空想のリベリオン

第二章 英雄の真実 背負わされた役割

第百十七話 猛攻の果てに

　【物語の管理者】は微動だにしない。

　春秋が、仁が、シオンが、昂がどれだけの攻撃を繰り出しても揺らがない。

　尽断・シャンハイズと夢幻障壁ファントメアの中心にて腕を組んで仁王立ちするだけだ。

「はぁ、正直ガッカリだが？」

「だま、ってろっ！！！」

　春秋が黄金のアルマで殴りかかるも、シャンハイズの腕を突破すること叶わず。

「アルマ・テラムっ！」

　次いで仁が高速の一撃を叩き込んでも、シャンハイズの表層に僅かな傷を与えただけ。

「アルマ・レイヴ！！！」

　シオンが春秋を模して最大火力を叩き込む。しかしシャンハイズの剣を破壊することすら出来ない。

「ヘリアル・エア！」

　昂が空間をねじ曲げ、発生したエネルギー全てをぶつける。かろうじてシャンハイズを退けても、ファントメアの障壁を突破することは出来なかった。

「"Vilgo(ヴィルゴ)"」

「避けろ仁ッ！！！」

「っ――――アルマ・テラム！！！」

　大きな欠伸をしながら【物語の管理者】が単語を呟く。シャンハイズの一本が大きく刃を振り下ろし、不可避の刃が仁目掛けて放たれる。

　春秋が咄嗟に声を掛けたことが功を奏し、仁はアルマ・テルマを使用することでギリギリ回避することに成功する。

「、い……ッ」

　とはいえそれでも完全な回避は出来なかった。高速すらも越えた一撃は仁の足を切り落とし自由を奪う。咄嗟にシオンがフォローに回る。

「先輩っ！」

「シオン、足が残ってるなら渡してやれ。仁でも足が残ってるならくっつけられる！」

「いやいやいやいやアルマってそんなことまで――出来たわ……」

　シオンがすかさず地面に残された足を仁に投げ渡し、受け取った仁は患部に当てて炎を噴出させる。すると瞬く間に傷が塞がった。

　しかし一度は断たれてしまった神経が回復するまでは若干の時間が掛かるようで、仁はもう速さで戦うことが出来ない。

「……春秋！　俺は桜花の壁になるから、攻撃に集中してくれ！」

「壁とか言うな。桜花は守る。お前の命も捨てさせない、だから自棄になるな！」

「いちいちイケメンすぎるんだよお前は！」

　仁は片足で器用に桜花の前に立ちラグナロクを構えた。

　徐々に回復する足を引きずりながら迫るシャンハイズを受け止めて弾く。

（管理者はおおよそ三分で詠唱を告げてくる。余裕だからわざとちんたらやっているのか、それともインターバルを挟まないと使えないのか――）

　春秋は戦いながら思考を加速させる。後者であればそれは付け入る隙になるが、相手は【物語の管理者】だ。不可避の一撃を放つのに時間を必要とする――そんなこちらにとって有利な条件があるのだろうか。否。

