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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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百十二話 五日目の終わり 残り、は




「……いいか、春秋。役目を終えた俺は消えるだけだ。だから、お前に」


 時守黒兎という存在が崩壊していく。

 命を失った訳ではないのに、地帝アケディアや茅見奏のように身体が文字となって崩れていく。


 全ては【役目】を終えたから。

 時守黒兎は、空想上塗(オーバーコート)を魅せる為だけにこの物語に招かれた存在だから。

 終わる間際に、言葉だけでも託そうとして。




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 【物語の管理者】が【彼】を抹消させる。

 言葉すら残させる情も無く、【彼】は消失した。




「私の世界(ものがたり)を土足で踏み荒らしたんだ。回想も消える描写も要らないだろう? 空想上塗(オーバーコート)を見せるだけ、道中の壁、道標。それがお前の役割だったんだよ。その為だけに私はお前から"彼女"を引き剥がし、この物語に混ぜ込んだ。お前は私の想定通りにしか動かなかったよ。ああ、本当に――お前という奴は扱いやすくて素晴らしかったよ」


 消失を悼む暇も無く、【物語の管理者】が歩み寄る。

 邪悪に吊り上がる口角は彼女生来の悪辣さを見せつけており、未だ身体の機能を取り戻し切れていない春秋は必死に歯を食いしばりながら立ち塞がる。


「おいおい随分好戦的じゃないか。シャンハイズに勝ったご褒美だ、今日は撤退してあげるし、明日もお休みにしてあげよう。七日目を迎えて最終決戦といこうじゃないか」


 どこまでも余裕の佇まいである。

 状況は不利すぎる。黒兎を失い、春秋は満足に動けない。

 この場で戦力としてカウント出来るのは昂とシオン、仁だけ。それもシオンと仁では荷が重すぎる相手で。


 その上で、【物語の管理者】だけではなく三体目の神帝を相手にしなければならない。

 【物語の管理者】の言葉を信じて休戦にするべきか、否か。


「お前の方から休戦とか言い出したんだ、俺たちがそれを受け入れたら手のひらを返すだろうよ」

「おお、さすが昂。私の思考をよ~~~~く理解しているじゃないか」


 【物語の管理者】は嘲り嗤う。どこまでも人を嘲笑するのか。


「でも安心してほしい。なんなら誓ってもいい。今回だけは私が譲歩してやろう」

「お前らしくない。何が狙いだ」

「不十分な春秋を潰してもつまらないだろう? それに"十全じゃない状態で負けたんだから仕方ない"なんて言い訳をされてもつまらない。桜花が死ぬ未来は変わらないが、そんな退屈すぎる展開は見たくないんでね」


