第百九話 尽きぬ怒りのレクイエム
「お、来たぞ来たぞ」
姿を現した黒兎にフーが声を掛ける。
星華島の海岸にはフーを始めとした面々が待機していた。
その中にはユリアもいる。
すでに星華島を包囲していた艦隊は撤退し、桜花を守る為の星華島と連合軍との戦いは終了した。
以降はもう、神のみぞ知る。
桜花を守る為に、全戦力を迫る神帝にぶつける。残り二人の神帝を、【物語の管理者】を退け、八日目を迎える。
仁が、シオンが、昂が、ユリアが、桜花がこれから襲来するであろう神帝を待ち受ける。
桜花を避難させておく選択肢もあった。
けれど桜花が望んだのだ。どのみち彼らが敗北すれば死ぬのだから、せめてこの目で見届けたいと。
「そんで黒兎さんよ、ぶっちゃけ神帝って奴はどれくらい強いんだ?」
「断言して良いのなら、俺と篠茅昂、春秋以外は足手纏いということだ」
黒兎の言葉に仁とシオンが眉間にしわを寄せる。自分たちも桜花を守る為に死力を尽くすつもりなのに、前提から戦力として見られていないのだ。
文句を言いたい気持ちもあるが、黒兎が断言しているのだから反論の仕様が無い。
「夢幻神帝ファントメアは篠茅昂と相性が良すぎた。故に単独撃破を可能としたが――――シオン」
「なんですか」
「お前もよく漫画とかを読むからわかるだろう。こういう展開で二番目に出てくる敵が最初の展開より弱いことなどあるか?」
「……言われればそうですが、でも、だからといって――」
「逆だよ逆。ウサギちゃんは説明が悪い。天才のくせに口が下手。いいか、ファントメアを俺が倒せたってことは、次の相手は絶対に俺の力が通用しない相手が来る。当たり前だ。同じ戦法が二度通じる戦いなんて、【物語として面白くない】」
「そんな――そんなくだらない理由で、戦いが決まるんですかっ。そんなの、ボクたちをどれだけ馬鹿にしているのか!!!」
「馬鹿にしてるとかそういう次元ではない。【物語の管理者】の視点は俺たちと異なる。あいつからすれば俺たちはただの登場人物だ。この台詞も、立ち位置も、状況も、何もかもがあいつの空想の産物だ」
言葉にすればするほど人知の及ばぬ存在である。想像も妄想も創造も普通の存在が知覚出来るわけがない。
この戦いは、気まぐれな物書きがページを破るのと同じだ。
自分が望む展開にするために、自分が面白いと思える展開のために誘導されているだけだ。
だからといって、はいそうですかと納得出来るわけではない。
「ボクたちは今を生きています」
「そうだな」
「ボクたちの人生は、誰かのものではありません」
「そうだな」
「っ……ボクたちは、ボクたちは…………!」
「だからこそ、戦うんだ。勝てないかもしれなくても、抗うんだ。過去の俺もそうやって抗って、今もこうして戦うと決めている」
黒兎や桜花の予想を大きく裏切って、春秋が戻る。
その表情は晴れやかなものであり、迷いを断ち切ったことを確信する。
「春秋さんっ」
「春秋、記憶は」
「まだだ。でも、急ぐ必要がなくなった。自信を取り戻したというか――」
駆け寄ってきた桜花を春秋が抱き締め、顎を持ち上げてキスをする。
これにはさすがの桜花も面食らう。頬を赤くしつつも、すぐに春秋からのキスを受け入れた。
「記憶の有無なんて関係ない。『今』の俺が桜花を守りたくて、桜花からの愛に応えたくて、桜花に愛を注ぎたいんだ。過去の記憶とか過去のしがらみよりも、『今』を大事にしたい」
「そうか。それがお前の選択ならば尊重しよう。――そもそも、命の炎を扱えるお前に過去の記憶など必要ないからな」
黒兎と昂は知っている。【今回】の春秋こそが、もっとも管理者に刃を届かせる可能性が高いことを。
それを口にしないのは、言葉にしてしまうことで不用意な油断を招いてしまうかもしれないから。
春秋のことは信用している。だからこれは、杞憂でしかない。
けれど、けれど、けれど。
彼らは春秋と同様に大切な人を奪われている。何度も何度も【物語の管理者】に挑み敗北している。
十全に万全を期す。それが彼らが決めていることだ。
「見せつけるのはいいんだが……んで、二人目の神帝ってのはどんな能力なんだ?」
ようやく仁が口を開いた。
苦笑いをしながらも、春秋と桜花を見守る表情は微笑ましい。
「推測だが――俺のベンヌも篠茅昂のカオス・ヘリアルも有効打にならない相手だろうな」
「ま、そうだろうな」
黒兎の推測に昂も同意する。二人は【物語の管理者】をよく知っているからこそ、その性格の悪さも熟知している。
苦々しい表情になるのは仁とシオンだ。そんな二人を不安にさせまいと、黒兎は微笑を浮かべながらシオンの頭を優しく叩いた。
「安心しろ。お前たちは桜花を守っていれば良い。戦うのは俺たちの役目だ」
黒兎は仁とシオンを足手纏いだと言っているが、本当のところは違う。
黒兎と昂の力はそれぞれが特異すぎる。触れれば命を奪うベンヌ、対象を歪ませるカオス・ヘリアル。
春秋は命の炎によって自分自身を守ることが出来る上に、炎のコントロールも出力も二人より圧倒的に優れている。
三人が限度なのだ。ベンヌと、カオス・ヘリアルに巻き込まないために。
