表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想のリベリオン  作者: Abel
第一章 英雄 旅の果てに
1/132

第一話 異界からの来訪者




 一歩を踏み出すと、世界が変わる。


 少年の視界を桃色の花びらが埋め尽くす。思わず手で顔を覆って花びらを振り払うと、一変した景色に嘆息する。


「……こりゃまた、なんとも穏やかな世界にきたもんだ」


 見上げれば漆黒が空を満たしていて、散りばめられた星の輝きが今を夜だと教えてくれる。

 花びらは明滅を繰り返す外灯に照らされ、風に流され何処かへと消えていく。

 まるで少年を歓迎しているのか、桜の木が二列に植えられて視界の奥まで広がっていた。


「呼ばれている。いや、待ち構えられているかもな」


 ボロボロでもう寒さと砂埃を防ぐことも出来ないローブを捨て、誘われるように少年は桜道を直進する。

 背負った剣を振り下ろす。

 如何なる脅威が不意を突いても対応出来るように。


 物陰で、何かが動いた気配を感じた。

 けれど少年は脅威では無いと判断し、道行く足を止めはしない。


 草むらを踏む音が遠くから聞こえてくる。

 それがどうしたとばかりに少年は音を無視して歩みを続ける。


「――来たか」


 桜道の果てに見えてきたのは、軽々と飛び越えられそうな門と塀。

 その奥には住居とはかけ離れた見た目の建築物。大勢の人を収容できそうな、巨大な施設。


 門は開かれており、まるで入れと言わんばかりの状態だ。

 歩を進める。門を過ぎ、地面を踏みしめ奥の建物を目指す。


「止まれ、《侵略者》」


 声を掛けられ、少年はそこでようやく足を止めた。暗がりの中から姿を現したのは、少年と似た背格好の黒髪の少年だった。


 少年と少年が相対する。

 片や茶髪の精悍な顔立ち。深紅の双眸は興味なさげに虚空を見つめている。

 黒髪の少年はこれといった特徴はない。けれどその瞳には並々ならぬ決意が込められている。


「星華島防衛隊三番隊、朝凪仁!」


 黒髪の少年――朝凪仁が機械の刀を正面に構え名乗りを上げる。

 一方茶髪の少年は退屈げに首を傾げ、下ろしていた剣を肩に担ぐ。


「わざわざ名乗るのか? ……意味が無い」


 はぁ、とため息を一つ吐く。未だに担いだ剣を下ろさないのは、交戦の意志を示さないのかはたまた。


「……炎宮春秋」


 これで十分だとばかりに空いている左の手指をゴキゴキと鳴らす。


「舐めるなぁっ!」


 仁は勇猛果敢に地面を蹴り春秋へ突貫する。

 尚も春秋は受けることも躱すこともしようとしない。退屈げにあくびをしながら迫る仁を待ち受ける。


「――舐めてなんかいねえよ」

「っ!?」


 仁が刀を振り上げた瞬間――。

 春秋の左手が仁の顔面を捕まえた。

 五指に力を込め、仁の身体を地面に叩きつける。


「がっ……」

「動きを見て、速度を見て、構えを見て、敵意を見て、殺意を見る。どれ一つとっても生き死にに必要な要素だ。そのどれもがお前には足りなかった。だからこの程度でお前は制圧されている」

