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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第百十六話 たった一瞬の勝機

「ししょー……?」


 最初に違和感に気付いたのはシオンだった。ずっと春秋の戦いを憧れの目で見てきた彼女だからこそ気付けた違和感。


「……なんか、おかしい」


 次に気付いたのは、仁だった。目を擦り、自分の視界に異常がないことを確認して首を傾げる。


「シオンさん、朝凪さん。それを言葉にしないでください。声に出さないでください。気付かれます」


 桜花もまた気付いていた。だからこそ二人を諫める。気付かれては元の木阿弥だ。


「っ、か、は……!」


 かろうじて昂は治療を終えた。しかし血を流しすぎた為に、すぐに戦線復帰することは出来ない。

 しかし昂には役目がある。春秋が視線を送ってきた意味をなんとなくでも理解して、二人の戦いを注視する。


「なる、ほどな」


 息も絶え絶えながら昂は立ち上がろうとする。身体のふらつきを、シオンと仁が支えた。


「見守りましょう、昂さん」

「見守るしかねえよ、俺たちは……」


 安っぽい"演技"であることは明白だ。けれどそれが二人の強がりであることは昂もわかっている。だから昂は言葉にしない。忌々しい目つきで、ただひたすらにオリジンを睨み付けていた。




「五月蠅いギャラリーどもだ」

「俺を見なくてどうする、オリジンっ!」

「見なくてもどうにでもなるということよっ!!!」


 春秋は敢えてオリジンを挑発する言葉を選び、神経を逆撫でしていく。

 視野を狭め、目的に気付かせない為に。

 少しでも雑な手を選ばせ、アルマの集中を散らす。


(まだだ、まだだ、まだだ――!)


 春秋はその瞬間を待っている。不利な打ち合いを繰り返し、たった一瞬の勝機を逃さず掴み取る為に。


「……ほう」


 【物語の管理者】もまた、春秋の狙いに気付いた。しかし彼女は口を挟まない。

 挟んだところでオリジンはその言葉を受け取らないし信じない。

 さらに言えば、この戦いは前座に過ぎない。

 【物語の管理者】にとってはどちらが勝っても問題のない――いや、むしろ『春秋』に勝って貰いたいとすら考えているほどだ。


 だからこそ、わざわざ春秋の狙いをオリジンに教えるつもりはない。

 それが通用するならオリジンはそこまでであり、春秋はこれくらい越えて貰わないと困るのだから。


 百の打ち合いを終える。形勢は俄然オリジンが一方的に優勢だ。

 アルマの出力の時点で負けている。その上で、春秋は意図的にアルマの出力を落として戦っている。


 それも、オリジンが気付かないほど微細な差で、だ。

 アルマの出力だけではない。

 春秋は気付いている。オリジンの秘密を、オリジン自身すら見落としている事実を。

 故に、煽る。春秋らしくない言葉で、オリジンの逆鱗に触れる。


「……こうやって、打ち合って、わかる。俺はお前じゃない。お前は俺じゃない」

「何を今更ほざいている。当たり前だ。貴様は俺の劣化コピーだと何度言えば――」

「違う。劣化コピーなんかじゃない。――俺が、俺こそがオリジナルだ。お前が偽者だ。お前じゃ管理者に勝つことなんて出来やしない。桜花を幸せにすることもできない!」

「っ――――わめくな、偽者がぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 オリジンの攻撃が露骨に大振りになる。最大の一撃を放つ為にディマイズ・アルマの出力をさらに引き上げた。


