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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第百七話 五日目 記憶を手に入れる為に




「ここが管理者と会っていた図書室だが」

「……学園に空間を繋げていたとはな、盲点だった」


 春秋が案内したのは管理者と語り合っていた図書室だ。


「四ノ月桜花、間違いないな?」

「はい。私はここで【読者】の力を使用して、星華島の物語(みらい)を読んでいました」


 黒兎が確認し、桜花が頷く。扉を開け、誰もいない図書室は物音一つしない。

 桜花が資料室を指さした。そこは春秋と管理者が談笑している間に桜花が篭もっていた部屋。

 資料室の前に立った黒兎が扉に触れる。


「やはりな。ここから先は管理者の世界に繋がっている。……四ノ月桜花、よく無事に過ごしていたな」

「管理者さんは目的が叶うまでは良好な関係を維持していました。その時は、私はあの人にとって排除対象ではなかったので」


 扉を開けようとするが、開かない。どれだけ力を入れてもびくともしない。


「開かないのか?」

「当然だ。ここから先は本当の意味で管理者が活動する世界。……春秋、お前は物語を好んで読んでいたな?」

「ああ、暇つぶしにな」

「物語の登場人物たちが作者の世界に干渉出来ると思うか?」

「無理だろ。創作物と創造主の関係だ」

「そういうことだ。奴は創造主で、俺たちは創作物だ。だから普通の手段であの世界に干渉することなど出来やしない」


 黒兎はかみ砕いて説明する為に指で自分の頭をコンコンと突く。


「俺たちの世界は本の中。そして【物語の管理者】がいる世界は文字通り次元が違う。わかりやすく例えるのなら、脳の中で創られた妄想だ」

「そりゃ…………」


 言葉にされて改めてその意味合いに苦笑いが出る。

 スケールが違う。神が世界を創ったとかそういうレベルの話だ。

 世界の摂理たる神に挑む物語ですらない。


 今、自分たちは自分たちを生み出した世界に足を踏み入れようとしている。


「俺に出来るのはこの扉を破壊し、お前を管理者の世界に送り込むことだけだ。当然何かしらの妨害はあるだろうが」

「そこに、俺の過去がある」

「春秋の過去だけではない。【物語の管理者】が生み出してきた全ての物語が存在する。果てしないほどの想像の産物がな」


 さらに、黒兎は付け加える。


「そこは時間の概念も何もかも、俺たちの知っているモノと異なると考えておけ。俺も一度だけ足を踏み入れたことがあるが――正直に言って、俺ですら理解出来なかった。理解出来ず、どんな世界だったかも覚えていられない……そう感じるほど、俺たちと管理者は存在が違う」


 再三、警告する。黒兎が春秋の記憶を取り戻すことを渋っていた理由はそこだ。

 桜花を守る為に春秋が必要だが、その春秋が不在のまま七日目を迎えてしまっては元も子もない。


「春秋さん」

「大丈夫だ桜花。すぐに戻ってくる。というかすぐに戻ってこれる。そんな気がする」


 根拠のない確信だが、春秋は自分自身の感覚を信じている。

 長い旅を終える為に。桜花とこれからの人生を歩むために。幸福に満ちたハッピーエンドを迎えるために。


「黒兎、頼む」

「わかった」


 未だ開かぬ堅牢なる扉を前に、黒兎が手を翳す。

 放つように、手のひらを扉に向けた。


「不死ノ鳥、生命(いのち)ノ鳥、死者ノ王、生者ノ奴隷」


 言葉を紡ぐ。本来黒兎はベンヌの力を行使するにあたり、特に言葉を放つ必要性はない。

 だがこれは世界のルールを壊すための力だ。自らを追い込み高める為に必要なものは全て使わなければならない。


「天に開闢、冥府に終焉、狂うことすら罪とする。我は死を司る頂点にして、時を告げる象徴である」


 黒兎の言葉に従うように扉が軋む。

 冷や汗を掻く黒兎だが、目を見開くと同時に手のひらが漆黒に染まる。


「開け、宵の道。我に従わざるは不遜の証明、如何にルールの支配であろうと、我もまたルールである――――」


 音を立てて扉が開いた。向こう側に広がるのは、乱雑に散らかった本の山。

 『向こう』こそ、管理者の世界。

 本来であれば何人たりとも入ることの許されない禁断領域。


 足を踏み入ることが出来たのは、その世界に繋がる入り口が存在していたから。

 管理者の許可を必要とする扉は、ベンヌによって『殺』されたことによってその機能を失っている。


「――行ってくる」

「春秋さん、待ってます。絶対に待っていますから、どうか、お気を付けて」

「任せろ桜花。お前の為になら俺は世界だって敵に回す。生みの親だって何だって、全部否定してやるから!」


 そして春秋は、管理者の世界に飛び込んだ。

 限界だとばかりに黒兎が膝を突き、強引に開かれていた扉が閉じられる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」

「……黒兎さん、春秋さんは大丈夫ですよね?」

「大丈夫かどうかはお前が信じることだ。お前が信じないで誰が春秋を信じる?」

「そう、ですよね」


 桜花には一つだけ、懸念していることがあった。

 春秋は目的の為に手段を選ばない。こと桜花が絡めば尚更だ。


 桜花は自分の物語を全て識っている。

 識っているからこそ、春秋に思い出して欲しくない物語も存在する。


 お互いがお互いを求め合うからこそ起きた悲劇を。

 片方が片方を取り戻す為に全てをかなぐり捨てる悲劇を。


 ――――春秋が全てを取り戻した時、今の春秋のままでいる保障がない。


 桜花は信じることしか出来ない。信じているが、それでも不安なのだ。

 不安。そう、不安なのだ。


 春秋は目的の為に手段を選ばない。

 それはそう、つまり。


 桜花を守る為ならば、自分の何もかもを捨ててしまえるということで。


「お願いします、春秋さん。私は、あなたがいないと幸せになれません。だから、だから……」


 そして桜花は、祈り言葉を紡ぐ。

 最愛の人と共に生きる未来を見つめて――――。

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