第百三話 四日目 神帝、進軍
【物語の管理者】が起こした戦いは四日目を迎えた。
三日目にして春秋・桜花の奮闘により国連軍は事実上壊滅し、戦線の維持は不可能と推測される。
【物語の管理者】側の戦力は、シャンハイズ、そして三神帝ということになる。
最も、ユリアはこの時点でシャンハイズを脅威として排除した。
筆頭戦力であるフーが星華島に協力し、もう一人の最大戦力であるティエンはシオンによって撃退したのだ。
シャンハイズは確かに強力な相手だが、ティエンを退けたことがユリアにとって大きな自信になる。
三神帝がどれほど強力であろうとも、春秋をはじめとしたリベリオンであるなら妥当できると信じている。
これなら、勝てる。桜花を七日間守りきれる。
そんなユリアの勝利のヴィジョンは、崩れ去る。
――――異変が、起きる。
「ユリア様、西海岸に展開している部隊から応答がありません!」
「すぐに確認して。国連軍はもう動けない筈だし、シャンハイズが乗り込んできている可能性もあるわ!」
「了解で、――――!?」
ユリアの指示に従ったオペレーターが急に力を抜いて倒れ込む。勢いよく机に頭をぶつけてしまうが、ピクリとも動かない。
「ユリアさん、東の、部隊――」
「北、が」
「各所からの、連絡、も」
「ど、どうしたのよ!?」
本部のオペレーターたちが次々に倒れていく。慌てて駆け寄ったユリアが抱き起こすと、静かな寝息が聞こえてきた。
「寝てる? そんな、いきなり……まさか、魔法……っ!?」
ぐらり、とユリアも身体から力が抜ける。
抗えないほどの重い睡魔に襲われる。視界が霞み、意識が途切れ途切れになる。
懸命に力を込めて机にしがみつく。
モニターには島の各所に設置されたカメラからの映像が映っている。
『おい、ユリア。反応しろ、ユリア!!!』
「はるあ、き……」
モニターの一つから春秋の怒号が飛んでくる。普通であれば目が覚めるような大声だが、重すぎる睡魔にはとても抗うことが出来ない。
意識を手放してしまう最後に見た光景は、春秋と桜花が本部に向かって呼びかけを続けている光景だ。
守りたい、守らなければならない二人。
守りたいのに――――――――……。
「っ……」
そしてユリアは意識を失う。静かな寝息を立てながら、夢の世界に堕ちていく。
星華島の各所でも異常が発生していた。少年少女たちは誰もがその場で意識を失い眠ってしまっていた。
まだ陽の高い時間であるというのに。
シオンも、仁も、黒兎も、奏も、リベリオンの面々ですら眠りに堕ちてしまった。
それこそが、夢幻神帝ファントメアの本領。
あまねく全てを夢に引きずり込む、常識では考えられない領域の術式。
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「起きろ、起きろ、桜花っ!!!」
「……ん、あれ……春秋さん……?」
桜花もまた眠りに落ちていたが、聞こえてきた春秋の声が強引に意識を引きずり起こした。
「よかった……意識は大丈夫か?」
「はい、問題ありません……えと、寝てました?」
「俺の腕の中でものすごく気持ちよさそうにな」
「あうう。春秋さんに寝顔を見られてしまうのは……恥ずかしいのですが……」
ほんのりと頬を赤らめる桜花の頭を撫でる。
異常事態だというのにあまりにも緊張感がない。
とはいえ桜花も事情を理解はしているのか、すぐに表情を引き締めた。
「あの、春秋さん。なんか頬が熱い気がしますが……」
「起きなかったからな」
「あの」
「起きなかったからな」
「何をしたのかくらい教えてください……~~~っ」
桜花はすぐに顔を真っ赤にしてしまう。それくらい春秋が起きていて桜花が眠っていたという事実が普段では絶対に起こりえないことなのだ。
「……こほん。春秋さん、この事態は」
「以前俺が陥った、夢の世界に閉ざされている状態だろう。三神帝の一体、ファントメアの能力だな」
「私たち以外に起きているのは……」
「誰も通信が繋がらない。……状況は最悪だな」
春秋が毒づくと、路地の向こうからゆらゆらと力無く歩いてくる兵士たちの姿が見えた。
明らかに平常ではなく、どう見てもファントメアに操られている。
