第百十話 尽きぬ者、諦めぬ者、立ち上がる者。――――そして。
剣戟の嵐だ。
八つの腕、八本の剣。四つの健脚はシャンハイズの体勢を完璧に維持し、縦横無尽に剣を振るうことを約束する。
四方八方から攻撃を繰り返す春秋たちだが、そのいずれも決定打になるものではなかった。
決定打となるべく一撃は既に与えた。けれどそれらは全くダメージにならず、逆にシャンハイズの腕を生やしただけだった。
どうすればいいか考えなければならない。
迫るシャンハイズの攻撃をやり過ごしながら、確実に倒すための手段を模索する。
黒兎では死を与えられなかった。死を与えられた部位が失われた直後から再生することによって、何度死のうが何度でも再生する。
昂では【歪ませる】ことが出来ない。物理的に歪ませてダメージを負わせることは可能だが、復讐の念に囚われたシャンハイズに精神的な【歪み】は意味を成さない。
この中で可能性があるのならば、命の炎だけだと黒兎と昂は確信している。
【物語の管理者】の性格を、性質を理解しているからこそたどり着ける答えだ。
昂が星華島と敵対した理由と同じように、どういうわけか【物語の管理者】は春秋に拘っている。
それならば、どんな敵が来ようと【春秋ならば越えられる】という前提が存在する。
それは春秋がこの物語の主人公だから。
逆に、この物語に組み込まれただけでしかない自分たちでは届かないということで。
「春秋、なんか思い付いたか!」
「生憎だがさっぱりだ!」
「足を止めて他の手段を試したいところだが、こうも手数が多いと……!」
桜花たちのほうへ剣を向けないように戦線を維持するだけで精一杯だった。
剣戟の一つ一つが脅威なわけではない。けれど尽きぬ無数の攻撃が確実にこちらの手札を削り取ってくる。
「春秋、とにかく思い付いたことは全て試せ! 後隙はこちらでいくらでもフォローする!」
「そういうこった!!!」
防衛に専念すれば、黒兎と昂は春秋を凌ぐ。
何しろ触れれば死ぬベンヌと空間すらねじ曲げるカオス・ヘリアルだ。
「しぶとい、しぶとい、しぶとい。倒れろ、倒れろ、倒れろ、倒れろ。私は、ワワワワワタシは貴様らを倒し、マリア様の仇を討つのだ。邪魔を、じゃじゃじゃじゃ邪魔をするななななっ!!!」
昂が空間を歪めて剣を受け止め。
黒兎は触れた剣を殺していく。
シャンハイズの手数が止まるわけではないが、確実に時間は稼げる。
その中で、春秋は敢えて一歩離れた所から様子を伺う。
命の炎が切り札になることは、なんとなく察している。
黒兎や昂の力とは毛色の異なる特殊すぎる力が故に。
二人の思惑とは違うところで、春秋はこの力が決定打となることは理解している。
――――この力に、出来ないことはないから。
春秋の中で、それだけは確信していた。
(……見える)
これまでの戦いで、一歩離れた所から観察に努めることなどなかった。
誰かを戦わせるよりも、自分一人で戦えばそれだけで事足りたから。
どんな相手であろうと、命の炎を使えば倒すことが出来たから。
だから春秋は初めてと言っても良い。肩を並べて戦うことの絶対的な安心感に。
思考を巡らせる中で導かれる一つの発見。
焼失し、ねじ曲げられ、死を与えられた六本の腕は消え去った。むしろ八本に増えたくらいだ。
それは今の状況も変わらない。黒兎が、昂が剣を奪い腕を落とし脚を崩してもたちどころに再生していく。
まさに【無尽】。
尽きることが無いと銘打つに相応しい存在だ。
「――試す価値はあるか」
春秋はすぐにレインレイブを手に取り、駆ける。春秋が動き出したことを察した二人は援護に徹する。
愚直な突進。けれどその速さはこの場の誰よりも速い。
シャンハイズは迫る春秋に気付かぬわけがなく、四本の剣を一斉に振り下ろす。
「【歪め】っ!!!」
「【殺す】っ!!!」
二本ずつ、昂と黒兎が受け持った。春秋は二人に視線を向けることなく、体勢を低くして砂浜を滑り込む。
黄金の炎を纏わせるのではなく、黄金の炎を飲み込ませる。
レギンレイブの中を巡る黄金の炎。魔力によって刃を形成する特性を、アルマによって代替する。
かつて、水帝スペルビアを一撃で屠った技。
それを、あの時よりも遙かに上回る出力で放つ。
「アルマ――――レイブッ!!!」
放った黄金の槍が、シャンハイズの胸元を貫いた。
シャンハイズの首が飛ぶ。血を吹き出し、体勢を崩す。
滑りながら春秋はシャンハイズの後ろに回り込み、様子を伺う。
春秋の予想が正しければ。
「――――死なぬ。死なぬ。死な死な死な死死死死死死ななななな」
