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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第百二十話 それからの世界




 一ヶ月が過ぎようとしていた。

 四ノ月桜花の死、そして神薙マリアの崩御により星華島を巡る戦いは終結した。

 ユリアは後始末に奔走する筈だった――――のだが。


 どういうわけか、世界はあまりにも動じなかった。むしろ星華島を巡る戦い自体が"なかった"かのような振る舞いだ。

 これが物語の管理者によって引き起こされた戦いであり、物語の管理者が消滅したことによって因果がねじ曲がったと仮定するのならば、無理矢理にでも納得することは出来る。


 けれど、それでは失っただけだ。

 大切な仲間である桜花と、神薙マリアという女傑を。


「ユリア様、本土に向かうお時間です」

「……もうそんな時間なのね」


 カチャカチャと鋼が擦れる音を鳴らしながら、銀色の女性・インが黄昏れていたユリアに話しかける。

 神薙マリアが殺された日、唯一彼女の真実を持ち出して逃亡した女性、イン。

 同志ティエンの追撃に遭い、瀕死の重傷で星華島に運び込まれていた。

 かろうじて生き延びることは出来たのだが、代償として片腕と片足を失った。今は義手義足を装備してリハビリの真っ最中だ。

 それでも彼女は生きている。生きて、新たな神薙の総帥であるユリアに仕えることが出来ている。


 最後のシャンハイズとして。


「ユリア様、大丈夫ですか? ご気分が優れないのでしたら、今回の会議は中止にしても」

「しないわ。私一人の所為でスケジュールを遅らせるわけにはいかないわ。世界の為にも、この島の為にも」


 明日はユリアが神薙財閥の総帥となることが正式に告知される。

 ユリアはその為に今日まで駆け抜けてきた。

 全ては、星華島を守る為に。


 マリアを失った事によって世界の目は星華島に向けられた。

 戦いの経緯が消えたとしても、星華島/永遠桜の利用価値は揺るがない。

 世界はいつでも星華島を手中に収められないか暗中飛躍している。


「イン、シオンと仁は?」

「お二人とも港でお待ちしております」

「ありがとう」


 インが運転する自動車に乗り込み、星華島の海岸線を眺めながら移動する。

 この一ヶ月の間に、星華島の状況は大きく変化した。


 帝王たちの襲撃から始まった戦いは、春秋の協力によって終結した。

 篠茅昂による強襲は、桜花を巡る戦いへと移行した。


 誰も彼もがこの島で生きるために精一杯力を尽くしたおかげで、星華島は今も静かな暮らしを送れている。


「……黒兎、奏、祈、桜花」


 少年少女が戦った結果とは思えないほどに、星華島が失ったものは少ない。

 それは必死に戦い抗い続けた結果である。

 ではあるが、失ったモノはあまりにも大きすぎた。


 星華島を支え、導いた時守黒兎と四ノ月桜花。

 星華島を守り、尽力した茅見奏と水原祈。


 たった四人、けれど、大きすぎる四人。

 ユリアは彼らの名前を魂に刻み込む。未来永劫、忘れない為に。


「お嬢様、到着しました」


 物思いに耽る時間もユリアにはない。

 港に到着したユリアは用意しておいた戦艦型超大型カムイ『カンナギ』を見上げる。

 物語の管理者に利用されたカンナギではあるが、それでもこの戦艦は神薙財閥の象徴ともいえるフラッグシップだ。


「ユリアさんっ」

「ユリア嬢、大丈夫か?」

「シオン、仁。大丈夫よ。島をお願いね?」


 カンナギに乗り込むタラップに足を掛けながら、ユリアは心配そうに二人に視線を向ける。

 小柄な、小学生のような見た目のシオン。命の炎(アルマ)に過去も未来も捧げたことによって、四年前の日から成長を失ってしまった少女。

 しかし中身は誰よりもこの島で成熟してきた。今の彼女であれば、間違った判断はしないだろう。


 仁はこの一ヶ月でやけに大人びた。雰囲気が落ち着いてきたというべきか、達観してきている。

 仲間たちの背中を追い掛け続け、その仲間たちを失ってしまったことが切っ掛けなのかどうかはわからない。

 けれど、仁は冷静に状況を把握することに努めてくれている。島を任せるに適任だろう。