昂もわかっていて言葉にしない。そもそも協力して戦うこと自体あまり得意ではないが。
「無駄話はそれくらいにしておこーぜ、ウサギちゃん」
「――――来たか」
気配を感じた昂がシオンたちを下がらせる。フーはユリアの傍に控え、状況を見守るつもりだろう。
春秋と黒兎と昂が並び立つ。
【物語の管理者】が定めた、この物語における【絶対】というルールを約束された力。
無限変換炎熱機構:|命の炎【アルマ】。
死すら支配する刻の守人:死刻の闇【ベンヌ】。
過剰増殖機皇帝:カオス・ヘリアル。
三者三様の特異たる力を携えて。
――――これみよがしに、海岸線に《ゲート》が展開する。
空間に罅が入り、こじ開けるように"神帝"が姿を現した。
その人物は、ユリアとフーにとって既知の人物で。
二人が知る『彼』とは全く異なる異質なる存在へと果てていた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ」
シャンハイズが一席、ティエン。
しかし、今は異なる。
六本の腕に六つの大剣を握り、巨躯を支えるのは四つの脚だ。
それは、もはや人と言うには異質すぎて。
「黒兎」
小さく、ユリアが呟いた。縋るように、願うように。
「これが、【物語の管理者】のすることなの? お祖母様を殺して、ティエンまでこんな風にして……」
「おい、ふざけんな。ふざけんなよティエン! ババアを殺した奴の軍門に下ってるんじゃねえぞ!?」
ユリアの願いに黒兎は応えない。わかっているとばかりに構え、誰よりも速く先陣を切った。
黒兎はこの場の誰よりも、人の尊厳に敏感だ。
命を奪う神だからこそ、命の尊さを理解している。
故に、誇りを踏みにじる【物語の管理者】の愚行を彼は許さない。
「春秋、昂、援護しろっ!!!」
「ああ!」
「しょーがないウサギちゃんだぜぇっ!」
狙うは一手。様子見を兼ねて黒兎はベンヌの力を最大に引き出す。
敵は神帝。ベンヌによって殺せぬ者など存在しない現状において、能力を調べるのにこれ以上のものはない。
春秋と昂が左右から攻め入る。黄金の炎と鋼の爪がティエンを囲む。
ティエンは声にならない雄叫びを上げながら炎と爪を受け止め、振り払う。
「燃え尽きろッ!!!」
「【歪め】!!!」
春秋と昂もまた、一撃必殺の力を繰り出す。
黄金の炎が二つの剣と腕を飲み込み焼失させた。
理すらもねじ曲げる力が剣と腕を物理的に歪ませ、ねじ曲げ、引き千切った。
そこに攻め入るは一撃致死の黒兎だ。
「■■■■■~~~~~~~!!!」
「命を奪い尽くせ、ベンヌッ!!!」
黒兎が繰り出した拳を受け止めようと残された二振りの剣が振り下ろされる。
しかし死の力を宿した拳の前に剣は砂よりも脆く崩れた。
黒兎は勢いを殺すことなくもう片方の拳でティエンの腹部を貫いて。
――――ティエンを【死】が貫く。
黒い罅が全身を犯す。
命の炎でなければ相殺することが出来ない不条理なる力。
春秋はわかっている。これで終わる相手ではないと。
昂はわかっている。この程度で終わる戦いではないと。
黒兎は誰よりもわかっている。触れた相手が、死んでいないことを。
「――――――――尽きぬ」
猛獣の咆哮を上げていたティエンの口から、冷静な言葉が零れ出た。
気付いた三人はすぐに距離を取り、それと同時にティエンを中心とした爆発が起きる。
「尽きぬ、尽きぬ、尽きぬ尽きぬ尽きぬ尽きぬ尽きぬぬぬぬぬぬぬぬぬ。殺す、必ず殺すために。貴様全てを滅ぼせば、私は管理者を殺せるのだから。ここで朽ちるわけがない。ここで尽きぬわけがない。私は、ワタシは、ワタシはあああああああああああああああ!!!」
爆発が威力を失い、爆風の中からティエンが姿を見せる。
その姿は健在だ。
燃え尽きたはずの二つの剣と腕が。
ねじ曲がったはずの二つの剣と腕が。
死のルールを押しつけられた二つの剣と腕が。
受けたダメージの全てが癒えている。
何のダメージも蓄積されていない。
それがティエンに与えられた神帝の力。
「そう、これこそがぁ! 【無尽】神帝シャンハイズぅぅぅぅぅぅ」
天空から高らかに不快極まりない声が聞こえてくる。
姿を現すは黄金の少女の皮を被ったありとあらゆる物語の怨敵。
【物語の管理者】その者が、星華島に舞い降りた。
「さあシャンハイズ、私が納得する結果を見せておくれ。そうしたらお前に私を殺すチャンスを与えてあげよう。憎いだろう? 神薙マリアを、他のシャンハイズを騙して殺した私が。憎いだろう? 憎いだろう? 憎いだろう~~~~~~~???」
「憎い、憎い、憎い憎い憎い憎い憎いあああああああああああああ尽きぬ尽きぬ尽きぬ溢れる溢れるこみ上げる、殺意が憎悪が止まらないイイイイイイイイイイイ!!!!!」
ティエン――シャンハイズの身体から更に二本の腕が生える。腕から刀が生える。
憎しみの篭もった瞳を【物語の管理者】にぶつけながらも、八つの刃は春秋たちに向けられている。
「どうする春秋。
死すら届かぬ無尽の命、
歪みすら寄せ付けぬ殺意の塊、
復讐を成し遂げるために全てを捨てた復讐鬼
さあ、私に魅せてみろっ!!!」