「春秋、考えても仕方ねえからゴリ押せ！　管理者なんて一から十まで舐めプしてんだよ！！！」

「当たり前だろ？　そもそも私がその気になれば桜花だって今すぐ殺せることがわかっていないのか？」

　昂の言葉に口角を釣り上げた【物語の管理者】が桜花を指差す。シャンハイズの一本が桜花に向き直り、加速する。

「させませんっ！」

　加速したシャンハイズをシオンが蹴り飛ばした。しかしそれで止まるシャンハイズではない。シオンが相手して一本が、シオンの背後を取った。

「シオンっ！」

「っ―――――アルマ・フレアッ！！！」

　振り返ったシオンは悔しそうに歯噛みし、手のひらを迫るシャンハイズに向けた。

　体内を巡るアルマを全て集中させ、極限の火を灯す。放たれるは蒼炎のアルマ・フレア。

　シオンのアルマ・フレアの総出力は春秋には遠く及ばない。

　しかしその一撃はまさに必滅。シャンハイズの一本を飲み込んで、跡形も無く焼失させた。

「っ――――、っ、っ、っ」

「馬鹿、ここで切り札を使ってどうする！？」

　アルマを使い切ってしまったシオンが体勢を崩す。間髪入れずシャンハイズが拳を握ってシオンを殴り飛ばした。

　昂が庇おうとしたが間に合わず、シオンは壁に叩き付けられる。喀血し、地面に倒れ込んでしまう。

「ぁ、か、は……！」

「シオンさんっ！」

「こないで、ください！」

「っ！」

　桜花が慌てて駆け寄ろうとして、シオンが叫んで止めた。

　活発に動けない仁が壁になっている以上、桜花が駆け寄っては無防備を晒すだけだ。

　シオンは必死に立ち上がろうと四肢に力を入れる。

　アルマ・フレアを使えば体内のアルマは底を尽く。再び戦えるようになるには五分は時間を必要とする。

　その間に【物語の管理者】の攻撃が二回飛んでくることを考えれば、アルマ・フレアを使用してしまうのは愚策だ。けれどあのタイミングで渋っていればそのまま押し切られていただろう。

　ならばフレアを使ってよかったのか。答えは出てこない。

　わかるのは、シオンはしばらく戦えないということだ。

「安心するといい。脱落した子ウサギを殺すほど無粋ではないさ」

「どこまで余裕を見せつけるんだ、お前は！！！」

「お前らが追い詰められないのが悪いんだろう？」

　ここまで来ても【物語の管理者】は余裕を崩さない。状況はどこまでも【物語の管理者】が優位であり、ファントメアどころかシャンハイズすら突破できないのが現状だ。

　どうすればいいか、春秋は思考を続ける。

　アルマ・フレアは【物語の管理者】を討つ為に必要不可欠な奥義だ。だから、シャンハイズやファントメアを引き剥がす為には使えない。

　ましてや使ってしまえばシオン同様戦闘不能になってしまう。そこからトドメの一撃を昂に託すことも出来るが、深手を負った昂も出力が落ちていてそれを望めない。

　悔しさに歯噛みする。何をどう考えても現状を突破する手段がない。

　このままではジリ貧だ。何をどうしても【物語の管理者】に刃を届ける方法が思い浮かばない。

　諦めるつもりはない。けれど、けれど。

「諦めるな春秋、ここで諦めたら、桜花を諦めることになるぞ！」

「わかっている！！！」

　攻撃を、防御を、緩めるわけにはいかない。昂は立っていることすら厳しいはずなのに、共に戦ってくれている。最も戦力として無傷に近いのは春秋だけなのだ。そんな自分が真っ先に折れてしまってどうする。

