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空想のリベリオン  作者: Abel
第二章 英雄の真実 背負わされた役割
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第百二話 三日目 戦場を蹂躙する桜と黄金




 四ノ月桜花は、「春秋の為に創られた」ことを理解している。

 幾百幾千幾万の、数えることすら放棄した物語の中でずっと変わらなかった役回り。


 【物語の管理者】には目的がある。その目的についても、桜花は察している。

 それら全てが春秋を中心としていることも、知っている。


 だからこそ、桜花は【物語の管理者】の真意を春秋に伝えない。

 伝えたところで【物語の管理者】の行動は変わらないし、むしろ春秋に影響を与えてしまうから。


 桜花の目的と、【物語の管理者】の目的は限りなく同じ場所を着地点としている。

 だがそこに至る過程が違う。


 桜花は春秋の幸せを望んでいる。

 繰り返される物語の中で狂気に身を委ねず春秋を想い続けて邁進している。


 原初の物語。

 春秋と桜花の最初の物語において、桜花は既に故人であった。

 春秋の『過去の傷(トラウマ)』として創られた桜花は、ずっと春秋の心の中にいた。

 まだ人物像すらろくに形成されていない時からずっと、桜花は春秋を想っていた。


 いくつかの物語の凍結を経て、気まぐれによって桜花は春秋と過ごす物語を用意された。


 愛する人と愛し合って、支え合って、そして、引き裂かれる物語。


 春秋が、桜花を失う傷を背負わされる物語。

 春秋と共に学生生活を送る物語。

 春秋と結ばれ、彼が帰る場所である物語。


 繰り返される物語の中で、春秋と桜花は常に一緒だった。

 愛し、愛され、そして引き離される物語。


 あまりにも繰り返される終わりのないバッドエンド。

 トゥルーエンドにすら至れない終わりすら用意されない放棄と惰性の終幕の数々。


 ……桜花が【物語の管理者】の存在を理解した時、桜花は心の底から感謝した。


 春秋の全てを理解して、支えて、受け入れてあげられる存在として創ってくれたことに。

 だって、そうでなければあまりにも春秋の物語は悲しすぎるものだった。


 失う為に創られて、喪う為に歩まされて。

 壮絶という言葉で語り尽くせないほど。

 悲劇という言葉ですら生温いほど。


 『英雄』という業を背負わされた春秋を、『人』として支えてあげたかった。

 『英雄』である必要なんかないと。せめて自分の隣にいる時は、ただの人であっていいんだと。

 春秋を癒し、幸せに出来る――――幸せになって欲しい。幸せにしたい。

 結局のところ、その感情すらも【物語の管理者】によって創られたものといえばそうでしかないのだが。


 桜花は感謝した。自分がその役目を与えられたことを。

 春秋に尽くせることを。春秋を幸せに出来ることを。他の誰でもない、自分がしていいのだと。


 あんなにも素敵で、想ってくれて、優しさを向けてくれる人を、愛させてくれてありがとうと。


 桜花の目的は、春秋を幸せにすること。

 春秋をハッピーエンドに到達させること。


 ずっとずっと。

 ずっとずっとずっとずっと。

 ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと。


 ――――大好きな人の幸福を願うことは、あまりにも当たり前すぎる感情で。




 かつて篠茅昂は、桜花の想いを執念と述べた。

 それは間違いではない。桜花もこの想いを執念だと理解している。

 自分が抱いているこの想いが、【物語の管理者】の思惑を超える唯一無二の可能性である。


 桜花が【前世】の記憶を引き継いでいるのは、今回において【物語の管理者】のアプローチが前回までと明らかに違うからだ。

 【物語の管理者】の目的において、桜花の記憶が必要でもあるのだ。


 今回の物語が、自分の目的も、【物語の管理者】の目的も、全てが到達する物語だと判断していた。

 与えられた情報から推察し、考察し、そして導き出された答え。


 四ノ月桜花は選択を違えない。

 たとえ後悔することがあったとしても、最果てに春秋の幸福があるのなら。

 たとえ諦めてしまいたいほど苦しいことがあったとしても、最果てに春秋が幸せになるのなら。


 自身の想いと、春秋の考えと、【物語の管理者】の狙いを全て理解して。

 桜花は選択をする。

 春秋の為に。




  +




 三日目。

 国連軍の作戦は以前変わらず、航空部隊による制空権の奪取と上陸部隊による星華島の制圧であった。


 シャンハイズもティエン、フーがいないものの同時に参戦し、星華島を四方八方から攻め込む――つもりだった。


 けれど国連軍全域に通達が走る。

 目標である四ノ月桜花が、西海岸にいると。


 すぐに国連軍は全部隊を西海岸へ集中させる。

 今日投入する予定の部隊を集結させていく。


 水平線を艦隊が埋め尽くしていく中、桜花は透き通るような青空を見上げていた。

 今日が三日目であることを理解し、そして思わず言葉にする。


「管理者さんが【七日】と指定してきたのなら、私が死ぬとしたら七日目です。だってそうでしょう。あの人は、性格が悪い人ですから」

