第百二十六話 闇夜からの来訪者
夜の空から、巨大な戦艦が降りてくる。
迫る戦艦の存在に気付いた星華島はアラートを鳴らして最大限の警戒を始めた。
しかし戦艦=セフィロトの目的は星華島に危害を加える為のものではない。
いや、それとは逆だ。
降下を続けるセフィロトの両翼が展開し、カタパルトが伸びる。
逆風を浴びながら左右にそれぞれ青年が立つ。
眼下の星華島を見下ろしながら、機械の翼を展開した。
――――インフェリアカムイ・フレスヴェルグ。
"彼女"が仲間の為に用意した、アルマを燃料として稼働するインフェリア・カムイ。
青年たちは膝を曲げ、中腰の姿勢でフレスベルグに火を灯す。
そして、彼らは鳥となる。
「ヴィクトリー・パラドクス、出撃する」
「アギト、出撃るぜッ!」
片や清廉な顔立ちの青年。その顔は星華島で先の戦いを経験した者たちは誰もが知っているものだった。
あと一歩のところで永遠桜を手に入れ、星華島を闇に飲み込もうとした闇の帝王――インウィディア。
片や大口を開けて愉快さを隠そうともしない青年。彼を知る者は星華島でも非常に少ない。
けれど確かに、彼は星華島に僅かでも縁ある者。
かつて星華島に攻撃を仕掛けた一人の軍人――暁彰人。
彼らは彼らに非ず。彼らは最早一人の個。命を得て、名を与えられ、そして各々の願いを遂行する為に、星華島を目指してフレスヴェルグを駆り夜空を駆け抜ける。
「アギト、わかっているな」
「わーってるよ。"ご馳走"はその後だろう?」
「それでいい。――――全ては、春秋様に勝利を届ける為に」
「っは。早く暴れさせてくれよ、なぁ!」
二人の"パラドクス"が天より舞い降りる。
横薙ぎの一閃が走る。受け止めるは硬質の糸。
まるで鋼と鋼がぶつかり合うような音を響かせながら、仁とマリオンは一旦距離を取った。
どちらが優勢という訳でもない。強いて言うのなら、未だにマリオンを攻略出来ていない仁が不利である。
「妙な糸を使いやがって」
「命の炎を通して生み出した私のパラドクス・スキルです。妙とは酷い言い草です」
パラドクス・スキル。その詳細は、未だルリアからもたらされた物でしか推測できない。
ルリア・パラドクスのパラドクス・スキル――『私が望んだ終末兵装』。
過去現在未来問わず、ルリアが生み出すとイメージされたカムイを呼び出せる物だ。
どんなデメリットがあるかはわからない、だから無いと仮定して。
それに酷似したスキルであるというのなら、限りなく無尽蔵に湧いてくる糸と言うことだろう。
強度は頑強。ラグナロクとフェニックスでも両断し辛い硬度。
しかし同様にアルマを用いれば焼失させることは可能である。
攻略法はそこだろう。
仁は二振りの刃に銀炎を纏わせた上で構える。
シオンから連絡は未だ来ない。
それはつまり、他のパラドクスが来ていないか、それとも交戦していて通信を送る余裕がないか――――。
考えるよりも早く身体が動く。
「――――シッ!」
ラグナロクの一閃を十重二十重に重なった糸が受け止めた。しかしラグナロクが纏っている銀炎が猛ると共に糸が燃えていく。
「アルマで作られているのなら、同じアルマで相殺できる!」
「できるからなんだというのです!」
一見不利な状況になったはずのマリオンは表情を崩さない。両腕を大きく振るい、足を振り上げ身体から糸を無数に出し続ける。
仁に向かって放たれる無数の糸を、仁は弾き落としていく。その糸全てが銀炎に燃やし尽くされ、夜の星華島を明るく照らしていく。
一歩ずつ、仁は距離を詰めていく。地の利は仁になる。このまま押し込んでいけばやがて逃げ場は失われる。例えマリオンが曲芸じみた動きを見せようとしても、仁は対応できる自信がある。
「おうどうしたマリオン、防御しているだけで勝てると思っているのか!」
「思っていますよ。ええ思っていますとも! なぜならあなたには致命的な弱点があるのですからあ!」
「何をふざけたことを!」
叫んだ仁の不意を突くように、マリオンが放った十数本の糸が仁を貫いた。
「ワタクシの糸に踊らされなさい、朝凪仁!」
続けてマリオンが指を動かすと、糸に引っ張られるように腕が勝手に振り上げられた。
それを放置しては不味いと判断した仁はすぐにアルマ・シルヴァリオを放出して糸を燃やす。
「その程度でぇ!!!」
「お見事ですお見事です。ではこれならぁ!」
「っ!」
マリオンは大きく後ろに跳躍し、手から伸ばした糸で民家の外壁を貫いた。
糸が外壁の中を泳ぐ。まるで血管のように外壁の中が糸で満たされる。
マリオンが腕を振るう。それだけでいとも容易く外壁は剥がれ宙に浮いた。
「燃えるのなら燃えない物質ごとならどうですかねえ!」
「舐めるなっ!!!」
視界を埋め尽くすほどの外壁だが、物理的なものであればアルマを使わなくても対処ができる。ラグナロクとフェニックスで瞬く間に外壁を破壊し、宙に浮く瓦礫を足場にしてマリオンとの距離を詰める。