「こ、の……っ!?」


 左手を離して立ち上がると、右の足で仁の胸を踏みつける。刀を弾き飛ばし、身動きの取れなくなった仁に剣を突きつける。


「雑魚は死に方も選べない。……と、言いたいところだが」

「っ、っ、げほ……っ!」


 足を退け、仁を解放する。

 むせながら上半身を起こした仁は必死に春秋を睨み付ける。

 けれど、それが精一杯の強がりであることは明白だった。


「敵意も殺意も微塵も感じない奴を殺したってなんの得がない。放っておいたって俺を殺せない奴に構う必要が無い」


 剣を肩に背負い、仁を見下ろす。

 冷たい瞳に射貫いてもなお、仁は強い眼差しで春秋を睨み返していた。

 相も変わらず敵意も殺意も感じない瞳に、少しだけ春秋の興味が向けられる。

 だがそれは言葉にも態度にもならない。そうするだけの価値が仁には感じられないと春秋は判断したからだ。


「……はぁ、つまらん」

「それならば、もう少しだけ私たちにお付き合いしてもらえませんか?」


 春秋の怠惰な一言に言葉を返したのは、一人の少女だった。

 その言葉を待ちわびていたかのように、建物の照明が点灯する。

 一瞬の目映い光だが、春秋は動じない。

 光源が出来たことをこれ幸いと判断し、少女の全身像を観察する。


 後ろ首で一括りにされた長い髪は真紅色。柔らかな色彩を見せる瞳は淡黄色(ライトイエロー)

 整った顔立ちは愛らしさよりも造形美を強調し、なだらかな肢体は妖艶さよりも健康さを象徴する。

 街を歩けば誰もが足を一度は止めて振り向くほどの美貌であり、まだ幼さを何処か残す可愛らしい少女だった。


「はじめまして。四ノ月桜花と申します」

「……お前はこいつより多少は強そうだな。敵意はまったく感じないが」

「はい。だって敵ではありませんから」

「じゃあ何のために姿を見せた」

「あなたにお願いがありますので」

「お願い?」


 言葉を交わして、春秋は桜花から敵意も何も感じなかった。けれど最低限の警戒のために剣の切っ先を桜花に向ける。

 桜花はそれに怯むことなく微笑みで返す。

 向けられた微笑みに思わず呆気にとられたのは春秋のほうだった。


「私たちと一緒に戦ってもらえませんか? この島を、守って下さい」


 共闘の申し込み自体はこれまでの旅の中で受けたことが何度かあった。


 けれどその全てを断ってきた。

 その世界に長居するつもりがないから。

 自分より弱い奴と徒党を組む理由がなかったから。


 だから今回も返事は同じ。


「断る。組む必要性が感じられない」

「そうなんですか?」

「ああ。元よりこの世界に長居をするつもりもない。この島を守る理由もない。俺はただ放浪してここに流れついただけで、降りかかる火の粉を振り払うだけだ」

「……そうですか。じゃあ、長居をしたくなったら手伝ってもらえるって事ですよね?」

「あ???」


 桜花の切り返しが、いまいち春秋には理解出来なかった。

 長居をするつもりがないと告げているのに、その前提を変えて提案してくる。


「――この島で、あなたの『願い』が叶います」

「……ほう」


 思いがけない言葉につい春秋は口角を吊り上げた。


「それは面白い提案だな。真意はさておき……何が目的だ?」

「《侵略者》の迎撃を」

「それだけか?」


 「はい」と頷いた桜花は真剣な眼差しで春秋を見つめている。

 企みは感じられない。どのみち良からぬ事を考えていても――別に、切り抜けることは出来る。

 ならば百利あって一害もない。


「……いいだろう。真意は知らんが、申し分ない条件だ」

「ありがとうございますっ」


 剣を仕舞い、共闘の申し出を受ける。

 差し出された手を掴み、握手に応じる。

 自分の手よりも小さくて柔らかい手。人の温もりを確かに感じる。


 ……懐かしい。そう、春秋は感じた。






「さあ、物語が始まる。

 英雄との出会い。交錯する想い。

 咲き誇る桜舞い散るこの島で、星の華が遂に開花する。


 嗚呼、嗚呼、嗚呼――!


 ようやくだ。

 ようやく――――私の目的が叶うかもしれない。


 楽しみだ。楽しみだ。楽しみだ。


 その為にも、舞台は整えなければならない。


 英雄よ。君にたくさんのプレゼントを贈ろう。


 友を、仲間を、愛を。――敵を。


 さあ、さあ、さあ!


 物語の開演だッ!!!」

読了ありがとうございます。

評価やブックマーク、読了ツイなどよろしくお願いします~。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