「だからと言ってお前を無防備にはさせない。俺は全力でお前を守り、国連軍の全てを撃退しよう」

「ええ、わかっています。最善を尽くし、今日という日を生き延びます」


 海岸線に佇みながら、桜花の視線は国連軍に向けられている。

 隣に並ぶ春秋は臨戦態勢だ。黄金の炎を全身から噴出させ、その出で立ちはまるで嵐を纏っているかのようだ。


「じゃあ桜花、行ってくる」

「はい、逐次連絡を入れます」


 春秋を見送った桜花の手には分厚い本が握られていた。本はふわふわと宙に浮かび、ひとりでにページが捲られる。

 桜花の瞳が金色に輝く。【物語の読者】の権能を行使し始めたのだ。


 セットしたイヤホンマイクに向けて、声を放つ。

 春秋は加速を続けながら桜花の言葉に耳を傾ける。


『国連軍の皆さんに、お願いがあります。これから私たちの最大戦力が一気呵成に攻め込みます。最大限の"加減"をします。だから、命を捨てないでください』


 それは精一杯の挑発で。

 海岸線にて待ち受ける桜花に向けて、国連軍の意識が全て向けられる。

 けれども、軍が動くよりも春秋のほうが速い。


 黄金の炎をはためかせ、春秋は包囲する艦隊の一つに着地した。

 武装した兵士たちが待機している艦隊だ。本拠地と言っても差し支えない場所に、春秋は単身乗り込んだ。


「な、貴様は――――」

「悪いな。お前たちに恨みがあるわけじゃないが……お前たちを排除しない限り、桜花に明日が来ないんだ。だから、徹底的にやらせてもらう!!!」


 兵士の誰かが武器を構えるよりも春秋は速く行動する。レギンレイヴ・ソーディアを甲板に突き刺し、剣先から黄金の炎を噴出させる。


 命を力に、力を命に。増幅されたエネルギーをそのまま破壊の力として行使する。

 噴出された炎は一直線に戦艦の動力部を貫いた。


『春秋さん、内部に二十人ほどいます!』

「わかったっ!!!」


 動力部を自身の手で破壊しておきながら、春秋は切り裂いた甲板から直接艦内に突入する。

 目的は兵士の排除ではなく、人命救助だ。


 炎によって動力機関を失った戦艦はいずれ沈没する。船としての機能を奪いはしたが、動力部を破壊した以上爆発する可能性は常にある。


 爆発に巻き込まれ、沈没によって失われてしまう命を先んじて【物語の読者】の権能で把握し、救助する。

 救助はあくまでも最低限だ。

 春秋が救助の為に動いた結果、【物語】の結末が変動することもある。


 桜花はその全てを瞬時に把握し、春秋に伝えていく。

 新たに出現させたもう一冊の本も広げ、本に広がる無数の文字を追い掛けながら春秋の状況を全て処理していく。


 それはあまりにも膨大すぎる作業であり、一人の人間が処理出来る能力を優に超えている。

 けれど、桜花はやり遂げる。やり遂げられる自負がある。


 桜花がこれまで使ってきた【予言】は、"星華島"か"春秋"に命の危険が訪れた時を条件として行使されたものだ。

 星華島を守る立場と、出所の説明が出来ない力である以上、公明正大に『春秋の為に予言を使う』とは言えなかった。

 だからこそ雷帝との戦いで桜花は狼狽えてしまった。自分の判断を予言に頼りすぎていたと、自らを戒めていた。


 今は違う。

 命を狙われる要因となった【物語の読者】の力で春秋をサポート出来る。


 自己満足なのはわかっている。管理者の存在を伏せていたことも、前世を知っていたことも、隠していたことのほとんどを吐露した今、桜花は身体が軽くて仕方がないのだ。


 ずっと戦えないと嘘を吐いて、誰かに命の責任を押しつけていた。

 それが今、愛する人と共に戦える。自分たちの行動に責任を負うことが出来る。


「次ぃっ!!!」


 爆発を引き起こした戦艦が沈む。

 乗り込んでいた兵士たちの脱出を確認し、春秋は次の戦艦に攻め込む。

 数分もせずに戦艦が煙を上げて爆発を起こす。


 負傷者はいても死者はいない。

 春秋が誰も死なせない。

 桜花が誰も死なせない。


『春秋さん、ブリッジに残っている人がいます!』

「頭の固そうな爺さんだから蹴っ飛ばして脱出ボートに乗せた!」

『左の戦艦が春秋さんもろとも沈めようとしています!』

「全部防いでやるよっ!!!」


 桜花は未来を【読】んでいる。言葉通りに戦艦の砲塔が向けられた時には春秋が間に合っている。

 砲塔を切り落とし、続けざまに戦艦を破壊していく。

 それもこれも命の炎によって人の限界を超えた速度で行動可能な春秋だから出来る芸当だ。


 春秋に出来る全てを把握して、最善手を選び続ける。

 誰も死なせない為に。春秋を守る為に。全てを管理者の手から守る為に。


 もちろん全てを守れるとは思っていない。だからといって、諦める理由にはならない。


「桜花ぁ、次ぃっ!」

『っ、左右から挟撃ですっ。乗員を守ることを優先してください!』

「応ともッ!!!」


 襲撃している戦艦を包み込むように黄金の炎を広げる。艦隊同士での同士討ちを防ぐ為の炎であると同時に、圧倒的戦力差を見せつける意味合いも込められている。


(次は、次は、次は。春秋さんが速すぎる。けれどペースを落としては艦隊の砲撃が私の方へ向けられる。その場合春秋さんを呼び戻さなければならない。それでは撃退が間に合わなくなる。だから考えなきゃ、春秋さんなら、春秋さんなら次にどうするか――――!)