（考えろ。考えろ。管理者の隙を見つけ出せ）

　実のところ、春秋は思い違いをしている。

　【物語の管理者】に、隙はない。その為のファントメアとシャンハイズ。

　この二つが揃っている限り、どんな奇策を用いても【物語の管理者】に傷一つ与えられない。

「考えて考えて考えて。そんなに私が殺したいかい、春秋」

「当たり前だ。お前を倒して、俺は桜花と幸せに暮らすんだよっ！」

「それじゃあ50点にもならないんだけどなぁ！」

「勝手にほざいてろっ！」

「わかってないのかい？　ほら、もう三分経ったぞ」

「――――昂！！！」

　【物語の管理者】が嗤い、昂を指差した。それが何を意味しているか理解して、昂は咄嗟にナノ・セリューヌを大量に放出して防御壁を形成する。

「"Aquarius(アクアリウス)"」

「――――」

　言葉が紡がれた。不可避の一撃が昂に向かって放たれ、ナノ・セリューヌの防壁全てを一瞬で両断した。

「昂っ！」

　それだけではない。昂は回避では無く防御を選択した。それが最悪の選択であることを理解していなかった。

　仁が回避しきれなかったから防御を選んだことに間違いはない。間違いはないが、読み違えていた。

　【物語の管理者】が放った不可避の一撃は、どのような防御であろうと両断する。

　如何なる鋼鉄も、如何なる障壁も、如何なる空間もなにもかも。

　言葉にするのなら、そう。

　【物語の管理者】は、昂を狙いはしたが昂を狙ったわけではない。

　昂が立っていた場所――空間自体を両断した。

　空間に巻き込まれる形で昂の身体が横に両断される。

「かおす……あらいばる……！」

　しかし昂はそのままやられる男ではない。両断された箇所をナノ・セリューヌで強引に接合し、集中を阻害する痛みを【歪め】てナノ・セリューヌの操作に集中する。

　昂が力無く地面に伏す。ナノ・セリューヌによる治療は始まっているものの、意識は失ってしまったようだ。

「おー。おー。おー。シャンハイズで誰も死んでないじゃないか。すごいすごーい」

「煽るなぁっ！！！」

　これで残った戦力は春秋だけになってしまった。春秋一人で残った五本のシャンハイズから桜花を守り、ファントメアを突破して桜花を守らなければならない。

　心に影が刺す。本当に勝てるのかと心が折れそうになる。

　勝つと、絶対に勝つんだと心を奮い立たせようとする。それでも迫る現実に打ちのめされそうになる。

　諦めない。諦めたくない。

「なにを、ばかなことを、かんがえている」

「え――――」

　場を静寂が支配した。【物語の管理者】すらも思わず動きを止めるほどに。

　春秋の胸を、背中側から黒い炎が貫いた。

　その炎は、ディマイズ・アルマ。

　その炎を操るのは、模双神帝オリジン。

　春秋に破れ、地に伏していたはずの。

「お前、は……！」

　喀血しながらも春秋は【物語の管理者】を睨んだ。オリジンの行動が、敵意あるものでないと理解したから。

　胸から溢れる熱い感情が身体に満ちる。怒り、恨み、憎悪。愛情、友情、喜怒哀楽様々な感情が混ざり合い、春秋の身体に満ちていく。

「お前は、俺だ。だからこそ、これが出来る。お前なら出来る。おまえは、ゆいいつ、かんりしゃ、うつ、ための」

　立ち上がっていたオリジンの身体が燃えていく。黒炎に飲み込まれていく。けれどそれは自滅では無い。

　自分の全てをアルマへと変換している。そしてそれら全てのディマイズ・アルマが春秋に注がれていく。

「受け入れろ、受け止めろ。アルマの共食いを制御してみせろ」

「あ―――――あああああああああああああああああっ！！！！？！？！？？！」

　体内に広がるディマイズ・アルマをアルマトゥルースが迎撃する。アルマは他の力との共存を認めず、その全てを喰らい尽くそうとする。

　激痛と呼ぶのも生易しい。全身が黒炎に飲み込まれてもなお神経の激痛が春秋を襲い続ける。

　オリジンの全てが流れ込んで来る。オリジンが持つ、『春秋の記憶』が流れ込んで来る。

　それら全ての原動力は――――【物語の管理者】への、怒り。

（管理者の顔を見てみろ。愉快だろ、予想外の表情をしているぞ。ああ、それだけで俺は満足だ。だから、後はお前に――――俺に託すとしよう）

「俺は――――」

（掴め、力を。叫べ、その名を。反発する二つのアルマを従えて――――目覚めろ）

　激痛を抑え込む。黙れと叫び、地面を破壊してでも踏み止まる。

　腹の底から声を出して、声にならない叫びを上げる。最早この空間ですら春秋を押さえ込めない。

　二つの炎を、纏う。

　片や愛を守る為に生まれたアルマトゥルース。

　片や愛を取り戻す為に目覚めたディマイズ・アルマ。

　本来あれば交わることのない二つのアルマを従える。

　そう、それは。

「ようやくじゃないか、ようやくここまで来たじゃないか！　黒金のデュアルマッ！！！」

　【物語の管理者】が狂気に花を咲かせた。

　熱望していたとばかりに両手を広げ、立ち上る黒金の炎を従えた春秋を歓待する。

　――身体の奥から熱が溢れてくる。