しかしてマリオンの防御は健在。迫る仁に慌てもせずに糸を手繰り寄せ、左右から瓦礫を引き寄せた。
「っ!」
中空であろうと仁は構わない。二刀を振るい瓦礫を切り捨て、今度こそとばかりにマリオンへ詰め寄る。
―――だが。
マリオンの身体に刃が届いた瞬間、マリオンの身体が解けていく。糸のように、そう、糸のように。
糸は風に流される。仁から離れたところで糸が集まり人型となっていく。
「さすがです。素晴らしいです朝凪仁。春秋様の唯一無二の親友なだけはあります!」
「いちいちやりづらい相手だな……!」
「いえいえ。初見でワタクシの糸をここまで攻略されているのですから非常に非常に厄介です。――ですが、残念なことに時間切れです」
「あ?」
マリオンが残念そうに夜空を見上げ、仁も釣られて視線を向ける。
そこで始めて、警戒のアラートが鳴り響いていたことに気が付いた。
「何があったっ! 本部、応答してくれ」
『上空から巨大戦艦が降下してきています! それと、強大なエネルギー反応が二つ!』
オペレーターの悲鳴のような報告に被さるように、二つの影が上空より飛来する。
忌々しげに舌打ちするマリオンと、警戒のために構える仁。
二人を挟むように着地をした“新たな二人”。
一人は怨敵のようにマリオンを睨み、もう一人は期待に満ちた表情で口角を釣り上げている。
マリオンを睨んでいる人物に、仁は見覚えがあった。
かつて星華島を襲い、永遠桜を取り込み世界を闇に沈めようとした帝王――闇帝インウィディア。
「お前は、帝王の――――」
「その名で呼ぶのは止めて頂きたい、朝凪仁。春秋様のご親友であろうと、超えてはならない一線があります。私は彼と決別した存在であり、春秋様の命によって世界に存在出来るパラドクスが一人。春秋様へ勝利を捧げる者、それが私。我が名はヴィクトリー・パラドクス!!!」
闇帝インウィディア≠ヴィクトリー・パラドクスは共に降下してきた青年に視線を向ける。
仁を楽しそうに眺めていた青年は一転して面倒くさそうな表情を見せる。しかし業を煮やしたのか、ぼりぼりと頭を掻きながら名乗りを上げた。
「アギト・パラドクス。強い奴だけ出てこい。春秋と喧嘩する前の前哨戦だ、俺と楽しく殺し合いしようぜ」
「だからアギト、貴様はどうしてそこまで下劣なのだ。春秋様に勝利を捧げる神聖な戦いに貴様個人の趣味を混濁させるなといつも言っているだろう!!!」
「はっ! 春秋だって好きにしろって認めてるぜ。頭の固いヴィクじゃわからねえか~~~~~~?????」
突然煽り合う二人に毒気を抜かれてしまう仁だが、二人から確かにアルマの鼓動を感じている。
ルリアと出会った時にも感じたその鼓動は、まさしく春秋の命の鼓動だ。
この二人は、春秋の命で生きている。そしてそれはマリオンからも感じ取れて。
「三対一か。ここで増援とはついてないが……いいぜ、やってやる。お前ら全員倒して、ハルを引きずりだしてやる――――!」
ラグナロクとフェニックスを構え敵意をむき出しにする。マリオンだけでも手を焼いていたというのにここに来て増援だ。
しかしだからといって負ける理由にはならない。
春秋を止めるために。もう一度春秋に会うためにも、仁はこんなところで負けるつもりはない。
「三対一? お前馬鹿か。どう考えても逆だろぎゃーく」
「然様。朝凪殿、安心してください。私たちはあなたを、星華島を守りに来たのです。そこの――春秋様を裏切った逆賊マリオンを討つために」
「え?」
仁を庇うようにヴィクトリーとアギトが並び立つ。そんな二人を忌々しげに睨むマリオンは、怨嗟の声を絞り出す。
「裏切り? ええ、そうですとも。だって最初に裏切ったのは春秋様でしょうが。命を与えて、好きに生きろと寛大な器まで見せておいて、それでいて私たちの思いを切り捨てたのは春秋様でしょうに!!!」
マリオンの炎が感情に呼応して膨れ上がった。
増幅された炎は無数の糸となり、周囲の建物や建造物を手繰り寄せる。
「貴方たちだって利用されているだけでしょうに、ヴィクトリー!」
「馬鹿を言うな。私は命も意志も全て春秋様の望むがままだ。裏切りなど笑止千万、この分け与えられた命は春秋様に尽くすためだけに存在している。利用されているのならば、それ即ち春秋様のお役に立てている。それは本望、それが私の価値である!!!」
マリオンの視線は剣を構えたヴィクトリーにのみ向けられる。最早仁のことなど眼中に無いも同然だ。
ならばこの状況で仁はどうすればいいか。あまりの急展開に思考が追いついてこない。
しかし、一つだけ、一つだけわかることがある。
この場に三人もの“パラドクス”がいるということ。
それがどんな意味なのか。
それは、それは。
春秋が、それだけ命を失っているということだ。
桜花を取り戻すと決意した春秋が、桜花を取り戻し、共に生きる為の命を使っている――その矛盾に、仁は理解が回らないのであった。