 通話先の桜花が焦る様子を感じ取った春秋だが、敢えて何も言わずに速度を上げる。

 桜花ならば、次に自分がどう行動するかをわかっている。わかっているから、桜花を守る為に速度を落とすようなことはしない。


 春秋の想像に寄り添うように、桜花は【物語の読者】の権能に加えて自らの予測を加えて指示を出していく。


 春秋ならば次にどうするかを、春秋が行動した結果、物語がどう変化するかを予測する。

 春秋を魂レベルで理解している桜花だからこそ出来る芸当である。


 滝のように汗を流しながら桜花は自分に出来る限界を超えて指示を飛ばしていく。

 春秋は桜花の指示に応え、誰一人として死なせずに戦艦を沈没させていく。


 沈没した戦艦は既に二十を超えている。恐らくだが、そろそろ。


『春秋さん、そろそろ――』

「もう来ている!」

「お帰りなさい、すぐに――――っ」


 一瞬の帰還。誰の目にも止まらぬ速さで春秋は桜花の元に戻る。

 艦隊が落ち着きを取り戻すまでの僅かな時間。


 上陸指示を待っている兵士たちが行動を開始するよりも速く。

 待機していた全ての兵士を蹴散らして、春秋は桜花の元へ舞い戻る。


 見れば僅かに炎が弱々しく揺らめいている。

 桜花はすぐに春秋に抱きついた。春秋もそんな桜花を抱き締めて唇を重ねる。

 抱き締める力を強くして、胸に暖かな感情が広がっていく実感を得て二人は離れる。


 刹那のキス。けれど確かに胸の奥から愛情がわき上がってくる。


「よし、これで二十四時間は余裕だな!」

「いえ、今のペースなら一時間も厳しいので早めに戻って来て下さい」

「わかってるよ。桜花に嘘は吐けないからな!」


 春秋が仁やシオンよりも命の炎(アルマ)の出力が上なのは、単純に命だけを循環させているだけではない。


 命の炎は(アルマ)の出力は、契約によって捧げた代償をベースとし、エネルギーを循環させることで成り立つ。


 仁は不確定な未来を捧げアルマ・シルヴァリオを手に入れた。

 命を力に、力を命に。

 変換する度に増幅していくエネルギーはおおよそ二倍から三倍以上に膨れ上がる。


 たった三倍だ。

 けれど、それを無限に循環させている。故に瞬間的な出力のアルマ・テラムでは仁は春秋と同等の出力を引き出すことが出来る。


 シオンは確定している過去を、そしてこれから先の未来を捧げてアルマ・エーテライトを手に入れた。

 その増幅量はアルマ・シルヴァリオを大きく上回り、おおよそ五倍以上の変換効率を誇る。


 故にシオンはアルマ・テラムによる瞬間的なブーストではなく春秋のように常時的に命の炎を纏っての戦闘が可能なのだ。


 そして、春秋は。

 春秋は、命の炎と何も契約していない。

 そもそも命の炎(アルマ)とは春秋の為に創り上げられた能力だ。

 春秋が最も理解し、春秋が最も強力に使いこなすことが出来る。


 春秋は契約をせずに、命と、そして愛情を燃やして力に変えている。

 それも愛情は燃やすだけだ。循環の枠に入れていない。

 命の炎(アルマ)は循環にエネルギーを割く必要がない為に、愛情の全てを出力に回すことが出来る。


 その分春秋は定期的に桜花の元へ戻り、桜花からの愛情を注いでもらわなければならない。


 桜花を愛している感情と、桜花から愛されている二つの感情。

 どちらも無限に存在すると確信しているからこそ出来る芸当だ。