さて、どうしたものかと思案する。
命を奪うわけにはいかない。だが、眠っている存在から意識を奪う方法を春秋は知らない。
「足を折るくらいが妥当か。腕を折るくらいじゃ止まらないだろうし」
「……むごいことをしますね、三神帝は」
「それだけ管理者も本気ってことだろ。――大丈夫だ、桜花が気負う必要は無い。痛みも苦しみも俺が全部背負うから、桜花は俺を癒してくれればそれでいい」
「……はい」
それでも桜花は罪を感じずにはいられない。彼らにだって生活はあるというのに。
ファントメアの能力は、兵士たちから戦う理由すら奪ってしまう。
人を人とすら思っていない扱い方は、気持ちの良いものではない。
「家の中に隠れていてもいいんだぞ?」
「いえ、ここにいます。いさせてください」
「わかった。でも絶対に前に出るなよ」
「はい」
黄金の炎の中から春秋はレギンレイブを取り出して構える。
ソーディアで相手の行動を制限するにはどうしても「切断」が前提になる。
それでは全部が終わった後に障害が残ってしまう。
だからこそ、レギンレイブを槍として使用する。しかも、切っ先を使用してはいけない条件付きで。
手加減をしなければならないのは昨日の戦いでもそうだったが、規模が違う。
艦船を破壊して救助をするわけではないのだ。物理的に、人の足を壊さなければならない。
春秋は別によく知らない誰かを気にして手を緩めるようなことはしない。誰よりも愛おしい桜花を守る為なのだから、命すら奪う覚悟がある。
けれどこの戦いは同時にユリアによる弔い合戦であり、自分たちは「星華島」の戦力なのだ。
誰かの命を奪うことをユリアが由としていない以上、可能な限り命を奪ってはいけない。
「……まじか。それは骨が折れるなぁ」
「黒兎さん、シオンさん、仁さん……クルセイダースの、皆さんまで」
どんどんと数を増やしてくる兵士たちの中に、見知った顔が見えた。
黒兎、シオン、仁、フー、さらにクルセイダースの仲間たちの姿だ。
中には非戦闘員の姿も見えている。明らかに、数で押す為だけに連れてこられた様子ではない。
「ファントメアの趣味が最悪なのはわかった。後は黒兎の能力が使えるかどうかだな。あいつの力だけはやばい」
気まずい表情を見せる春秋だが、だからといって武器を収めて投降したりするわけではない。
相手が誰であろうと手を抜くつもりはない。たとえそれが仲間であり、たとえ操られているだけであろうとも。
足を折れば動きが止まる。腕を折れば攻撃することが出来なくなる。
むしろ仲間なら好都合だ。三神帝という最悪の脅威についての事情を知っているのだから、多少痛めつけても納得して貰える。納得させる。
でなければ、それくらいしなければ、止められない相手だから。
「寝てて寝言を言わないでいてくれるからまだ気楽だな。あんまり冗談を言っている余裕はなさそうだし」
「……春秋さん」
「大丈夫だよ、桜花。お前は絶対に俺が守る」
とはいえ、だ。
春秋に今の状況を打開する方法は思い付かない。ファントメアを討つことが最短なのはわかっているが、仲間たちに囲まれてはファントメアを探すのもなかなか難しい。
思案に耽るだけの時間はない。一歩ずつ包囲を狭めてくる仲間たちを前に、春秋は武器を取らざるをえないのだから。
「正直ユリアがいないのは気が楽だな。司令官を怪我させたら明日以降の士気が下がる」
「そうですね。ユリアさんも無事だと良いのですが……」
ファントメアと、ユリア。二人の何の因果関係はない筈だ。
けれど春秋の頭の隅に過ぎるのは、夢の世界で出会った不可思議なユリア。
ユリアであってユリアではない少女。
それが今の事態を解決する糸口になるわけではない。そもそもあれは夢なのだから、春秋が気にしたとしても意味が無い。
春秋が望んだ何かなのかもしれないし、あそこにファントメアが介入してきたとも思えない。
――考えている余裕はない。
「いくぞ桜花、ひとまずはこの包囲を切り抜ける」
「わかりました、微力ならサポートします!」
そして二人は、望まぬ戦いを強いられる。
――――そんな戦いを続ける中で、奏と昂の姿がないことに気付かぬまま。