 一時的にでもユリアが不在になることで、星華島は指導者を失うことになる。

 今までは桜花や黒兎が代わりを担うことを出来た。でも今は二人とももういない。


 ユリアとしては、春秋に任せたかった。けれど、今の春秋にはとても任せられなかった。


「春秋は?」

「……ししょーは」

「相変わらず、だよ」

「……そう」


 春秋が負った心の傷を思うと、ユリアはどうしても春秋に責任を負わせることが出来なかった。

 この戦いで誰よりも辛い思いをしたのは春秋だ。

 長く積み重ねてきた歴史の果てに、遂に怨敵を倒した。けれど一番の願いであった桜花と過ごす日々は掴み取ることが出来なかった。


 それも、自身の選択が招いてしまった結果だから。


「今のししょーは、見ていられません」

「……そうだよな。あんなハル、見ていられない」


 タイミングが良いのか悪いのか、四人に声を掛けたのは他ならぬ春秋だった。

 かつての彼からは想像も出来ないくらい、柔らかな笑顔を見せながら駆け寄ってくる。


「お、いたいた。よかったー間に合って」

「春秋、どうしたのよ」

「本土に行くんだろ? 隊員から仕入れてきて欲しいリストを貰ってきたから、時間があったら頼む」


 春秋は笑顔(・・)でリストを渡してきた。無理をしているように見えない(・・・・)笑顔なだけに、ユリアたちの心境は重く心苦しい。

 無理矢理笑顔を作ってくれるのなら、いくらでも心配することが出来た。

 春秋はそれだけの傷を負ったのだから、誰だって彼に同情するだろうに。


 けれど、春秋は心の底から笑顔を浮かべている。真偽がつかないほどの精巧な笑顔だ。


 無理をしているのか、していないのか、はたまた全てを割り切ってしまったのか、どれも怖くて聞くのを躊躇ってしまうほどの、笑顔で。


「……わかったわ。イン、手配をしておいて」

「畏まりました。それではユリア様、そろそろ」

「ええ。みんな、行ってくるわ」


 踵を返してユリアはカンナギに乗り込んだ。小さく弱々しく感じる背中を眺めながら、シオンも仁も心中穏やかではない。


 春秋だけは楽しそうに笑顔を浮かべている。

 ユリアの乗艦と共にエンジンの火が灯り、ゆっくりとカンナギが走り出す。

 次第に速度を上げながら、カンナギは本土を目指し星華島を後にする。


 星華島に残った三人はカンナギの姿が見えなくなるまで見送って。


「腹も減ったし帰ろうぜ、仁、シオン」

「ああ、そうだな」

「そうですね、帰りましょう。ししょー、じゃあ今日はボクがご飯を作りますよ!」

「いいっていいって。適当なもの作って喰うから仁にでも喰わせてやれ」

「むー。ししょーが譲ってくれません」

「はっはっは」


 快活に笑う春秋を見ても、シオンは心の底から喜べない。仁も同様だ。

 それは、二人とも知っているからだ。


 春秋の家には食料なんて何も残っていないことを。

 桜花を失ってからの一ヶ月、春秋はまともに飲み食いなんてしていない。

 それどころか、恐らくだが――睡眠すら取っていない。


 ここで、訂正をしなければならない。


 春秋は、無理をしているのか。

 していない。


 春秋は、無理をしていないのか。

 していない。

 いや、していないという言葉には矛盾がある。

 けれど今の彼は自然体だ。なんの違和感もない。


 では、春秋は全てを割り切ったのか。

 仲間の死を、最愛の桜花の死を。

 否。

 割り切れる、訳がない。


 四ノ月春秋という存在が、愛する桜花のことを割り切れるはずがない。


 だからこそ、だからこそ。

 仁は、底知れぬ不安に駆られている。

 春秋を心配してのものではない。


 春秋"が"何をしでかすのか、見通しがつかないから。


 世界の敵になるとは思えない。彼は桜花の意志を理解している。島を守る思いが本当であったからこそ、島を世界を脅威にさらすことはしないだろう。

 それ以上に。

 物語の管理者という怨敵を失ったのだ。

 春秋が世界に敵対する理由が無い。


 だから、だ。


(ハル、お前は何をしようとしているんだ。お前は……"また"俺を置いていくのか?)


 ずきり、と頭に痛みが走る。

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