 言い訳をするつもりは誰にもない。負けた以上はその負けを受け入れる――だが、その負けとは桜花を失うことを意味している。


 だから、不用意な言葉は口にしない。負けるつもりは毛頭無いから余計にだ。


「だからほら、今にも噛みつきそうなそこの青髪ロリボク娘を諫めるといい」

「あ?」


 指摘されて、ようやく昂は背後から感じる殺意に気付いた。

 険しい表情をしたシオンが今にでも噛みつかんとばかりに蒼炎を滾らせている。


「シオン、気持ちはわかる。だが――」


 落ち着けと諫めようとして、春秋は自分の失言に気付く。

 何が"気持ちはわかる"だ。


 確かに友人である黒兎を失った。だが春秋にとって黒兎は"かけがえのない仲間"なだけだ。

 シオンには、もう一つ理由がある。


 羨み、あるいは妬み、そして憧れた、最も身近な、『肉親』。

 大切な家族を奪われて、冷静になどいられるものか。


「ししょー。わかります。わかります。でも、ボクは……遺言すら認めさせない【物語の管理者】を許せるわけがないっ!!!」


 シオンは努めて冷静であろうとしている。けれど激情を抑えることは出来ない。

 冷静でいようとする思考と、【物語の管理者】への殺意。

 相反する二つの想いを抱えながら、シオンは蒼炎を爆発させる。


 春秋が未だに全力を取り戻せてない今、この場で最もアルマを扱えるのはシオンだ。

 制止を振り切ったシオンが拳に蒼炎を纏わせる。

 力を込めて地面を蹴り、最速最短で【物語の管理者】との距離を詰めて拳を放つ。


 だが。


「危ないなぁ。お前も【終わり】にしてやろうか?」


 【物語の管理者】は微動だにしない。いや、拳すら届かない。

 見えない何かに阻まれている。空気の壁だとか、空間がねじ曲がっているとか、どんな理屈かはわからない。


 シオンはありとあらゆる可能性を思索して、逆の拳で正拳を放つ。

 が、届かない。見えない何かに阻まれて、シオンの拳では傷一つ与えられない。


「なんですか、神様だからってインチキですか! 正々堂々と戦えっ!!!」

「インチキではない。ちゃんとした術式だが?」


 見やすくしてやろう、と【物語の管理者】が手を翳す。

 すると【物語の管理者】を覆うように、歪んだ空間が可視化される。


「『夢幻障壁(フォントメア)』、単純に空間を歪めただけだよ。まさかお前がこの程度の空間すら壊せないほど弱いとは思わなかったけどねー」


 嘲り嗤う【物語の管理者】。わざと煽り、シオンを苛立たせている。

 それは特に意味の無い煽りだ。それはシオンを煽り、苛立たせたい為だけの毒だ。

 しかし今のシオンに効き目は十分だ。


「お前、はぁあああああああああああ!!!」


 シオンがさらに蒼炎を膨らませる。端から見ても異常なほどの高出力。

 瞳から血を流している。本来であれば命の炎(アルマ)によって流れる筈のない自傷。

 それはつまり、命の炎(アルマ)による生命力への循環を止めているということで。


「シオンやめろ、それはお前には負担が大きすぎる!」


 時守シオンは、兄・黒兎や春秋には劣るものの確かに『天才』寄りの少女である。

 春秋を見て、黒兎を見て、それだけでシオンは命の炎(アルマ)の理解を深めていた。


 再び拳に蒼炎を集わせて、命を燃やして解き放つ。

 それは、その炎は。


「全て吹き飛ばせ、アルマ・フレアぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 蒼炎が解き放たれたその瞬間。


「――――」


 【物語の管理者】は、待望とばかりに笑みを見せる。

 しかし何かに気が付いて、つまらないとばかりに表情を歪めた。


 迫る蒼炎のアルマ・フレア。

 【物語の管理者】との間に割って入る存在が一人。

 闇紫の鎧を纏い、血よりも昏き瞳の青年。


「つまらん」


 彼は持っていた黒き剣で、蒼炎のアルマ・フレアを両断した。

 霧散する蒼炎。力を失い倒れ込むシオン。慌てて仁がシオンを抱き留めるも、この場にいる誰もが突如として乱入してきた『彼』に視線を奪われる。


「なんで降りてきたんだい。お前の出番は七日目と決めていたのだが」

「ならば挨拶代わりに顔見せしても構わないだろう」

「……やれやれ。シオンのアルマ・フレアを受けてみたかったんだがねー」

「『夢幻障壁』しか使ってない時点で効かないとわかっていただろうが、悪趣味が」


 【物語の管理者】は愉快げに語らう。彼は不愉快さを隠そうともせずに毒を吐く。


「なん、で」


 シオンが、呟く。


「意味が、わからねえ」


 仁が、戸惑う。


「……あなたは、誰」


 ユリアが、問う。


「お前、は」


 春秋は、胸にこみ上げてくる不安感に苛まれる。

 そして、桜花だけが冷静に彼の名前を呟いた。


「……春秋さん」


 立ち塞がった青年。それは、今の春秋と比べて明らかに成長したもう一人の『春秋』。


「正しい。"俺"が春秋だよ、桜花」

「何が『春秋だよ(キリッ』、だ。今のお前は模双(むそう)神帝オリジンで~~~~~~すっ」


 春秋/オリジンは手にした黒剣を躊躇うことなく【物語の管理者】に振り下ろした。

 しかしそれでは【物語の管理者】が歪めた空間を突破することは叶わず。

 舌打ちをしつつも黒剣を下ろした。


「さあ、少々予定は狂ったがこれで最終日のカードは揃った。【物語の管理者(わたし)】と模双神帝オリジン。お前たちは春秋、仁、シオン、昂。桜花を巡る戦いは遂に最終ステージ! さあ若者たちよ、私たちを否定してみせろ!」


 勇ましい口上を述べつつも、【物語の管理者】は嗤っている。

 オリジンは不快さを隠そうともせず、殺意のこもった瞳を【物語の管理者】ともう一人、春秋に向けている。


 そこでようやく時間切れとばかりに世界が歪む。

 【物語の管理者】とオリジンの像が歪み、この場から去ることが明示される。

 嗤う少女と、冷酷な瞳の青年。


「桜花」


 オリジンの瞳が桜花に向けられる。今までの表情とはうってかわって、優しげな微笑みを桜花に見せた。


「待っていてくれ。偽りの俺を殺し、【物語の管理者】を殺し、俺は、お前を取り戻す」


 それだけ言い残して二人は消える。星華島が一時の静寂を取り戻す。

 どうすればいいんだよと項垂れる仁と、限界を超えたシオンは意識を失った。

 ユリアも力を抜いて座り込む。昂は盛大にため息を吐いて。


 春秋は、呆然と立ち尽くして。

 桜花は、オリジンが消えた空間を見つめていて。


「あなたじゃ、ハッピーエンドは無理ですよ」


 それだけを呟いて、五日目の戦いは終了した。


 失ったものはあまりにも大きくて、少年少女には休息が必要で。

 けれど時間は止まってくれない。

 情けとばかりに与えられた時間は、一日だけ。


 六日目、最後の休日を迎えることとなる。

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