第百二十五話 動き出す物語
三年の月日が経過してもなお、星華島は脅威にさらされ続けてきた。
《ゲート》を通って襲来する異界の魔獣。
それを阻むは我らがクルセイダース。
あの頃少年少女だった者たちは、僅かながらでも大人に歩み寄っていた。
心身ともに成長した彼らはもう、子供ではいられなかった。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「■■■■■ーーーッ!!」
隊員の一人がスペリオル・ソードを用いて魔獣の足を切り裂いた。
しかし魔力を求め餓えている魔獣はそう簡単には止まらない。
防衛ラインを容易く跳び越え、夜の星華島を駆け抜ける。
「隊長、そちらに魔獣が行きました!」
「ああ、問題無い」
イヤホンマイクから聞こえてきた悲痛な声も、彼――朝凪仁を焦らせるほどのものではなかった。
「いくぞラグナロク、フェニックス」
闇夜を照らす二振りの刃。
片や鋼交えた機工の剣。帝王との戦いを彼と共に駆け抜けた愛機ラグナロク。
もう一振りは銀の炎を内包して生まれた真剣フェニックス。
二振りの刃を握り締め、朝凪仁は夜の世界ごと魔獣を切り伏せた。
魔獣は自らが両断されたこともわからないままに地に落ちる。
崩れた肉片を踏みにじりながら、仁はマイクを通して部下に撃破の旨を送る。
「他に魔獣はいるか?」
「いえ、今の魔獣だけです」
「そうか。後片付けは頼む」
「了解ですっ!」
ラグナロクとフェニックス、二振りの愛刀を鞘に収め腰のホルダーにセットする。
駆けつけた部下に後片付けを頼んで現場を後にする。
桜は今日も、忌々しげに咲いていた。
「せんぱ――――ってまたですか」
「シオン」
「はいはーい。で、いい加減もうちょっと頬緩めたらどうですか? 三年ですよ、三年」
「うるさい。お前だって黙ってれば美少女なんだから少しは大人しくしてろ」
「はいざんねーーーーんっ! ボクはこれ以上成長しないんだから元気はつらつにふざけまーーーーーす」
「うわうっざ」
仁に駆け寄ってきた青髪の少女・シオンは今日も元気いっぱいだ。三年の月日が経過しても、彼女はあの頃と何一つ変わっていなかった。
命の炎に過去も未来も捧げたあの日から、シオンの身体は時の歩みを失った。
けれど彼女はそれを悲観していない。周囲が勝手に悲しみ同情しているだけで、シオンは顔色ひとつ変えずに過ごしている。
「そりゃもうししょーがいなくなってから先輩もずっと仏頂面ですしね。ボクが元気に笑わせてあげますよ!」
「はいはいそれでいいよ」
「それに少しくらい明るくしないと傷の治りも悪いですって!」
「……気付いていたのか?」
「ええまあ。ボクですから!」
ふふーんっ!と小さな胸を精一杯反らして偉そうにするシオンであった。
仁は反射的に右足を庇う。三年前の物語の管理者との戦いで両断された右の足。
すぐに接合し、普通の戦闘を行うには問題ないほどに回復している。
けれど、そこまでだ。
あの日からずっと、右足には違和感がまとわりついていた。強い踏み込みを躊躇うくらいの違和感に、仁に全速の一歩を踏み出せないでいる。
何度かメディカルチェックはしているものの、特に異常は見つからない。
けれど違和感は違和感なのだ。それがあるからこそ、余計に仁は煮え切らない。
まして、だ。
「……三年間、俺でも問題ない魔獣しか現れてない」
「そうですよね。正直持て余してます。でも」
「わかってる。星華島は平和だ。それこそ……俺がいなくてもいいくらいに、だ」
仁はずっと春秋が動くのを待っている。春秋が動くその時まで星華島を守るとユリアに約束した。
それから三年だ。短いようで長い月日は仁の精神を僅かずつでも焦らせる。
戦いたい訳ではない。しかし、待つにしては長すぎた。
「それでは、幕開けといこうじゃありませんか」
「――――っ」
二人の背中を取るように、見知らぬ青年が闇夜に紛れ忍び寄っていた。
仁は躊躇うことなくフェニックスで薙ぎ払う。