シャンハイズが呪詛のように呟いた。ちぎれた胴体から首が生えてくる。
っち、と昂が舌打ちする。黒兎は吹き飛んだ首へ視線を向けて、春秋の意図を察した。
ごろん、と砂浜に沈む首。それはもう何の反応もしていない。胴体には新たな首が存在しているからか、シャンハイズの機能として必要ないと判断されたのだろう。
「黒兎っ!!!」
「理解したっ!!!」
「あ? ――――あー、なるほどな」
春秋の叫びに応えた黒兎。二人のやり取りを見て昂も察する。
距離を取った春秋に合わせて二人がシャンハイズに迫る。今度は守る為の戦いではなく、攻める為の戦いだ。
そんな三人を【物語の管理者】は愉快げに眺め、ふと気まぐれに視線を桜花に向ける。
桜花は、ずっと見ていた。春秋たちの戦いではなく、【物語の管理者】の一挙一動を。
当然だ。これから春秋たちが何をしようとしても、【物語の管理者】が動けば全てが台無しになる。
だからこそ、桜花は【物語の管理者】を監視していた。
「安心するといい、春秋の成長を邪魔するなんて野暮なことはしないよ」
【物語の管理者】はそう呟くと、小さく万歳して桜花に無害をアピールする。
桜花はそれでも【物語の管理者】から目を逸らさない。
その視線の意味に、誰も気付かない。
(アルマ・レイブではやっぱり決定打にはならなかった。威力が足りなかった――も一因か。首を落とすには十分だったが、【無尽】を乗り越えられるほどのものではなかった)
もちろんアルマ・レイブという技が弱いわけではない。星華島を飲み込もうとした津波すら両断した一撃を数倍にした技が、弱いわけではない。
足りなかったのは、そう。
「春秋、時間を稼げば良いな?」
「時間っつーより確実性が欲しい、だから昂のほうが適してる!」
「だそうだ。わかっているな篠茅昂!」
「わかってるっ!!!」
今度の昂はアライバル・マテリアとして全力でナノ・セリューヌを放出する。
親友より受け継がれた心臓がうなり声を上げる。これまでのマテリアル・アルバートでは出来なかったことすら可能となっている。
「行くぞ、奏――――――」
昂の背中から百の腕が生える。鋼鉄の腕、奏が、マテリアル・ソウが最初に昂を倒した技。
「『百腕降雨』――」
無数に繰り出される拳。しかしてそれはシャンハイズに物理的なダメージを負わせるためのものではない。
腕が多様に変形する。それらは鎖。
鋼鉄の鎖となってシャンハイズの身体に巻き付いていく。
「ウサギちゃん、やれるか!」
「俺を誰だと思っている!」
昂の背中、百腕降雨の基点目掛けて黒兎が拳を放つ。
触れた箇所から漆黒が伸びる。百を超える鎖の全てに、黒兎の死の力が付与されていく。
鎖を伝って死の力がシャンハイズに流れ込む。
しかしてそれはシャンハイズを殺すためのものではない。
黒兎が【殺す】のは、鎖を破壊しようとするシャンハイズの肉体の一部だけだ。
黒兎の力は【殺す】ことしか出来ない。
昂のように精神面に作用するのであれば、もっと多様な手段を選ぶことが出来ただろう。
故に、極限まで力を抑え込んだ。死を与えるというより、死に近づけて勢いを弱めるためだけのもの。
「きさ、ま。きさまららららら、邪魔を、じゃじゃじゃじゃまをおおおおおおおおおおお」
足を止めたシャンハイズが咆える。怒りに囚われ、尽きぬ怒りに振り回されるシャンハイズ――ティエンを見つめて、春秋は心の底から溢れる感情を言葉にする。
「お前の憎しみは、俺が背負う。管理者に利用されたその悲しさを、空しさを、全部引っくるめて」
右の腕をシャンハイズに向ける。右腕が黄金に輝き、春秋の体内をアルマが駆け巡る。
かつてはもっと仰々しい名前でその技を呼んでいた。
あの時は、対象にアルマを注ぎ込んで内部から破裂させる技だった。
しかし今度の技は違う。あの技すら効率が悪いと考えていた春秋は、更なる必殺技を構想していた。
奏との戦いで、アルマの使い方を把握した。
桜花への愛を再認識して、溢れる想いの使い方を理解した。
今の春秋に出来る、最大最高の極限技。
動作は単純。右腕にアルマを集わせて、限界まで集約させる。
そして、指向性を与える為に伸ばすように手を突き出す。
放たれるは春秋の中で蓄えられていた黄金の炎。
その威力は、他の追随を許さない。
圧倒的なまでの破壊の力。
存在全てを飲み込む、地上に現れた恒星。
「アルマ・フレア」
アルマ・テラムは使用できるアルマを全て身体能力向上にあてがった技だ。
それとは異なり、アルマ・フレアはアルマ・テラムや身体の再生にすら使うアルマの全てを消費して放つ大技だ。
