第十三話 第二の【予言】 第二の《侵略者》
「詳しい予言が出たと聞いたが」
平穏な日々が数日続いた後に。春秋はクルセイダースの本部に呼び出されていた。
すでに桜花とユリアが待機しており、本部に入ってきた春秋を出迎える。
「春秋さんすみません、急いでいたので朝ご飯用意できなくて……!」
「いいからさっさと本題に入れ。一食抜いた程度で死ぬわけじゃない」
「ですが……!」
「あーもう桜花はさっさと本題に入りなさい!」
食い下がる桜花をユリアが強引に引き戻す。
「あう」とか細い声で鳴いた桜花は咳払いを一つ。
桜花の手振りに合わせて中央のスクリーンに星華島の全体図が展開される。
「【予言】によると、次の《侵略者》は明日の明け方に《ゲート》を通って現れます。
出現箇所は不明。被害予測は、死傷者九百名超、クルセイダースは壊滅します」
「出現箇所を推測する要素は?」
「……一番最初に倒れる隊員ならわかります」
ユリアの言葉に桜花が間を開けた。それが何を意味しているかは春秋もユリアもわかっている。
「神薙、そいつに知らせるつもりか?」
「……その隊員がいるチームは増員、最重要チームとして配備するわ」
「四ノ月、それで予言が変わる可能性は?」
「断言は出来ません。ですが、あの子が危険に晒される、という事実は変わりません」
桜花の口ぶりからしてその隊員とは知り合いなのだろう。
桜花の【予言】を駆使し、被害を最小限に抑える。春秋を向かわせるにしても、それまで持ちこたえるかどうかもわからない。
春秋ならば労せず勝てる。だがクルセイダースではまだ無理なのだ。
敵は異界の帝王。赤子と大人ほどの力の差があることは明白だ。
「最初から俺をそこに置けばいいだろ」
「……春秋さんを警戒して、襲撃場所を変える可能性が高いです」
「あいつらが? それをすると?」
「私はあなたほど《侵略者》のことを知らないわ。でも、《侵略者》の目的がこの島を滅ぼすこと――この島を喰らい尽くすことなら、あなたとぶつかるのを後回しにする可能性は十分あるでしょ?」
ユリアの言葉通りだ。帝王の目的がこの島である以上、春秋との不要な衝突を避ける可能性は十分にある。
ならば、だ。
「四ノ月、一つお前に問いたいことがある。――――お前との契約はこの島を守ることだ。その定義、お前はどう答える?」
春秋は桜花を試す。
【予言】を優先し、顔見知りの隊員を犠牲にしてでも春秋をぶつけるか。
春秋を先んじて配置し、帝王の行動を待つか。
桜花の返事によって春秋の行動は変わる。
もっとも――春秋は奇妙な感覚を抱いていた。今、自分が抱いている感覚。自分から提案しようとした言葉。
それを、桜花が言葉にするという確信。
「この島を守る。それはこの島に住んでいる全ての人も、何もかもが対象です。直せる範囲であれば被害は目を瞑るとしても、人的被害は一つも出したくありません」
「っは。傲慢だなお前は」
「傲慢でけっこうです。私は常に最善を欲しているだけです。そして、春秋さんならその最善へ導いてくれると信じています」
期待通りの桜花の言葉に思わず口角が吊り上がった。それでいて、自分自身の感覚に戸惑い首を傾げる。
だがすぐに振り払う。自分の考えと桜花の思考が一致しているのなら迷う必要などないからだ。
「――いいだろう四ノ月。お前の契約に従おう。
誰一人として死傷者を出さずに次の帝を倒してやる。守ってやるよ、この島だけじゃない。生きている者全員を。その果てに、俺の求める願いが叶うのだからな」
春秋は今も、自分の願いは言葉にしない。
+
クルセイダース第二部隊は、星華島第三区画――商店街の入り口で
「え、ボクのチームに増員ですか?」
「ユリア様の進言らしくてよ。第三部隊から十人ほどこっちに回すそうだ」
ほへー、と青髪の少女が首を傾げる。
クルセイダース第二部隊、部隊長――時守シオン。
長いポニーテールを振り乱しながら、増員としてやってきた仁に質問を投げる。
「で、どうして先輩が来るんですか?」
「俺じゃ悪いのか!?」
「いえ、先輩は第三部隊の隊長じゃないですか。まあ邪険にはしてますけど」
「なんでだよ!?」
「や、戦力としては申し分ないと思ってます。先輩は仮にも第三部隊の隊長ですし」
クルセイダースに所属する少年少女たちの中で、ひときわ実力が認められている者が部隊長として選ばれる。シオンも仁も互いに互いを認め合う関係で、日々《侵略者》に備えて鍛錬を欠かさない。
「でも先輩は最近ボクとの鍛錬断ってるじゃないですかー。ライバルだと思ってたのはボクだけなのかなー。秘密特訓とかしてるんでしょ? ぬーけーがーけー」
「うっ」
普段シオンとの模擬戦をしている時間を、今は春秋との時間に費やしている。
それは仁と春秋だけの秘密――というより、明言する必要はないと判断したのだ。
「同じ志を持つ者同士、これから俺たちは友であり仲間でありライバルだ――なんて決め台詞吐いてたのはどこの誰ですかねー」
「う、ぐぐぐぐ」
「ふーんだ。先輩なんか見捨ててボクが最強になってやりますからね!」
「拗ねんなって。強くなりたい気持ちは俺も同じだから」
「へー……」
シオンから向けられるジト目をスルーする。
仁だって少年だ。強くなるための秘密特訓をしているなんてあまり知られたくない。
実に少年らしい天邪鬼な心境だ。
「まあ先輩はお客様としてふんぞり返っててください。ボクが華麗に《侵略者》を倒してやりますから!」
「…………いや、それは厳しいだろう。シオンだって《炎帝イラ》の戦いは見ただろう?」
「見ましたよ? それで、勝てないから来訪者の人に全部を任せるんですか?」
「それは、違う。でも」
「でもじゃありません。確かにボクたちはまだまだ及ばないかもしれません。でも、だからといってこの島ではない人に、この島を背負わせることはしてはいけないんです。この島に住んでいるボクたちが、この島を守るんです」
軽口のようで、とても強い決意を言葉にする。
仁も同様に抱いている、責任感とも言うべきか。
シオンの言葉に仁も頷きを返す。言葉にしなくても、思いは同じだと。
『《ゲート》の起動を確認しました。島民は避難してください。繰り返します、避難してください』
会話を打ち切るように警報が鳴り響く。クルセイダースの隊員たちは緊張に顔を強ばらせ、手にするカムイを強く握る。
「カムイ、起動――フェンリルッ!」
声に呼応して、シオンのカムイが起動する。両の手に装着された銀の手甲が光を帯びる。
爪先から魔力が迸る。光――魔力は爪を形成し、鋭利な刃としてシオンの武器となる。
「さあ来い《侵略者》! この第二部隊隊長、時守シオンが相手だッ!」
そして、《ゲート》が開く。
その数――――三十。




