第百十五話 原初の英雄
迫る黒炎のディマイズ・アルマ。その威力は凄まじく、受け止めたレギンレイブが一撃で破壊されるほどだ。
昂もまたナノ・セリューヌによって造り上げた剣を破壊される。仕方ないとばかりにエアトスを取り出して黒炎剣をいなしていく。
見て、打ち合えばコピーされる――模双神帝オリジンの能力を前に、昂はどうしても本気を出せないでいる。
とはいえ春秋はアルマトゥルースをことが出来るのが幸いだ。何しろ相手はすでにアルマをコピーしている。故に、使用を躊躇うことはない。
必然的に昂のサポートを兼ねて立ち回る。
しかしそんな生半可で勝てる相手ではない。
しかし、確実にオリジンを倒す為には昂の力が不可欠。
オリジンを倒した先の、【物語の管理者】を倒す為に春秋の力を温存させなければならなくて。
「考え事をしている余裕があるのか?」
「っ!」
「昂っ!」
オリジンは容赦なく昂を攻め立てる。二人を相手にしても優勢であるというのに、確実を求めて昂から始末する腹づもりだ。
「【歪め】!!!」
昂は足手まといになることを嫌う。故に使わなければならない。使わされたことに歯がゆい思いをしてもなお、オリジンを倒す為にカオス・ヘリアルを行使する。
オリジンの表情は変わらない。冷酷な表情で黒炎剣を振り下ろす。
再び、カオス・ヘリアルによって空間を歪めて黒炎剣を受け止める。
使わされていることは重々承知。けれど必殺の一撃をたたき込める距離ではある。
「春秋ぃっ!」
「っ!」
昂が叫ぶ。その声に応えた春秋が、昂の意図を察して動く。
身を翻し大きく跳躍し、後方に着地してから大地を蹴る。
「何をしても無意味だと――」
「意味があるかどうかは、俺が決めることでなぁ!」
昂がナノ・セリューヌを放出する。背の翼を巨大化させ、オリジンの視界全てを自らの身体で埋め尽くす。
察したオリジンが黒炎剣で薙ぎ払う。しかしアライバルまで到達したナノ・セリューヌは僅かな時間だろうと黒炎剣を受け止める。
「アルマ――――レイヴッ!!!」
そして昂を巻き込むように、春秋がアルマ・レイヴを放つ。アルマの気配をオリジンは察しているが、視界は昂に奪われたままだ。
「っ!」
そこが昂の奇策だ。アライバル・マテリアである昂の肉体は、ナノ・セリューヌによって構成されている機械の身体。
昂の身体が上下に分離した。
さすがのオリジンも僅かに対応が遅れる。分離した昂の身体の間から、黄金のアルマ・レイヴが強襲する。
アルマ・レイヴで致命傷を与えられるかは、未知数。
しかし虚を突いた一撃が無意味に帰すことなど有り得ない。
そして春秋は、フレアに及ばずとも最大限のアルマを込めている。
触れれば必滅――そんな確信を抱いているほどのアルマ・レイヴ。
触れれば必滅。
ならば、触れなければ。
オリジンが口角を吊り上げた。黒炎が焼失し、迫るアルマ・レイヴを受け止めるように五指を広げる。
「【歪め】」
「てめぇ――――」
空間が、歪む。オリジンの声に応えるように、歪んだ空間がアルマ・レイヴを受け止めた。
それだけではない。オリジンは愉快げに手首を返し、さらに空間を歪める。
「ほら、返してやるよ」
「な――――」
オリジンによって歪められた空間によって、アルマ・レイヴの矛先が昂に向けられた。そして、空間の歪みが元に戻る。勢いを失っていない必滅の一撃は、あろうことか昂に向けて放たれて。
「っ、【歪め】!!!」
昂もまたカオス・ヘリアルによって空間を歪めアルマ・レイヴを受け止める。そしてすぐにオリジンと同様に空間をねじ曲げて、アルマ・レイヴの矛先を強引に変えようとする。
「今度はこっちのば――――」
「便利な力だなぁ。だが、お前の思考が向いてない。嫌がらせに特化しているお前では、この力の使い方を理解しきれていない」
「――――っ!?」
「昂っ!!!」
昂の目の前にオリジンが詰めていた。昂が歪めた空間に手を重ね、カオス・ヘリアルの力を相殺させる。必然、アルマ・レイヴは矛先を失って暴走するも、オリジンによって矛先を三度変えられる。
アルマ・レイヴは春秋に向けて放たれる。しかし春秋はすぐにアルマを放出させて放った一撃全てを飲み込んだ。
「"ヘリアル・ズィフト"とでも呼ぼうか」
「がっ――――ああああああああ?!」
オリジンが空間を歪める。歪め、歪め、歪め、歪め、歪める。歪まされ続ける空間は激しく回転し、悪意の刃と化した。
空間の刃が昂の身体を両断する。触れた物全てを歪ませる性質を持った刃が、ナノ・セリューヌの能力すらも歪ませて昂の身体に沈んでいく。
「昂を、やらせるかぁぁぁぁぁっ!!!」
駆けつけた春秋が黄金の炎を爆発させオリジンの視界を奪う。一瞬の隙を突いて昂の身体を引っ張り後方へ投げつける。
身体は両断されてはいなかった。けれどかろうじてだ。かろうじて、繋がっている。
ナノ・セリューヌだから耐えられたと言っていい。
「シオン、仁! 昂を頼む。俺がどうにかするからっ!」
「は、はい!」
「春秋、気を付けてくれ!」