 それこそが、春秋にとって唯一のチャンス。

 百を超える打ち合いの中で育ててきた、たった一瞬の勝機。


「アルマ――――」


 振り下ろされる黒炎剣を前に、春秋は左の拳に炎を集中させた。

 オリジンはその挙動で最速の一撃を放つアルマ・テラムであると狙いを見抜く。


「無駄なことを。貴様の炎では俺に届かない。貴様の速さでは俺の一撃に勝らない。だからここで、死――――!?」

「――――テラム」


 黄金の光が、オリジンを貫いた。アルマを纏った拳がオリジンの右腕を吹き飛ばし、衝撃の余波が上半身に致命的なダメージを与える。


「な――――――――」


 オリジンには理解出来なかった。

 確実に自分の方が速かった。

 確実に自分の方が出力で勝っていた。

 それなのに、それなのに。


 オリジンは、春秋の一撃が"視"えなかった。

 春秋の動きなど手に取るように視えていたはずなのに。

 致命のダメージを受けた身体は限界だ。たったの一撃でここまでの傷を負うとは思いもしなかった。


(治癒を、ディマイズ・アルマ。お前がアルマの炎であるのならば、さっさと俺の命を癒せ――――)


 オリジンは急速に治癒を促進させようとディマイズ・アルマに働きかける。

 しかしそれを見逃す春秋ではない。アルマに精通している彼だからこそ、対処法も理解している。


「アルマトゥルースッ!!!」

「ッ!?」


 オリジンの体内を巡るディマイズ・アルマにぶつけるように、アルマトゥルースを流し込む。

 源流こそ同じアルマであろうと、異なる性質を持ったアルマは最早別物。

 ましてやオリジンはダメージを受けて弱っている。そのような状態ではディマイズ・アルマも十分な出力を発揮できない。


 アルマトゥルースがディマイズ・アルマを押し込んでいく。治癒に回す力すら残せないほどに、徹底的にアルマのエネルギーを流し込む。

 黄金のアルマがオリジンの体内を駆け巡り、春秋は勝利の雄叫びを咆える。


「爆ぜろッ!!!」

「ッ!!!!!!」


 黄金のアルマがオリジンの中で炸裂した。五体が吹き飛ぶほどではなかったが、ディマイズ・アルマの出力を一時的にゼロにすることは出来る。

 オリジンの身体が吹き飛んだ。壁に激突し、大きなクレーターを残す。


 命を奪うまでは出来ない――けれど、戦うことも出来ない。そこまでのダメージを負ってしまえば一日二日で治るモノではない。


 決着は着いた。だからこそ春秋は、未だ驚愕に表情を歪めるオリジンへタネをばらす。


「お前の権能は、相対した相手の能力をコピーする。そしてそれは、『目の前の相手』全てをコピーしてしまうものだ。ヘリアルの力を使わず、アルマだけの戦いに切り替えた時に違和感に気付いた。……俺だったら、使える力は全部使う。思い付いたものは全部使う。負けられない戦いだからこそ。桜花を守る戦いだからこそ。お前からはそれを感じなかった。だから、『使えない』のだと確信した」

「か、は……っ」

「お前の真実はわからない。本当に俺の過去かもしれない。でも、これだけは言える。

 俺にとって最も大切なのは桜花だ。そんな桜花を守る為の戦いで、使えるモノを使わない。そこに気付かない。その時点でお前はもう俺じゃない」

「は、は。はは。ははははは…………。――――そうか」


 春秋の言葉に何かを察したのか、オリジンは微笑みを浮かべた。

 オリジンの身体から力が抜ける。もう意識を保っていられないのだろう。

 最後に彼は、桜花に視線を向けた。桜花は悲しげな瞳でオリジンを見つめ。


「桜花は、見抜いていたのだな」


 それだけを残して、地に伏せた。

 反応は無い。生きていたとしてもしばらくは戦えないだろう。

 もう声は届いていないだろう。けれども春秋は、言葉を続ける。


「お前が気付かないレベルに、意図的に俺は炎の出力と速度を落としていった。お前が俺の速度をコピーしたらもう一度。それを繰り返し、お互いの動きが鈍くなった瞬間を突いてのアルマ・テラム。最速を目で追えないレベルに視野を鈍らせての一撃は、さすがのお前でも対応出来ない」


