セリューヌを開発した科学者だ」
因縁は、何処までも繋がっているものだ。




