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空想のリベリオン  作者: Abel
第三章 英雄の終わる時
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第百二十八話 再会した親友は




 巨大戦艦セフィロトは星華島近海に静かに着水した。夜半の着水に気を遣っているのか、大した波も立たない見事な着水であった。


 星華島の港にはセフィロトは収まらない。だからか、港から大型のボートでセフィロトに向かうしかなかった。


「エンジンにフレスヴェルグを取り付けた。これでアルマを用いて加速できる」

「ありがとう、ヴィクトリー」

「ルリアが承諾したのだ。私が口を挟むことはできないしな」


 とはいえヴィクトリーは渋々といった表情を隠そうともしない。

 ユリアが提示した『春秋との面会』という条件に最も拒否反応を示していたのはヴィクトリーだ。アギトは欠伸をしながら「いいんじゃね?」と適当にしていたが、ヴィクトリーの態度を見ている限り尋常ではない様子だ。


 けれど同様にヴィクトリーが持っている通信端末からユリアの声で「構わない」といわれてはヴィクトリーも納得するしかなかったようで、パラドクス・ナイツの力関係が窺える。


 そして今、仁のアルマ・シルヴァリオを燃料にした大型ボートでセフィロトに向かっている。

 ユリアの護衛として仁とシオンが同行し、ヴィクトリーとアギトを合わせて合計五人での移動だ。


「思うんだがよー、ヴィク」

「喋るなアギト。お前はすぐにボロを出す」

「エリシア呼んだ方が早かったんじゃね?」

「貴様は馬鹿か馬鹿だったな今すぐボートから下りて真夜中の海を泳いでセフィロトに帰還しろ。このような些事にエリシアのスキルを使う必要などないだろう。わかるか? わからないから言い出したんだろうなこの馬鹿が」

「お~し喧嘩だな? 喧嘩売ったな? 大枚叩いて買ってやるから今すぐ飛び出せやヴィクぅ!!!」


 ヴィクトリーとアギトはよっぽど相性が悪いのか、口を開けばすぐに喧嘩腰になってしまう。一色触発な空気に仁もシオンもピリピリするが、ユリアが盛大にため息を漏らすと途端に空気が霧散する。


「あなたたち、春秋に忠義を尽くすというのならもっと礼節を尽くしなさい。配下が無礼であればそれだけで春秋が軽く見られるのよ?」

「ぐ……!」

「はぁーーーーーーしらけること言うなよお嬢ちゃん。こっちはヴィクをからかって喧嘩してーだけなのによぉ」


 どこまでも好戦的なのかアギトは悪びれようともしない。ユリアの仲裁がよっぽど気に入らなかったのか、ドカドカと大足でボートの隅に陣取ってしまった。


 船内での会話はそれで終わってしまった。夜の中の海上を走り抜け、ボートは間もなくセフィロトへと辿り着く。

 セフィロトの片翼が展開され、カタパルトデッキがボートを招いた。シオンと仁が先に降りると、続けてユリアがセフィロトの艦内に踏み込んだ。


「ようこそ、神薙ユリアさん」


 五人を出迎えたのは幼い少女だった。長く伸びた真紅の髪と、こめかみ辺りの髪だけが青色に変化している。

 少女を見て、桜花も仁もシオンも驚いてしまった。だって、あまりにも少女の姿に見覚えがあったから。


「桜花……?」

「桜花さん、ですか」

「……違う。君は……そうか、ハルは」

「はい。仁さんの考え通りだと思います。私は秋桜(しゅお)。秋の桜と書いて、秋桜と読みます。おとーさんが付けてくれた、大切な名前です」


 後から降りてきたヴィクトリーとアギトを見つけると、秋桜はすぐさまアギトの後ろに隠れてしまった。じー、とユリアをじっと見つめ、アギトはそんな秋桜の頭をぽんぽんと優しく叩く。


「ねえ仁、この子は……」

「この子は……秋桜は、春秋と桜花の子供だ。……年齢も、そして桜花のことも考えると――」

「はい、私もパラドクスです」

「秋桜は弱っちいから戦わねえけどな。かっかっか」

「アギト。そういうの、だめ。誰が一番おとーさんの負担になってるか、私が一番知ってるから」

「わっはっは。そうかそうか、すまないな」


 アギトは最初から非戦闘員である秋桜に興味はないのだろう。いや、それ以上に小さな子供に戦うことを強要はしないのだろう。秋桜に対してだけはヴィクトリーや仁に向けていた殺意にも似た敵意を微塵も向けていない。