昂ですら圧倒されたその事実が仁とシオンの参戦を拒む。昂を受け止めた二人はすぐにアルマを極限まで薄めて昂に注いでいく。
薄めたアルマであれば生命力を増幅し、治療に使うことが出来る――それは春秋によって治療を受けたシオンと仁だからこそ出来る発想で、昂は喀血しながら不甲斐ない自分を恨む。
「は、るあき……っ」
「黙っていてください!」
「静かにしてろ、すぐに治してやるから!」
春秋はレギンレイヴを取り出して、オリジンと打ち合う。
空間を歪める術を手に入れたオリジンは退屈そうにレギンレイヴを捌いていく。
「いい能力じゃないか。もう少し使えばもっと簡単にお前を殺せそうだ」
「巫山戯るな、その力は昂のものだ。いい加減真似ばかりしてないで真面目に戦え――――」
「至って真面目だよ。お前を殺し、管理者を殺し、桜花を取り戻す為なんだから」
「――――!?」
咄嗟の殺意に身体が勝手に反応した。つい先ほどまで春秋の首があった空間が歪められる。
刹那の際に気付けなければ、今頃春秋の頭部は地面を転がっていただろう。
触れていない空間すら歪めた。それはすなわち、オリジンはもう昂よりもカオス・ヘリアルを使いこなせているということで。
「もっと抵抗してみせろ。お前が俺であると言うのならなぁ!!!」
オリジンが両手を広げ、次々に空間をねじ曲げていく。かろうじて春秋は歪まされた空間を見極めて攻撃を回避していくが、それでも全てを回避することは不可能だ。
服を歪まされ姿勢を崩される。崩れた体勢のまま足を狙われ、春秋は咄嗟に足を切り落とした。
噴出したアルマが失われた足を取り戻させる。崩れた姿勢を整えて、春秋はオリジンが次に歪める空間を見極めようとして。
「不利な姿勢でこれは受けれまい」
「っ――――」
オリジンはいつの間にかカオス・ヘリアルを止めて黒炎剣を手に取っていた。
虚を突かれた春秋は迷わず口からアルマの炎を吐き出した。衝撃によって強引に身体を後方に吹き飛ばし、黒炎剣を回避する。
「……往生際が悪い」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」
あまりにも防戦一方だ。攻めに転じることが出来ない。次はどの空間が歪められ、どのタイミングで黒炎剣を振るわれるのか。
――強い。あまりにも、強い。対応が早すぎる。
「ディマイズ・アルマ。――今の春秋を否定しろ」
黒炎が広がる。黒炎を翼にしたオリジンが、地面を蹴って加速する。
思考を纏める時間すら与えられない。次々と繰り出されるオリジンの猛攻を、春秋は受け止めるだけで精一杯だ。
(これが……! これが、かつての俺なのか。これだけ判断出来て、出力を上げれて、対応出来て――それでも管理者に届かなかったっていうのかよっ!?)
思わず春秋は心の中で毒づいてしまう。目の前に迫る模双神帝オリジンがかつての自分であり、そんな彼もまた【物語の管理者】に敗北した事実に打ちのめされる。
(全部ぶつけて、それでも――――!?)
小さな違和感に、春秋は気付く。
けれどその思考を纏める時間も与えて貰えない。繰り出されるディマイズ・アルマの一撃は、アルマトゥルースの出力を限界まで引き出しておかねば受けきれない。
思考を、回す。幾度となく打ち合い、その度に消耗させられても。
その違和感が、勝機に繋がることだけは直感的に理解していた。
(全部。そう、全部だ。俺なら、そうする。俺なら――!)
およそ五十を超える打ち合いの果てに、春秋は一旦距離を取った。
炎を過度に消費しての戦闘は多大な消耗を強いてくる。
戦う余力はあるにしても、これ以上の損耗は後の管理者との戦いに響いてくるだろう。
本来であれば春秋は限りなく無限に近く戦うことが出来る。それがアルマの真髄に至っているアルマトゥルースであり、それを使いこなす春秋の力だ。
しかし自分よりも出力の勝る相手との戦いは初めてだ。打ち合う度に炎は削られ、喰われ、吐き捨てられていく。
これ以上の長時間戦闘は避けなければならない。
だからこそ春秋は、自分の考えに確信を持たせる為に問いかける。
「オリジン。お前は――――いや、俺はお前なんだよな?」
「何を今更。貴様は俺の劣化コピーに過ぎない。俺が管理者を殺す最初の段階として定められた、最低限の記憶と力だけを残して作られた複製だ」
オリジンの言葉は春秋を否定するものだ。しかし、その言葉こそ春秋が抱いた違和感を確信に変えるものだった。
「そうか。――だったら一つだけわかったよ。お前は、俺じゃない。俺はお前じゃない」
「っ――コピー如きが調子に乗るなぁっ!」
分かりやすくオリジンは激昂する。怒りに身を任せ隙を作る――なんて浅はかな考えではない。
ちらり、と後ろに視線を向ける。そこには昂の治療に当たっているシオンと仁、そして三人を見守っている桜花の姿。
昂の瞳が、春秋を睨むように見つめている。
だから春秋は、小さく頷いた。
昂ならきっと、自分の動きを察して理解してくれる。
オリジンを倒す、たった一瞬の好機を。