 それによって春秋の炎――アルマトゥルースが誇る増幅量は、仁やシオンとは比較にならない出力を誇る。

 その数値は、少なく見積もっても十倍以上だ。


「行ってくる。すぐに全部片付けてくる」

「はい、お気を付けて」


 そして春秋は再び戦場に戻る。

 誰も桜花に攻撃を出来ないほど苛烈に攻め込む。

 けれど絶対に誰一人として死なせない。それがこの戦いにおける"正義"だから。


 包囲を開始して僅か三日。国連軍は、撤退せざるえないほどの状況にまで追い込まれる。

 ましてやそれが星華島の抱える部隊クルセイダースとの戦闘によって失ったものではなく。

 たった一人の少年――四ノ月春秋単騎による被害なのだから。




   +




「神薙殿、申し訳ないがこれ以上はこちらの被害は増えるだけだ。私たちは退かせて貰う」


 一方的に告げて、国連軍を預かっている軍人は通信を切った。

 カンナギのブリッジでその連絡を受け取った神薙マリア――【物語の管理者】は楽しそうに破顔する。


 ブリッジにはファントメアがいるだけだ。他のシャンハイズたちはティエンが負けたことに動揺し、別室で待機させられている。


 だからこそ、【物語の管理者】は神薙マリアを演じる必要がない。

 変身を解いて、大声で笑い声を上げる。


「楽しいなあ。楽しいなあ! 桜花がそこまでするとは思わなかった。思えば桜花が一番私の予想を超える選択をするんだよ、なあどう思うファントメア。国連軍は撤退し、シャンハイズも士気を失っている。これからどうしようかあ?」

「私に意見を求めてくるとは、流石の主様も意地が悪い」

「そうかなぁ? だからこそ、だよ。お前の考えはちゃんとしている。【物語の管理者(わたし)】という存在が、何をするか、何が出来るか、どんなことを好んでいるかをちゃんと把握している。だからお前は私のお気に入りなんだよ」


 ご機嫌な【物語の管理者】の言葉に応えるように、ファントメアは幼き少女の前に膝を突く。


「準備は整いました。明日は四日目、私の出撃が認められる日です。――夢幻神帝ファントメアが、忠義を尽くす主様に勝利をお届けしましょう」

「期待しているよ、夢幻神帝の意を子供たちに見せつけてやれ」

「畏まりました。――――これより、この戦いが鏖殺であると教えてやりましょう」


 ファントメアの像が揺らぐ。ノイズが走り、実像を取り戻した時には彼は黄金の甲冑を身に纏っていた。


 黄金の髪、黄金の瞳、黄金の甲冑。

 黄金こそ【物語の管理者】を示す象徴。その全てを身に着ける神帝こそ、【物語の管理者】に最も近い存在。


 ファントメアは【物語の管理者】に感謝している。ただの『夢帝ファントム』であった弱き自分を掬い上げてくれたあの日から、この人の為に物語の全てを蹂躙すると決めている。


「まずは彼らのちっぽけなプライドを砕いてやりましょう。――――夢幻神帝の脅威を、教えてやろう」


 【物語の管理者】に代わるように、ファントメアがチェス盤の駒を手に取る。

 乱雑に転がるポーンたち。両手いっぱいに握りしめ、壊し尽くす。

 パラパラと崩れる駒でチェス盤を埋めていく。


「対等な戦いになると思うなよ、小僧共」


 そして、四日目が訪れる。

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