防御を、回避をかなぐりすてて放つ、文字通りの『必殺』技。
「――――――――お、お、お、お、お、おオオオオオオオオオオオオオオオ」
極大の炎が、シャンハイズを飲み込んだ。
焼失していく身体。
たちどころに再生していく身体。
けれど、再生した瞬間から焼失していく。
焼失と再生の応酬を許さない。再生が間に合わない。それほどまでの超出力。
それだけではない。
アルマ・フレアは命の炎そのもの。
飲み込んだ全てを燃やし尽くし、生み出されたエネルギーすら利用して焼失を行う。
如何に【無尽】の再生力といえど、再生する欠片すら利用されては敵わない。
春秋は、【無尽】の機能について転げ落ち見捨てられた首を見て推察した。
【無尽】とは、機能している肉体を中心に行われる。
恐らくだが、身体の一部でも残っていれば再生するだろう。
その推察には自信があった。
何と言っても【無尽】を設定したのは性悪の【物語の管理者】、それくらいはするだろう。
だからこそ、【無尽】が機能しないレベルで全てを飲み込んだ。
塵の一欠片すら残さず燃やし尽くす。
昂では出来ない、黒兎にも出来ない。誰にも出来ない超・超出力。
それが、アルマ・フレア。
――――【物語の管理者】が望んだ、春秋だけがたどり着ける極致。
アルマ・フレアが役目を終える。
残されたのは、破壊の跡だけ。
星華島の砂浜は大きく抉られていた。
アルマ・フレアの一撃によって砂浜は焼失し、出来上がったクレーターに海水が流れ込んでいく。
塵一つ残らず焼失したシャンハイズ――ティエンを思いながら、ユリアは涙を堪えて小さく呟く。
「……ゆっくり休んで、ティエン。シャンハイズのみんな」
シャンハイズの面々を知っているのは、ユリアとフーだけだ。
だからこそ二人は、彼らを偲んで黙祷を捧げる。
星華島に一瞬の静寂が訪れる。しかしその静寂は、ゲスで性悪な高笑いによって破られる。
「それじゃあ春秋、第二ラウンドと行こうじゃないかぁっ!!!」
気付けば、【物語の管理者】が移動していた。
その手に持っていたのは、落ちて機能を停止していたティエンの首。
邪悪に表情を歪めながら、【物語の管理者】は首から耳を引き千切った。
なにを、と誰かが呟くよりも早かった。目にも止まらぬ速さでというべきか、瞬間移動というべきか。
【物語の管理者】は、フーの首を抱きかかえていた。
気付いた時にはもう遅い。フーは決死の抵抗とばかりにユリアを突き飛ばす。
どうしてその選択をしたのか、フーはわかっていない。
けれど、そうしなければならないと身体が勝手に動いていた。
それだけは、【物語の管理者】にも少しだけ予想外の一手ではあった。
だがしかし、問題ない。
【物語の管理者】はそのままに、引き千切っておいたティエンの耳をフーに飲み込ませて――――。
「なんでフーが星華島に向かったのを見過ごしていたと思う? 戦況に変わりがないから? いいや違う。全てはこの瞬間だよ。仲間になってくれたと、自分を信じてくれた優しい優しい初恋の青年がさあ――――むざむざ利用されるために泳がされていたらどういう表情をするかな~~~~~~と思ってねぇぇぇぇぇぇぇぇ」
「お、じょう―――」
「さあ、フーの身体を使って蘇れ、無尽神帝シャンハイズっ!!!」
肉体を突き破って、腕が生える腕が生える脚が生える先ほどと同じ体躯を再現していく。
違うのは顔と身体付きだけだ。シャンハイズを形成する要素はそのままに、今度はフーを依り代に無尽神帝シャンハイズが再出現する。
「変化が完了する前に仕留めれば間に合うはずだ、ウサギちゃん、春秋!!!」
昂の咄嗟の判断により、二人は砂浜を蹴って走り出す。
しかし、春秋だけは動けないでいた。
それはアルマ・フレアを使ったことによる反動。
アルマ・テラムよりもさらに炎を消費したことにより、今の春秋は消耗しすぎた。
アルマ・フレアの二発目を放つどころか動くことすら叶わない。
絶望の空気が広がっていく。緊急事態を前にして、黒兎は己が役目を自覚した。
「成る程な。俺を招いた理由はこれか、【物語の管理者】」
その呟きは、【物語の管理者】にだけ届いた。
狡猾な笑みを見て、黒兎は舌打ちを一度だけ。
「――――良いだろう、見せてやろう。魅せてやろう。昏き世界に生まれ堕ちた神に出来る、今は俺しか出来ない極致を」
足を止め、闇の翼を広げる。両手の指を絡め、時守黒兎は禁忌を犯す。
「空想上塗」
それは、世界を侵し、世界を導く禁断領域。
セ
カ
イ
ガ
カ
ワ
ル




