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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第百十一話 終えた役割




 この世界(ものがたり)は、【物語の管理者】によって作られ、造られ、創られた。

 水が上から下に落下することも。

 夜空に浮かぶ月が一つなのも。

 『魔力』を運用し、『魔法』を使うことも。

 現代世界を基準とした、少し違うローファンタジーである世界のことも。


 全てが全て、【物語の管理者】がそうであると決めたから。

 【絶対】であることに干渉は出来ず、ねじ曲げることも敵わぬルール。


 その【物語の管理者】が、【尽きぬこと】を【絶対】とした。

 無尽神帝シャンハイズは、どのような状態でも、細胞の一つだけでも残っていれば再生する、文字通り尽きぬ存在として定義されている。


 春秋はそれを看破し、だからこそアルマ・フレアによってシャンハイズ・ティエンを完全に焼失させたのだが。


 本来であれば本体から切り離され定義から外れた身体の欠片。

 【物語の管理者】はそちらを【無尽神帝シャンハイズ】として再定義し、フーを利用することでシャンハイズを再生させた。


 ルールを創る側だからこそ成し遂げる不条理。それを卑怯と罵る者はこの場にはいない。

 何を言ったところで彼女の悪行を止めることは出来ず、悪辣な趣味が繰り返されるだけだから。




 時守黒兎は、聡明すぎた自らの思考回路を初めて悔やんだ。

 早すぎる思考回路は理屈を後回しにし最適解を導き出す。

 それは神として覚醒し、【物語の管理者】によって『春秋の物語に招かれた』存在ということを知覚しているからこその。


「――――」


 【物語の管理者】が嗤っている。それこそが狙いであるとわかっておきながら、それをせざる得ない状況に追い込まれてしまったから。


 もっと早くその真実に辿り着いていれば、別の答えに辿り着いていたかもしれない。

 けれど、今はもうそんな『もしも』について問答している暇はない。


「『空想上塗(オーバーコート)』」


 それは、誰よりも長い物語の記憶を有する桜花も知らない。

 それは、誰よりも執念深く【物語の管理者】を討つことを目指してきた昂も知らない。


 今、この場で、時守黒兎にしか扱えない禁忌の(わざ)

 世界を犯す、超・上位存在であるが故の業。


 この世界が【物語の管理者】によって創られた世界だからこそ定義できる、荒唐無稽な荒技である。


 世界に黒い線が走る。

 稲妻でも罅でもなんでもない、ただの線が無数の線が世界に広がっていく。


「ウサギちゃん、何をし――」


 昂の言葉を遮って。

 異変に気付いたのは春秋だ。かろうじて動く身体を振り絞って黒兎の隣へ合流する。


「黒兎、これは」

「春秋。物語を読んでいて、本当に気に入らない展開にぶつかってしまった時、お前はどうする?」

「突然何を言い出す。いいから、この状況は」

「俺は、認めない。怨敵の思うがままに仲間が倒れ、死に、誰も彼も救われずに散っていく物語など何が面白い。怨敵が嗤う為だけの物語などクソ食らえ。俺は、そんな物語を認めない。だから俺は、俺の【物語】を紡ぐ」




 あなたには、それをすることが許される。

 だって、物語はひとりひとりの中に存在するものだから。

 思い描く自由を止めることは、何人たりとも出来やしない。


 たとえそれが、他人(よそ)の世界であったとしても――――。


「【定義】を書き換える。俺の世界で、【無尽】は認めない。俺は、その【絶対】を否定する――――!」


 黒兎が腕を振り下ろし、世界に広がる黒線がシャンハイズ・フーへ振り下ろされる。

 シャンハイズ・フーの身体を黒線が両断する。けれどシャンハイズ・フーに外傷は存在しない。


 何かが変わった。何かが変わったのを、誰も理解していない。黒兎と、【物語の管理者】と、そして。


「……お嬢」

「フー!?」


 シャンハイズ・フーの瞳に光が戻る。ぎこちない動きで八本の腕を動かして、四本の脚で地団駄を踏む。

 大きく息を吐いて、シャンハイズ・フーが叫ぶ。


「ありがとよ、これで俺は、お嬢を殺さなくて済む」

「済まないな。巻き込んでしまって」

「っへ。……お嬢を、頼むぜ」


 シャンハイズ・フーが正気を取り戻した。

 しかし、それだけだ。身体の制御を取り戻しているわけではないようで、すぐに八本の腕が握りしめた剣を振り下ろそうとする。


「春秋、見ておけ。これは一つの可能性で、一つの未来の形。俺がかろうじて辿り着いた【物語の管理者】への反逆の方法。今、この時、この瞬間だけは――――俺が、【物語の管理者】に近しい権能を行使できる」


