第百話 アルマ・エーテライト 執念が手繰り寄せた命の輝き
「あの、馬鹿野郎が」
遠くから感じた炎の気配に、春秋は毒づいた。
春秋は、才覚ある者は命の炎に選ばれないと断言していた。
正確には、炎は全てを喰らう暴虐の力だ。
無限遠熱変換機構とは聞こえはいいが、命の炎は捧げられたモノを喰らい力に変える。
それが、捧げた者にとって大切であればあるほど、より強力な力を与える
帝王を殺す為に春秋は炎を株分けした。
炎はその特性によって、帝王の《核》を喰らい尽くしたのだ。
帝王が力を望み、《力》の核を残す為に捧げられるものなど《命の核》しか存在しなかったからだ。
仁は、魔法使いとして大成する未来が確かにあった。
不確定な未来であったとしても、その未来は希望であり、これからの人生の大切な目標になるからだ。
朝凪仁という少年は、島を守る為に自らの人生を捧げたも同然なのだ。
今後彼の人生において、魔法を操ることはもう出来ない。
島に生きる、魔法使いとしての朝凪仁は失われた。
では、時守シオンという少女は?
そもそも、だ。
シオンは、春秋から直接炎を与えられていない。
春秋が、天賦の才を持つシオンでは炎に食われると判断していたからだ。
では、どうやって?
一度だけ。
一度だけ、シオンは春秋から直接炎を送り込まれたことがある。
昂によって狂乱し、クルセイダースに反旗を翻してしまったあの日。
ジン・カムイによって春秋を追い詰め、そしてアルマ・テラムによって力の差を見せつけられたあの日。
春秋は、シオンを元に戻す為に炎を強引に注いだ。昂によって歪められたものを元に戻す為に。
もちろん炎はシオンを食い潰すほどのものではなく。
シオンを歪めていたものを食い荒らす程度のものだった。
だが、力を欲していたシオンにとってそれは千載一遇の好機。
すぐに消えるはずだった小さな炎。
シオンはその炎を、自らの体内に留め続けた。
代償に何を支払ったかは覚えていない。魔力を、体力を、少しでも回復するものをとにかく捧げ、シオンは炎を維持した。
力を欲し、春秋や黒兎と並ぶことを願った少女の執念。
炎はその執念に屈したも同然だ。もっとも、炎を炎として運用することとは別ではあったが。
それからシオンは、ユリアの命もあり戦闘に参加することはなかった。
逆にその時間をシオンは最大限に利用した。映像や実際に炎を運用する春秋や仁をつぶさに観察し、気取られない程度に質問を繰り返し、炎を運用する術を探していた。
炎に大切なモノを捧げること。
それは、仁がアルマ・シルヴァリオを手に入れた時に知っていた情報だ。
その答えをずっとずっと考えていた。
時守シオンにとって大切なモノ。
人としての限界を超える為に捧げなければならないほどの、代償。
自分の才能を認めていても、この才能では人外の領域に達することは出来ないとわかっていたから。
魔法使いとして大成することも、シオンにとっては当たり前の未来でしかなかったから。 それを失ったところで、シオンにとっては大した痛手ではない。
だからこそ、答えに迷うシオンは一つの仮説に辿り着く。
それは仁の代償。
不確定であるはずの未来を捧げることが出来た事実。
それならば。
シオンにとって大切なモノ。
家族。友人。仲間。尊敬する人。
そんな人たちと共に過ごす、未来。
共に育ち、共に笑い、共に、共に、共に、共に――――――――。
時守シオンは、確定する未来を捧げる。
大切な人たちと過ごす為に必要なモノを。
それは何か。それは、少年少女がいつの間にか歩むもので、当たり前のもので。
この四年間全てを否定するモノ。
「何をした、少女よ。この熱は……!」
ティエンは視覚を失っていることに感謝するべきだ。でなければ、シオンの身に起こったことを理解することが出来なかっただろう。
目の前にいる少女は、目の前にいた少女の姿を失っていた。
背丈は縮み、体格は華奢になり、幼くなっている。
時守シオンが捧げたモノ。
未来と、これまでの過去における、『仲間たちと共に過ごした時間』。
四年の月日を捧げることにより、シオンの身体付きは大人たちがいなくなったあの日に限りなく近くなっている。少女ではあるが、まだ蕾程度の成長具合に。
これからの月日を捧げることにより、シオンの肉体はこれ以上の成長をしなくなる。
人としての成長の放棄。大人になることへの拒絶。大人になることを許されない呪い。
春秋や黒兎と並ぶ為に、取り繕う外見の全てを捧げる。
「……わかります。お腹の奥から、響きます。ボクが小さくなっていることも。これ以上成長することが出来なくなることも。二次成長も止まり、女性としての幸せも、仲間たちと共に成長していく未来も何もかも、ボクは捧げた。だからこそ、炎はボクに応えてくれた。ボクの執念に折れてくれた。さあ、可能性を捨て去ろう――――この炎は、未来を照らす礎だッ!!!」
蒼炎が勢いを増す。
仁のようにカムイに炎を纏わせるのではなく、シオンは己の四肢に蒼炎を宿す。
蒼炎を爆発させて、急加速する。炎を目覚めさせたばかりとは思えないほどに、柔軟に炎を使いこなす。
「とおおおおっ!」
「先ほどよりも早いっ!」
両足に宿した炎を爆発させて地面を蹴る。
一歩の跳躍距離が遙かに上昇し、跳びながら蒼炎を纏った回し蹴りを放つ。
当然、ティエンも音と気配によって攻撃を判断し天神を構えて防御をする。
――けれど、シオンの選択はティエンの常識を凌駕する。
「甘いですよっ!!!」
