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空想のリベリオン  作者: Abel
第三章 英雄の終わる時
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第百二十七話 パラドクス・ナイツの申し出




 戦場に立つ四者にはそれぞれの思惑がある。

 島の最高戦力の一人、朝凪仁。

 春秋の旧友である彼は、今も春秋を止めるためにその時を待ち続けている。


 マリオン・パラドクス。

 春秋に救われ、春秋に裏切られたと憤慨している青年。

 そして今、星華島を襲う脅威として立っている。


 ヴィクトリー・パラドクス。

 マリオン同様春秋に救われたパラドクスであり、かつて春秋と旅を供にした少年ハルクのパラドクス。

 敵対する運命を辿ったか故か、今の彼は春秋に全てを捧げるために存在している。

 彼はそう、春秋に勝利を捧げるためにヴィクトリーと名乗っている。


 そして、最も懸念すべき存在であるアギト・パラドクス。

 春秋への恩義はある。けれど彼にとって春秋は自分が乗り越える目標の一つでしかない。

 この中で最も自由で奔放で手が付けられない存在が、アギトという青年だ。


 かろうじて仁、マリオン、ヴィクトリーが並んでいるからこそアギトは静かに佇んでいる。


「さすがに手を焼く状況ですね。大人しく撤退しましょう」


 最初に動いたのはマリオンだった。

 身体が糸となって崩れていく。細い細いアルマの糸は音もなく宙に消え世界に溶けていく。


 制止の声も間に合わぬ速さでマリオンが姿を消す。

 闇夜に残されたのは、仁と二人のパラドクス。


「っち、あーあ。しらけた。おいヴィク、俺は先に帰るぞ」

「寝ぼけた事を言うなアギト。私たちはこれから協定のために神薙殿に挨拶に出向くのだぞ」

「聞いてないが?」

「ともかく、だ」


 ヴィクトリーは仁に振り返り、アギトは面倒くさそうに頭を掻きながらヴィクトリーの後ろに付き従う。


「朝凪殿。改めて自己紹介を。私はヴィクトリー・パラドクス。貴方たちに縁ある闇帝インウィディアのパラドクスであり、春秋様に従うパラドクス・ナイツの一席であります」


 礼儀正しく頭を下げてくるヴィクトリーに仁も思わず頭を下げる。


「救援、感謝します。俺は星華島守護隊クルセイダース総隊長を任されています」

「丁寧な対応に感謝します。そして本題ですが……私たちパラドクス・ナイツは、クルセイダースに無条件の協力をする為に参りました」

「協力……」

「以降、春秋様のお言葉をそのまま宣言します。『例え星華島を離れることになっても、桜花が帰る場所を俺は守る』とのことです」


 春秋ならば言いそうな――いや、絶対に口にする言葉だ。

 ヴィクトリーやアギトから敵意は感じられない。武装解除している以上、こちらも剣を構えたままなのは無粋かもしれない。


『仁、聞こえる?』

「ユリアさん?」

『話は聞こえていたわ。向こうに敵意がないのならひとまず矛を収めて。……敵に回さなくて済むのなら、それに越したことはないわ』


 今の星華島は圧倒的に戦力不足だ。

 かつてのリベリオンの面々であった特記戦力はもはや仁とシオンしかいない。

 昂は星華島で暮らしているものの、この三年は敵意も悪意も善意もなにもかもなく日々を過ごしている。


 そしてこの三年間、クルセイダースの隊員でも対処出来るレベルの魔獣しか現れなかった。

 だからこそユリアはこれからの事態を想定して対処しなければならない。


 パラドクス・ナイツ――ルリアを始めとした圧倒的過ぎる脅威。


 その彼らが協力したいと申し出てきているのだから、それを真っ正面から拒絶する理由は無い。


『はじめまして、星華島の代表を務めさせて貰っている神薙ユリアよ』

「ご丁寧な対応ありがとうございます」


 端末をスピーカーモードにしてユリアが会話を引き継ぐ。

 この場に現れないのは、精一杯の警戒だ。罠の可能性がある以上、迂闊に姿を見せるわけにはいかない。


『共同戦線を結びたいということでよろしいのかしら?』

「はい。春秋様並びに我らパラドクス・ナイツに星華島に敵対する意志も理由もございません」

『その言葉だけでどれだけ信じられるのかしら。確かにこれまで一度も敵対したことはないし、春秋の言葉に嘘もないでしょう。でも、なんで今なのかしら』


 ユリアの言葉はもっともだ。協力を申し出るのならば、最初から春秋は島を離れなければよかったのだ。

 あれからの三年、星華島は深刻な脅威に晒されたわけではない。

 けれど、星華島にとって春秋はもう掛け替えのない仲間だったのだ。


 それが勝手に姿を消したのだから、ユリアの警戒は当然だ。


「マリオン、シャングリラ、ベリエルゼ……春秋様を裏切った三人のパラドクス。奴らが狙うのは、永遠桜です。奴らは世界に根付いた永遠桜を破壊することで世界を歪ませ、自分たちの都合の良い世界を創るつもりです」


 悔しそうに拳を握り締めるヴィクトリーから嘘は感じられない。

 隣のアギトはイライラを隠せていない。よほど都合の悪い事実なのだろう。


「春秋様に命を分け与えられた同志として――いえ、春秋様の命を奪った奴らを私は許しません。その為にもクルセイダースに協力を求めるのは当然のことです。……悔しいことに、奴ら三人の力は強力で、私たちだけでは永遠桜を守れないと判断したのです」


 その言葉に、少しだけの違和感。けれどすぐにその違和感は払拭される。

 ヴィクトリーは身体を震わせながら顔を伏せた。僅かに地面に滴が落ちたことに気付いて、仁は彼への警戒を解く。


 ヴィクトリーの言葉にも態度にも違和感はわかった。心の底から、春秋を裏切った三人に怒りと軽蔑の感情をぶつけている。


「ユリアさん、嘘は吐いてないと思う。……俺は、可能であるのなら協力したほうがいいと思う」

『そうね、あなたが言うのなら』


 ユリアは過去を取り戻した仁に信頼を置いている。またマリオンと直接刃を交えたのも仁なのだ。仁の言葉以上に信頼できる証拠はない。


『けれど条件があるわ。これからの戦いは裏切りを察知出来なかった貴方たちパラドクス・ナイツに責があるわ。だから、貴方たちが保有している武装――インフェリア・カムイのデータをこちらに提供して欲しい』


 ユリアからすれば、ルリアが生み出したインフェリア・カムイは今の自分では思いつきもしなかった兵器の在り方だ。


 空を駆け抜けたフレズヴェルグを見ただけで、ユリアはその優位性を見抜いていた。

 命の炎を動力源とした新たな武装は、確実に戦力の底上げになる。

 完全なコピーは出来なくても、何かしらの切っ掛けが欲しい。


「ルリアから承認は頂いています。我らが使用する飛行ユニット『フレズヴェルグ』。そしてセフィロトに保管されているインフェリア・カムイの提供を約束します」

『ありがとう。それともう一つ』


 快諾の言葉を受けて、スピーカーの向こうでユリアが息を呑み込んだ。

 絞り出すように、もう一つの条件を言葉にした。

 それは真意を探るために絶対的に必要な事で。


『春秋に会わせて。彼自身の口から、協力を申し出て欲しい。それが叶うのであれば、星華島はパラドクス・ナイツの協力を受け入れるわ』

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