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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第百十九話 【終わり】の日




 何が起こったか、春秋は理解出来なかった。

 春秋だけではない。

 仁も、シオンも、唐突に訪れた目の前の光景に理解が追いついてこなかった。


 桜花が、倒れた。春秋はすぐさま桜花を抱き起こして、そして戦慄する。

 桜花の足が、崩れていた。黒い粒子となって、消えていく。

 身体が、文字となっていく。


「……なんで」

「あはは……。もうちょっとだけ、時間、あると思ってたんですけど……」

「なんで、だ!? なんで桜花が、桜花が!!!」

「私がもう、【役目】を果たせなくなったからです。【役目】を果たせなかった人物は、物語に必要ないので……」

「必要ない!? 違うだろ、お前は、お前は俺にとって必要だっ。なんだよそんな馬鹿げた【役目】は!!!」

「私の【役目】は…………『春秋さんを物語の管理者』にすること、です」

「な…………」


 ぎゅ、と桜花を強き抱き締める。

 終わりを間近に控えた桜花は酷く軽い。もう、命を感じられないほどに、軽かった。

 桜花が伸ばした手を、春秋は掴む。愛おしくて暖かったはずの温もりが、酷く冷たい。


「たぶん、ですが。管理者さんは……死にたかったんだと、思います。でも、全能である管理者さんでも【物語の管理者】というシステムを消し去ることは出来なくて、だから、あなたを、育てたんです」