「っ!?」
ティエンに迫っていた足の炎を逆方向に爆発させ、勢いを殺す。
さらに炎を同じベクトルで爆発させ、勢いを反転させる。
急加速と急反転による身体への負荷を、体内を巡る炎によって強引に抑え込む。
そうして可能とする、攻撃動作を取ってからの左右逆転回し蹴り。
蒼炎を纏ったシオンの健脚がティエンの頭部へ叩き付けられる。
「ぐ――――」
「まだだぁっ!」
シオンはそのまま地面に手を突いて身体を反らす。
反動と爆発を利用してティエンの防御の間に合わない速度で追撃を行う。
二激目はティエンの鼻を砕きサングラスを破壊する。ボタボタと鼻血を流しながらのけぞるティエンを前に、シオンは着地しながらもう一度地面を蹴る。
蒼炎を爆発させ、小柄な体躯からでは想像も出来ない速度で拳を放つ。
「この、程度でぇっ!」
対するティエンも負けていない。二激貰った程度で崩れるシャンハイズ序列一位ではない。
すぐに体勢を立て直し、見えぬ瞳で迫るシオンを捉える。
大振りな一撃で全てを粉砕する天神では対応しきれないと判断し、愛機であるカムイを投げ捨てる。
空手になった徒手でシオンの拳を受ける。
次いで繰り出されるもう片方の拳も、空いている手で受け止めた。
一瞬の、お互いの硬直。そしてすぐに攻撃が再開される。
「せや、ええい、おおおおおおおおっ!!!」
「負けられん。負けられないのだ。シャンハイズであるが故に。マリア様の言葉を叶えるのは、この、私だぁぁぁぁぁぁっ!」
シオンの右手をティエンが掴んだ。シオンはすぐに左の拳を繰り出すが、先を読んでいたティエンはその拳すらも掴んでみせる。
軽すぎるシオンの身体が持ち上げられる。ティエンはそのまま力の限りシオンを投げ飛ばす。
「負けられないのは、こっちもだぁぁぁぁぁぁっ!!!」
投げ飛ばされる瞬間に、捕まれている腕から蒼炎を放つ。咄嗟に繰り出された熱量にティエンはすぐさま手を離す、が。
今度はシオンが、ティエンの両腕を掴んだ。その上で軽業のようにティエンの腕を地面のようにして自分の身体を持ち上げて。
「爆発しろおおおおおおっ!」
三度、足の炎を爆発させる。
意地でも腕から手を離さないまま、落下と爆発の加速を得た蹴りがティエンの顎を粉砕する。
「ご――――」
ぐらり、とティエンの身体から力が抜ける。手を離したシオンは二、三回バク転を繰り返して着地する。
「わ、だしは、負、げない。わだじは、しゃんはいずだ……!」
「今の一撃で倒れないんですか……っ!」
シオンの攻撃は全て頭部に与えられた。確実に脳震盪を起こし、顎まで砕いたのだ。
下手をすれば死ぬかもしれない一撃だった。シオンはティエンの命を背負う覚悟で、蹴りを放った。
だからこそ意外だった。ここまでして倒れないティエンの意地を感じるくらいに。
「……ユリアさんのお祖母様は、お亡くなりになられました。インさんから届けられた映像データと、殺した張本人からの証言も全て保存されています。……神薙を、お祖母様を想うのであれば、少しだけ、少しだけ、ユリアさんの言葉に耳を傾けて下さい」
「だま、れぃ。かんなぎは、マリア様なのだ。わだじをすくってくださったのは、まりあさまなのだ……!」
ティエンの言葉から感じるのは、シャンハイズとしてマリアを慕うティエンではなく。
神薙マリアという個人を信奉する、ティエンという青年の感情だった。
「だからこそ、です。辛い真実も、悲しい現実も、目を逸らしちゃダメなんです。あなただって、ユリアさんやインさんの言い分に思うところはあったんでしょう?」
シャンハイズがただ星華島を襲っている勢力でないことは承知している。
彼らもまた、【物語の管理者】の被害者なのだ。
神薙マリアという偉大な人物を奪われ、利用され、翻弄されているのだ。
だからこそ、戦わざるを得なかった。
だからこそ、わかりあう必要があった。
全てがすれ違ったまま、別れてしまうには惜しいから。
「どのみち、あなたはしばらくは戦えないでしょう? 船に戻って、真実を見極めればいいと思います。……みんなを傷付けたことは許さないけど、それくらいの情けはかけます」
「うる、さい。だまれ。こどもが、なにを粋がって……!」
「だったら、船に戻って告げるがいい。このボクが、時守シオンがいる限り――シャンハイズの上陸は全て認めない。あなたを倒したこのボクが、他のシャンハイズ全ても薙ぎ払うと」
すでに戦いは終わったも同然だ。けれどシオンは蒼炎を収めない。
目の見えないティエンだからこそ、僅かでも熱を弱くはしない。
いつでも戦えると。これ以上に戦うことが可能だと知らしめる為に。
「…………一度、撤退する」
ふらつく身体のティエンが背を向ける。無防備な背中に、シオンは決して追撃をしない。
許せない思いと、赦したい思いがせめぎ合う。
けれど、シャンハイズを排除するのはユリアの意志にそぐわない。
だから、一度だけ。一度だけだ。シオンは退却するティエンを見逃した。
「ごめんなさい、ししょー。大人は許せないけど、彼らは……」
歯がゆい思いを感じながら、空に向けて投げた言葉は誰の耳にも届かない。
ティエンの姿が見えなくなったところで、シオンは蒼炎を収める。
戦闘の終了を待っていたのか、通信端末に連絡が入る。
『話すことはいくらでもあるが、まずはよく守りきった。だがその力と代償については説明と説教を覚悟しておけ愚妹』
「ははは。こんな時でもマイペースじゃないですか、ばか兄さん」