 シャンハイズ・フーが迫る。その勢いに迫力はない。早く終わらせてくれと達観した表情を見せている。


「だから、俺でもこれが使える」


 黒兎の手に、炎が宿る。紫色の炎、それは。


 黒兎が笑う。まるで最期だと言わんばかりに、紫の炎を宿した手を、迫るシャンハイズ・フーへ向けて。


「炎に誓う」


 幻想の中で、桜吹雪に手を伸ばす。

 掴め、と心が叫ぶんだ。

 この場所にいる者のみが許される。

 この場所に立つ者のみが与えられる。

 この場所に認められた者だけが、掴み取れる。


 幾百幾千幾万の、桜が君を祝福する。


「――――さあ、可能性(アルマ)を魅せてやろう」


 胸の内からこみ上げてくる言葉を吐き出して。

 生と死の神は未来(かのうせい)を引きずり出す。


「言葉は要らない。捧げるものも把握している。だからこそ、此処にて一度だけ咲き乱れろ」


 少ない言葉で、黒兎は告げる。

 まるで最初から全てを知っていたかのように。


「アルマ・フレア」


 それは、先ほど春秋が使用したアルマの極致。

 黒兎には出来ない筈の、超・超出力。


 黒兎はそれを、【可能】にした。

 代償を理解して捧げることを承知した上で。


 極大の炎がシャンハイズ・フーを飲み込んで。

 再生すら許さない――いや、再生すらしない。


 シャンハイズ・フーは【無尽】の権能を失っている。

 失ったからこそ、フーは正気を取り戻し、最期を黒兎に委ねたのだ。


 【無尽】が無ければ再生することもない。抗うこともない。ただただ終わりを待つだけ。

 灼熱の業火が肉体を消失させていく中で、フーはかつての情景を思い出す。


 父と母を失ってもなお、泣こうともしなかったユリアの気丈な表情を。

 守ろうと、決めた。

 敬愛していたマリアよりもユリアを守りたいと心の底から思ったのだ。


『なあ、ババア』

『なんだいフー、お前にしては珍しく真面目な顔つきじゃないか』

『お嬢を俺にくれ。俺が最期までお嬢を守るから』

『……頭にウジでも湧いたのかい?』

『なわけねえだろ! 本心も本心、俺はお嬢を守りたい――神薙ユリアを支えたいと、心の底から思ったんだよ!』

『そうか』


 マリアとの秘密の会話は、他のシャンハイズの誰も知らない。

 けれどきっと、ティエンやインあたりは察していたと思う。

 隠すつもりもなかったし、むしろ声高らかに叫びたかったくらいだから。


『ユリアがシャンハイズの出動を申請してきたら、真っ先にお前が行きなさい。私の護衛など気にせずに、次の神薙たるユリアを優先することを許すわ』

『ババアさんきゅう! 愛してるぜ!!!』

『それはユリアに言ってやりなさい。……あの子はまだ、周りが見えてない。あの子を支えてくれる人が周りにいるって気付いた時、あの子の世界は始まるから。その時にお前が隣にいれば私も安心できる』


 優しいマリアの表情は、ずっとずっと幼いころに自分を拾ってくれたあの時と同じものだ。

 世界の女帝として厳しい存在と思われている神薙マリアの、優しい一面。


 シャンハイズの誰もがそんなマリアを知っているから、彼女を敬愛していた。

 シャンハイズとして、彼女の願いである神薙の存続のために命を賭けられた。

 だからこそ、マリアにとってフーの言葉は予想外で、けれどちゃんと未来を見据えた言葉だからこそ嬉しくて。


 愛しい孫娘を任せるに十分過ぎると判断して。


 そして今、神薙は、シャンハイズは終わりを告げる。


「――――ああ。なんか変な最期だったけど、存外気分は悪くねえな」


 崩壊していく中で、消えゆく意識の中でフーは笑う。

 悔いがあるとすれば一つだけ。


「ティエンとは、引き分けのままか。まあ……来世でケリをつけようや」


 誰かが迎えに来てくれた、気がして。

 最期とばかりに、自分を終わらせてくれた少年に向けて親指を立てる。




「フー……!」


 ユリアが駆け寄った時にはもう、無尽神帝シャンハイズはチリの一つも残さず消失していた。

 流したくなる涙をグッと堪えて、膝を突いて俯く黒兎にただただ感謝の言葉を贈る。


「……ありがとう、黒兎。全部を、終わらせてくれて」

「構わん。どのみち俺も【役目を終えてしまった】からな」


 俯いたままの黒兎は、立ち上がることもせず無気力に言葉を呟くのであった。

 気付いた時には、もう終わりが迫っていた。

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