肉を裂いた確かな手応えと、命を奪えなかった不確かな感覚に舌打ちする。
「誰だ、お前は」
街灯が光を灯し、現れた青年の姿を照らす。
「失礼。ワタクシめはマリオン・パラドクス。しがない人形師でございます」
"パラドクス"
その名を聞いた瞬間、仁の脳裏を過ぎったのはあの日の光景だ。
春秋が命を分け与えて生まれた存在・ルリア。
ユリアという少女の可能性。世界を滅ぼす未来を抱え、世界から拒絶された存在。
「しかしながら、ワタクシが人形師でなかったら死んでましたが?」
「お前も、パラドクスなのか」
聞きたいことは沢山ある。しかしまずは、マリオンの目的について知ることが重要だ。
固い糸が擦れる音がする。落とした筈の頭が引っ張られるようにマリオンの身体に戻っていく。
闇夜に溶け込むような黒い髪。狂気を孕んだ濁った瞳。
どれもが雄弁にマリオンという青年を物語る。
――――この男は、敵だと。
「シオン、島内全域に緊急通信。春秋が動いたと伝えろ!」
「りょ、了解!」
「おや? おやおやおやおや。なるほどなるほどなあるほど」
くつくつくつ、とマリオンが嘲笑を零す。何も知らないと嘲り嗤う。
「ええ。ええ。ええええまあまあ。それではさっそく――――」
「目覚めろフェニックス、咆えろラグナロク!」
マリオンが何を目的としているのかは不明瞭だ。
しかしそれでもマリオンが星華島を敵であることはわかっている。
こうしてこの場に現れた以上、狙いは永遠桜に違いない。
故に仁は二振りの刃を呼び起こす。同時に銀の炎を溢れさせ、刃に纏わせ振り下ろす。
「アルマドライブッ!」
それは、三年の間に仁が生み出したアルマを用いた戦闘技法。
アルマの炎を効率良く運用し、身体能力の向上と武装の強化に宛がうものだ。
アルマ・シルヴァリオを纏った仁の一撃は容易くマリオンを両断する――のだが。
「弱い弱い弱い弱い。これがアルマを持つ者の一撃ですかぁ!?」
切断された場所から糸が伸びる。
その糸に引っ張られて、切断された肉体がひとつに戻る。
そればかりでは無い。マリオンが五指を広げると、全ての指から白い糸が放たれた。
糸は全て意志を持っているかのように宙を舞い、あっという間にラグナロクとフェニックスを縛り上げる。
「っぐ、こいつ!」
「おやおやおやおや八方塞がりですかあ? それではつまらない。ほら、ワタクシが蹴り上げたらどうなるかお分かりでえ?」
「っ――――」
「先輩っ!!!」
マリオンが何もない空間を蹴り上げると、同時につま先から糸が放たれる。糸は鋭さを併せ持ち容易く仁の胸を貫いた。
「シオン……っ。ここは俺に任せろ。他のパラドクスがいるかもしれない。だから!」
「~~~っ!」
仁の言葉に従ってシオンは踵を返して走り去る。
仁たちですら気付けなかったマリオンが、まさか単身で乗り込んで来るとは考えにくい。
もしそれが杞憂で済むならそれに越したことはない。
胸を貫く痛みが訴えてくる。久方ぶりの痛みに、思わず笑いがこみ上げてきた。
「……は、はは、ははは」
「おやおやおやあ? 痛みで気でも狂いましたかあ?」
「いやいや。安心したっつーか……そうだな、こうだよな」
「っ!!!」
今度はこちらの番だと言わんばかりに、仁は体内からアルマ・シルヴァリオを放出させた。体内を貫いた糸も、ラグナロクとフェニックスを縛る糸の全ても燃やし尽くす。
「戦いってのは、命のやり取りだ。痛くて、怖くて、苦しくて。……だから俺はあいつに憧れたんだ。あいつに並ぶために強くなるって決めたんだ。そうだよ、そうだよ、そうだよっ!」
仁の感情が膨れ上がるほどにアルマ・シルヴァリオも増幅する。
二刀を構え、マリオンに視線を向ける。その表情はこれまでの仁からは想像も出来ない――――笑顔だった。
「三年だ。三年も待たせやがって。さあ来いよマリオン・パラドクス。お前をぶっ倒して、春秋を引きずり出してやる。俺と春秋の物語が、ようやく再開するんだからな!!!」
三年の、いやそれ以上の――――長い長い物語の中で育まれてきた感情が、爆発する。