 ぱちぱちぱち、と嘲笑と労いの意を兼ねた拍手が贈られる。

 小さな体躯の黄金の少女が満を持して動いた。


 【物語の管理者】は待ちくたびれたとばかりに漫然と歩み寄ってくる。

 敵意の欠片も感じないからこそ逆に不気味だ。

 相手は全知全能、神すら越える世界そのもの。


 負けるつもりは毛頭無い。春秋はレギンレイヴを造り出し、構える。


「ようやくだ。ようやくここまで来たじゃないか、春秋」

「お前を、討つ。お前を倒せばハッピーエンドだ」

「っは。倒せば、ね。甘っちょろいことをほざくんじゃないよ」


 【物語の管理者】は周囲の空間を歪めているのは先の戦いで知っている。

 防御術式の名は夢幻障壁"ファントメア"。付けられた名の意味は言わずもがな。

 なんとも悪趣味なネーミングセンスだ。


「さて、では殺し合おうか。――――第二術式、降臨」


 【物語の管理者】が指を掲げると、空より六つの腕が降り注ぐ。その一つ一つが【物語の管理者】よりも太く大きな腕であり、それら全てに鈍く光る剣が握られているた。

 六つの腕、六つの剣。当然、見覚えがある。


「第二術式・尽断"シャンハイズ"」

「悪趣味にもほどがある」

「そうかい? 自らの術式を真似た存在として生み出した神帝だ。どこが悪趣味だい?」

「鶏が先か卵が先かの話にしかならねえよ!」


 機先を制する為に春秋が地面を蹴る。アルマを放出させての高速移動であれば、【物語の管理者】との距離は一瞬で詰められる。


「"Aries(アリエス)"」

「っ!!!」


 春秋が肉薄するよりも早く、【物語の管理者】が単語二つによる詠唱を完了する。

 尽断・シャンハイズの一つが刃を振り下ろし、それは春秋の防御を貫いて左腕を両断した。


「いちいち驚いて動きを止めるな。そもそもお前はシャンハイズが六本である意味を理解していない」

「意味、だと」

「考えてみろ、この場にいる存在を。数くらいは数えられるだろ?」


 この場にいるのは、自身を含めて五人。春秋、仁、シオン、昂、そして桜花。

 それだけではないと言いたげな表情だ。


「オリジンを含めて六人だから、六本あるとでも言うのか」

「そういうことだよ。そして一本につき一人、詠唱に合わせて対象を"両断"する。防御も何も関係なく両断する、それが尽断・シャンハイズ。私は一定間隔で言葉を紡ぎ、誰かしらを両断する。わかるか春秋。制限時間はどれくらいだろうねぇ」


 ゲスな笑顔を浮かべる【物語の管理者】に対して、春秋は左腕を再生させる。

 攻撃を尽断・シャンハイズに一任し、防御は夢幻障壁ファントメア。

 恐らくだが、オリジンの由来となる能力も保有しているだろう。


「春秋、俺たちも参戦する」

「そうです」

「……っち、ぁ――……いってぇ」


 桜花は逃げるように壁際に避難し、仁、シオン、そして治療を終えた昂が春秋に並ぶように参戦する。

 しかし昂はそれでも満身創痍だ。大量の出血は補いきれず、ナノ・セリューヌの出力も安定していない。


「心配するな春秋。お前は最大の一撃を叩き込むことだけ考えろ」

「……わかった。死ぬなよ、昂」

「ッハ。志半ばで死んでたら奏に怒られるわ」


 どこまでも悪態を吐きながら、昂はエアトスを身体から引き抜いて構える。

 仁とシオンは健在だ。出力が落ちている春秋と昂からすれば貴重な援軍だ。


「さあさあ挑んでこい挑んでこい、私を追い詰めてみせろ、愛しい愛しい子供たちっ!!!」


 六本の腕が、尽断・シャンハイズが大きく広がり臨戦態勢を取る。

 中心にて嗤う【物語の管理者】を討つべく、少年少女は武器を執る。


 最終決戦が、始まる。

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