「ところで先輩。今が凄くシリアスな場面ってわかるんですがぶっちゃけていいですか?」

「嫌な予感しかしないが、言うだけならいいぞ」

「秋桜ちゃん、めっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっちゃ可愛くないですか??????? 抱き締めてすりすりしたいです!!!!!!」

「やめとけ雰囲気が台無しだ」

「あうーーー。秋桜ちゃん~~~~~~っ!!!」


 今にも飛びつきそうなシオンを見て秋桜はびくっ、と身体を震わせてアギトの後ろに引っ込んでしまった。


「おいクソガキ、うちのガキを怖がらせるんじゃねえよ」

「す、すみません」


 威圧感のあるアギトに睨まれてはシオンも大人しくならざるをえない。

 シュンと項垂れながら先を行くヴィクトリーとユリアの後を追っていく。

 巨人でも通れそうなほど広い通路を進む。

 最後尾を歩いている仁は秋桜の小さな背中を見つめていた。


(……どうして、ハルは)


 春秋の目的は桜花を取り戻すことだ。

 その為に命を削ってでも世界から【役割】を消し、【役割】縛られない世界に変えた。

 管理者になると宣言し、目的の為に邁進することも知っている。


 だからこそ解せないのは、秋桜に命を分け与えたことだ。

 春秋の目的を考えれば考えるほど、秋桜の存在はイレギュラーだ。


 四ノ月秋桜。

 春秋と桜花の娘であり、春秋にとっては桜花の次に大切な存在だ。

 それ故に、かつて失われた愛しい子供を取り戻したい気持ちはわかる。


 仁だって、かつて好きだった女性に会えるのであれば――と考えたことくらいはある。

 けれどそれを、自身の命を削ってまですることなのだろうか。


「到着しました。春秋様はこちらでお休みになられています」


 ヴィクトリーが足を止めた。閉ざされた扉をノックすると、中から「どうぞ」と女性が返事を返してくる。

 電子音を出しながら扉が横にスライドし、ヴィクトリーに続くように入室する。


「春秋様、失礼します。お客様をお連れしました」

「おお、助かるよ」

「いえ、当然のことです」


 入室した面々の中で、かつての春秋のイメージを抱いていた者たちは絶句した。


 やつれているのを隠しもせず、目の下はクマで真っ黒だ。頬がこけているのは明らかに栄養不足どころではない。すっかり痩せてしまった身体付きからはもう以前の春秋の面影は感じられない。


