第十一話 前を向いて、笑顔の花を
「では第三の問いだ。お前は『死』についてどう定義している?」
意地の悪い質問だな、と心の中で毒づいた。
もちろん管理者の真意はわからない。けれど彼女は炎帝イラとの戦いを見ていた。
故に、春秋が死なない――ないし、死にがたい存在であることを知っている。
そんな存在が抱いている『死』の定義。
春秋自身、自分がどうすれば死ぬかはわからない。自死について考えたことはないし、死ぬつもりは毛頭無いからだ。
けれど、だ。
「……死とは、停滞だ。物理的な意味では心臓または脳が機能を停止している状態。概念的な意味では二度と動かない、と言うべきか」
「ほう」
「時間が止まる、とも言える。死者、ないし死者に縁が近かった者ほど『時間が止まった』と揶揄する者がいるほどに。故に死は、歩みを止めてしまった、と俺は定義する」
「なるほどね。うんうん、なるほどだ」
先ほどまではにやにやと不愉快な笑みを浮かべていた管理者が表情を変えている。
しきりに何度も頷くと、テーブルの上に置いていた本に手を伸ばした。
ペラペラとページをめくり流し読む。それに何の意味があったのだろうか、すぐに本を閉じてしまう。
組んだ手の上に顎を乗せて、春秋に微笑みを向けた。
「お前の死生観は概ね理解した。三つ目の質問に一つだけ補足してもいいかい?」
「早く済ませろ」
「ありがとう。――では、異界より現れた君は何を持って終わりを迎える? 聞くところによれば君は旅をしていると聞いた。その旅は、どんな終わりを迎えるのかね?」
「――――……俺は、願いを叶えたいだけだ。その願いが叶う時こそ旅が終わる時。それは死ではない。だが、俺の歩みは確実に終わる」
「ほう」と管理者は興味深く頷いた。席を立ち上がると、背後の本棚に向き合って本を三冊手に取った。
「君は物語において死別を重要視していない。かといって物語を読む、という観点において死があるかどうかは気にしていない――いや、死があったところで、物語にとって意味があるなら必要なものだと割切るタイプだ。ならばこれらの物語を好むだろう」
「……そらどーも」
受け取った本を小脇に抱えて席を立つ。ちょうど桜花も資料室から出てくるところだった。
「お話は終わったんですか?」
「ああ。実に有意義な時間だった。新たな者との交流は創作意欲を刺激してくれる」
「ふふ。それじゃあ私たちはお暇しますね」
「返却はいつでも構わないよ」
管理者に見送られ図書館を出る。シン、と静まりかえる校舎を歩きながら誰もいない校庭を見下ろす。
「管理者さんはどうでしたか?」
「つかみ所のない気味の悪い奴」
「ふふ。あれで可愛いところもあるんですよ?」
「興味が無い」
「もう。春秋さんはもう少し周囲を気にした方がいいですよ?」
「お前が明らかに躊躇って瓦礫を片付けてる奴らに声をかけなかったこととか、か?」
「……むー」
気付かれていたのがショックだったのか、はたまた恥ずかしかったのか。桜花はほんのりと頬を赤らめつつも威嚇するように唸る。
「俺が昨日言ったことを気にしているのならそれこそ時間の無駄だ。俺の言葉に惑わされるほどお前は弱い人間じゃないだろうに」
「それは……でも、的を射てたのは事実です」
「それでお前が声をかけるのを渋ったら慕っている者たちは別の意味で不安を抱えるだろうに。聡明なくせに人の機微には鈍感か?」
「……あれ、春秋さん今もしかして褒めてくれました?」
春秋の言葉に少なからず気遣いを感じたのか、表情の花が咲いた。
「そんなわけないだろう」
「あいたっ」
こつん、と優しく桜花の頭を小突く。傷付ける意図は一切無く、ただただ桜花の言葉を戯れ言と解釈しての行動だ。
それが桜花にとっては嬉しかったのか、小突かれたと言うのに赤らんだ頬のまま「えへへ」とはにかんだ。
「小突かれて喜ぶとか変な奴だな」
「そうですか? 少しでも春秋さんが親しくなってくれてる感じがするんですよ」
「……変な奴だ」
階段を降りて校庭を通り過ぎる。
まだ作業を続けていた少年たちを見つけると、今度は桜花が声をかけた。
「お疲れ様です。日差しも強いので、しっかり休んでください」
「あ、四ノ月さんお疲れ様です!」
「それと……炎宮さんっすね! お疲れ様です!」
桜花たちに気付いた少年が春秋にも声をかける。興味なさげに顔を背けるが、桜花はそんな春秋を見て微笑みを返す。
「炎宮さんの戦い、見てました。島を守るために怪我までして……ほんと、本当に凄かったです! ありがとうって言いたくて!」
「別に感謝されたくて戦ってるわけじゃない。気にするな」
「それでもです! 防衛隊の誰よりも、炎宮さんの戦いが凄かったんです。かっこよかったです。炎宮さんは俺たちのヒーローですよ!」
「そうか」
「春秋さん、照れてるだけだから気にしないでくださいね?」
「誰が照れてるって?」
「あいたっ」
桜花がこそっと呟いたことへすかさず小突いてツッコミを入れる。
照れているわけではないのは事実だ。春秋からすれば島民に何を言われようが気にしないし、好かれようと嫌われようと興味のないことだ。
ただ桜花からすれば島民に好かれて欲しいのだろう。だからあのようなフォローを入れたのだ。
「さっさと行くぞ」
「はい。それじゃあ皆さん、頑張ってくださいっ」
「ありがとうございます!」
今日は頭を下げなかった。明らかに春秋の言葉を意識しての行動だが、今度は桜花も言葉を交わした少年たちの笑顔を見ることができた。
「……みんな、笑顔でしたね」
「そうだよ。お前が今まで頭を下げていたから見れなかった笑顔だ」
「春秋さんの言うとおりでしたね」
「俺はお前が頭を下げて苦笑いした顔を見ただけだ」
「……ありがとうございます」
ちらりと桜花の方を向くと、今にも泣くのを堪えて微笑んでいた。
今までの自分の行動を振り返って悔やんでいるのだろう。それでいて泣くつもりもない――島民に向けるのは笑顔なんだ、と。
ぎゅ、と桜花が春秋の腕に抱きついてきた。どうした、と見下ろす春秋に対して、桜花は上目遣いで抱きしめる力を強める。
「ぎゅ、ってしたくて……だめですか?」
「暑苦しい」
「少しだけ……十秒、十秒で良いですから……」
「……めんどくさい奴だ」
あと十秒という言葉を信用した春秋は、咎めず少しだけ歩調を緩めた。
桜花はそんな春秋の腕に頭を乗せ、ほんの一瞬だけ目を閉じて身を委ねる。
きっかり十秒で桜花は離れた。軽くなった腕を軽く振り回し、いつも通りの歩調に戻す。
もう用事は済んだろうと帰路を歩む。出遅れた桜花は春秋の数歩後ろを歩く形となった。
それが桜花には幸いした。いつも以上に頬が真っ赤に染まっていたことを、春秋に気付かれなかったのだから。