 桜花の言葉は推測でしかない。けれど原初からの記憶を持っている桜花は、物語の管理者の思惑に少なからず気付いていた。


 永劫に存在し、永遠に物語を管理する存在――果たしてそれは、感情を持ち合わせた存在が成し遂げられることなのだろうか。


 いくら無限の物語を読み解き、紡ぐことが出来るとはいえ。

 終わりが存在しないことがどれほど虚無であるかは、物語の管理者本人にしかわからない。


 それがどれほどの絶望か。それがどれほどの退屈か。

 故に、物語の管理者は後継者を創り出すと決めたのだろう。


 自身を殺し、物語の管理者という責務を継げる存在―――――物語に共感し、喜び、笑い、泣き、怒れる、そんな"英雄"を。


 それが、春秋。

 管理者に選ばれた――いや、管理者となるべく生み出された、主人公。


 全能であるはずの物語の管理者を討ち果たした存在は、そのまま次代の【物語の管理者】となるはずだった。

 けれどそれは出来なかった。春秋自身が、否定の刃で、【物語の管理者】という存在自体を否定したから。


 それ故に、『春秋が管理者になる』という可能性が世界から消え失せた。

 桜花の【役目】が果たせなくなったとは、そういうことだ。


「じゃあなんだ、俺が奴を否定したから? 否定したから桜花は消えるのか。俺が、俺の所為で――――」

「あなたの所為じゃありません。あなたの感情を、あなたの選択を私は尊重しています」

「桜花が死んだら意味がないだろう!?」


 桜花は死の直前だというのに微笑みを向けている。

 慈愛の眼差しは、どこまでも春秋を想っての表情だ。

 死を恐れていない桜花を前に、たじろいでいるのは春秋だ。


「私は、幸せでした」

「ふざけるな、終わったみたいに言うな!」

「無限に続くと思った私たちの物語が、春秋さんの手で決着が付いたんですから」

「なんだよそれは! これからだろう!? 俺と、お前で、これから一緒に生きていくって、添い遂げるって彼方の過去に誓い合ったじゃないか!!!」

「後悔していません。私は、春秋さんが幸せならそれでいいんです」

「お前を失った俺が幸せになれる訳ないだろう!?」


 桜花が崩れていく手で春秋の頬を撫でる。暖かさも何も感じない。手のひらの感触すら感じない。それはもう、この場に存在しないも同じで。

 慌てて春秋は桜花の手を掴む。しかし伸ばした手は虚空を切った。


「春秋さん、幸せを見つけてください。私という呪いから解き放たれたあなたは、自由ですから」

「呪いじゃないだろ、愛だろうが! 俺にとって掛け替えのない存在はお前しかいないんだよ! だから―――」


 崩れていく、崩れていく。四ノ月桜花が崩れていく。

 桜花の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それが後悔の意志であることは明白だ。

 春秋が指摘するよりも早く、桜花が最期の力を振り絞って言葉を紡ぐ。


「ああ、でも。一つだけ心残りがあるのなら。

 どうせなら私は、『あなたを幸せにする』【役目】で生きたかった。

 ……あはは、そうしたら結ばれたその日で消えちゃいましたか」

「やめろ、やめろ。もう何も言わないでくれ。消えないでくれ、俺にはお前が必要なんだ。だから頼む、桜花、桜花ぁ……!」


 縋る。プライドも何もかもかなぐり捨てて、春秋は大粒の涙を流す。

 そこにはもう英雄の姿は無い。愛する人を失う、無力な少年しかいない。


「お前を救えるなら俺はなんだってやる。世界だって敵に回せる。どんな代価を支払ってでもいい、だから、だから」


 乞う春秋に、桜花は微笑みを向けるだけだ。瞳からゆっくりと光が消失し、もう何も見えないのだろう。

 消えていく、消えていく。四ノ月桜花という少女が消えていく。


 せめてもの【役目】を果たして消えた奏や黒兎と違う、【役目】を果たせなかったペナルティによって。

 そしてそれは、他ならぬ桜花が理解していた筈で。


「四ノ月桜花。お前は、分かっていたはずだ。春秋が否定の刃を使えば、こうなるって。お前なら止めれた筈だ。春秋に、別の方法で管理者を討たせることも出来た筈だ。なのに、どうして」


 かろうじて意識を取り戻した昂も、事態に気付いて立ち上がった。

 昂の言葉に桜花は応えない。恐らくだが、もう、耳も。


「っ……俺が間違えたからか? 俺が最初から星華島に協力して、管理者の脅威を、その特異性をしっかり春秋に教えておけば……春秋が、物語の管理者の力を欲するように仕向ければ、こうならなかったか?」


 昂の言葉は贖罪に近いものだ。帝王たちの侵略が終わってから始まったこの戦いは、昂によって始まったものだ。


 後悔の言葉しか溢れてこない。仁もシオンも言葉を失っている。

 桜花を守る為の戦いを続けてきた筈なのに、最大の敵を倒したはずなのに、それでも桜花を失う結果に何も言葉が出てこない。


「春秋さん」


 光を失い、音を失っている筈なのに。桜花は微笑みながら、しっかりと両の瞳で春秋を見つめる。


「"あなたの幸せを見つけてください"」


 それはもう、失われる自分自身を切り捨てろと言っているのと同義だ。


 嫌だ、という言葉は間に合わなかった。

 崩れる、崩れる、崩れる。

 消えて、消えて、消えて。

 四ノ月桜花という少女は、文字となってこの世を去る。

 それは人としての死ではなく、物語の登場人物の喪失という形の終わりで。


「……ぁ。おう、か。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ」


 声にならない慟哭が、響いた。

 少年少女を出迎えた永遠桜は、小さく、寂しく、揺れるだけ。

























 どこかでぱらりと、本が捲られる音がした。

 天使の羽を持つ栗色の髪の少女が、愛おしそうに本を胸に抱き締める。

 砕け崩壊した世界の中で、今にも消えゆく世界の中で、かろうじて生き伸びていた少女は『四ノ月桜花』と書かれた本を撫でる。


「お疲れ様、桜花。でも、ここからが始まりなのね? 管理者も、春秋も、世界も、何もかもを騙して成し遂げたあなたの偉業を、私は祝福するわ」


 足場が崩壊する。

 【物語の管理者】を失ったことにより崩壊した世界の中で、少女・アヤはその時が来たとばかりに手にした本を掲げた。


「ここからよ」


「ここから、始まるの」


「桜花の、いいえ」


「『私たち』がずっと求め続けてきた、春秋が幸せになる物語が」


 そして、誰も気付かないところで。

 泥のように濁った闇が、蠢いていた。


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