 それでも最低限の筋力はあるのだろう。見た目は立っていることすら不気味に感じてしまうほどなのに、春秋は平然と一同を迎え入れた。


「春秋、話していい時間は一時間だけよ」

「わかっている」


 春秋の隣に立っていたのは、ユリアそのものだった。

 髪色と目の色、そして纏っている衣装だけが違う神薙ユリア――ルリア・パラドクス。


 ユリアとルリア、今の世界を生きるオリジナルと拒絶された存在。

 ルリアはユリアを見て忌々しげに睨み付け、そしてすぐに顔を逸らした。


「おとーさん、ルリア」

「秋桜、おいで」

「はーいっ」


 さっきまでアギトの後ろで小さくなっていた秋桜がとてとてと小走りで春秋に駆け寄っていく。そんな秋桜に春秋は優しい微笑みを向け、抱きついてきた秋桜を抱き上げる。


「えへへ、みぃ~」

「秋桜も案内ありがとうな」

「いーのっ。おとーさんの役に立ちたいんだもんっ」

「こいつ~」

「みぃ~」


 春秋に抱き締められた秋桜は先ほどまでの雰囲気とは一転して年齢相応の子供の表情をしている。春秋もそんな秋桜を優しく抱き締め頭を撫でている。

 あまりにも慈愛溢れる親子の光景に頬が緩むほどだ。


「ハル、お前のその姿は……」


 口火を切ったのは仁だった。もっと話したいことがあったのに、今の春秋の姿について言葉が飛び出してしまった。

 仁の言葉に苦い顔をしたのはルリアとヴィクトリーだった。しかし当の本人である春秋はあっけらかんとした表情で答える。


「安心しろ、寝てないし食べてないだけだ。そもそも星華島に来る前はそういう生活をしていたしな。腹も減らんし眠気もない」


 それは明らかな異常だ。春秋が命の炎(アルマ)の影響で問題ないと言えばそれだけの話なのだが、仁もシオンもアルマを運用していても食欲も睡眠欲も普通にある。


 ルリアとヴィクトリーに視線を向けると、二人は気まずそうに視線を逸らす。

 苦い顔を浮かべるほどなのだから、今の春秋を心配しているのは明白だ。

 わかっているのだ。今の春秋が危ういことを。


「み、おとーさんもちゃんとご飯食べようよ~」

「んー、でも食べる必要がないのに作って貰っても悪いだろ?」

「みぃ……そうだけどぉ……」


 秋桜は恐れもせずに言葉にするが、春秋はのらりくらりと断ってしまう。

 言葉で彼を説得など誰も出来ないのだろう。


 この場にいるパラドクスは誰もが春秋に命を分け与えて貰い、この世界での存在を許されている。

 誰もが春秋に負い目を抱いているのだ。必要以上に春秋への干渉が出来ないのだろう。


「それでユリア、協力を受け入れてくれて感謝する。星華島を守りたいのは俺も同じだからな」

「そうね。あなたと出会って文句の一つでも言って大人しく受け入れようと思ったけど、ごめんなさい。手のひらを返すわ」


 ユリアは春秋を睨め付けている。心の底から春秋を心配しているからこそ、今の現状を憂いての言葉だ。

 今の春秋は明らかにおかしい。異常さしか伝わらない。


 そんな相手の停戦協定を、はいありがとうございますと真正面から受け入れるほどユリアは真っ直ぐな人間ではなかった。


「あなたの目的を教えて。仁から管理者になって桜花を取り戻すというのは聞いているわ。その手段を、教えて。あなたが命を削ってでも成そうとしていることを、教えて」


 知らなければ理解しようもない。春秋の目的は桜花を取り戻すことであるが、その手段は未知数だった。

 桜花は死んだのではない。【役割】を達成出来ないが為に世界から消滅してしまったのだ。


 死んだ人間は天獄で眠る。それは水原祈の時に確認できていることだ。

 ならば、春秋はどうやって。


「やり直すんだ」

「え?」


 春秋は真っ直ぐな瞳でユリアを見つめる。その瞳に迷いの感情は一切ない。

 それでいて言葉には熱が篭もっている。その言葉に嘘偽りが一切ないことが直感的に理解出来てしまう。


「桜花を――桜花だけじゃない。帝王に殺されたみんなの家族も、ユリアの祖母も、シャンハイズも。奏も、黒兎も。失われた全てを取り戻す。そして、パラドクスのみんなも笑顔で暮らせる物語(セカイ)を。管理者によって乱された全ての悲劇を否定する。その為に俺は、新たな物語の管理者になる」


 壮大すぎるスケールの話に、ユリアは咄嗟に言葉を返せなかった。

 ルリアは安堵のため息を零し、ヴィクトリーは感激に身体を震わせている。

 秋桜は少しだけ不安げに春秋に抱きつく力を強くして、アギトは退屈そうに欠伸を漏らした。


「兄さんに、会えるんですか?」

「そうだよ。黒兎だけじゃない。殺されてしまったみんなとまた、楽しく過ごせるんだ」

「~~~っ。ユリアさん、先輩っ。ししょーは離れててもやっぱりししょーですよ! こんなにもボクたちのことを考えてくれてたんですっ! 凄い、凄いですよししょー!」


 シオンもまた春秋の言葉に感銘を受けている。


「そうね。それは素晴らしいことだと思うわ。あなたがそれを成すのであれば、私たちが協力を惜しむ理由もないわ」


 ユリアもまた、春秋の言葉に賛同している。とはいえまだ全てを信じている訳ではないようで、シオンのようにはしゃいだりもしない。


 仁も春秋の言葉に感動していないと言えば、嘘になる。

 誰も彼もを救うと決めて、その為に戦うのは実に春秋らしい。

 まさしく『英雄』そのものだ。


 だから、だから、だから。


 仁は心の奥で察しが付いた。付いてしまった。ずっとずっと彼の背中を追い続けていたから。彼に並ぶ為に戦ってきたから。


 だから、だから、だから。

 これは吐いてはいけない毒なのだと理解して、必死に呑み込んだ。


 だって、らしくない(・・・・・)


 おおよそ朝凪仁が知る春秋という親友は、仲間のためには尽力するが、見ず知らずの人間を背負うことはしない。

 『失われた全てを取り戻す』という言葉が、仁の心に棘として刺さる。


 英雄としては正しくても、春秋の選択としては不適切だ。




 春秋は何かを隠している。

 それでいて、桜花を取り戻すために世界をやり直す――その選択だけは真実で。

 少なくとも仁は、それだけは理解していた。

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