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純粋で歪な気持ち

 カタン、カタンという定期的な音とそれに合った心地よい揺れ。心無しか横を向いている顔が触れている下面はあたたかくて適度に柔らかい。……馬車にでも乗っているのだろうか。


 「ぅん……」


 私はゆっくりと瞼を持ち上げた。


 「あ、起きた?効果は30分ってとこかな」


 「ひぇっ!」


 覗き込んできたその顔は一瞬マクアミリアン様かと思ったが、まだ見慣れないシュバルク卿のものだった。


 「シュバルク卿っ!どうして……あっ」


 私は一瞬にして先程までのことを思い出した。急に部屋にシュバルク卿が押し入ってきて抱き上げられて、その上……き、キスまでされて。


 ボッと顔が赤くなるのを感じた。


 「もう少し寝ててもいいよ、まだ時間はあるし」

 

 「い、いいえっ!結構です」


 サッと上体を起こして身なりを整える。


 あろうことか私はシュバルク卿の膝の上に頭を乗っけて寝かされていた。淑女としてあるまじき行為だ。恥を覚えつつ、事態の把握を優先させる。


 「あのっ、何故こんなことを……?」


 おそらく私はシュバルク卿に誘拐されているのだろう。幸いなことに彼は今のところ私に友好的だ。なぜこんなことになっているのか、まずは知らなくてはいけない。


 「一言に言うとキミが好きだからさ。邪魔が入る前に僕という人間を知ってもらおうと思ってね。とりあえず今日は僕の屋敷に招待するよ」


 「っ……!か、からかわないでください」


 異性から明確に好意を示された経験などない私は顔が熱くなるのを感じた。


 「からかってない」


 するとシュバルク卿は真剣な目で私の瞳を覗き込んだ。


 「強引になってしまったことは申し訳ないけれど僕はエルロッテを愛している。昔からずっと君しか目に入らないんだ。だからこのチャンスは逃せない。安心して。伯爵にも話はつけてあるし、無体なことはしない」


 「っ……」


 これだけ犯罪まがいのことをしているというのに何故か彼は真面目な顔をして私に訴える。


 「ようやくなんだ」


 「ようやく?」


 「そうだよ。行こうか」


 安心要素なんて1つもないのに私は思わずこくんとうなづいてしまった。




「さて、到着したよ」


「うわぁ!」


 馬車の中でカーテンを仕切りシュバルク卿から渡された簡素なドレスに着替えた私は目の前の光景に目を輝かせた。目に映ったのはとても魅力的なシュバルク卿の屋敷だった。といっても屋敷自体はまだ豆粒程しか見えていない。目に入るのは庭と言っていいのかもわからないその広大な土地だ。川につながる大きな噴水を中心に花畑、木製ブランコ、迷路のような生垣、菜園場、ガゼボなどがある。奥に見えるのは馬小屋ではないだろうか。まだまだ発見がありそうだ。


 「どう、気に入った?」


 「はい、とても!」


 気持ちいい風が吹き、花々がサラサラと音を立てる。私はこの素晴らしい景色に一瞬で心奪われた。夢のような世界だ。


 「僕はちょっとやることがあるから庭でゆっくり好きにしていて。屋敷にも入れるようにしておくから。直ぐに戻るよ」


 「はい」


 屋敷に帰ってきたばかりのシュバルク卿は用事があるのだろう。出迎えに来た執事に何か話して馬車へ戻った。


 「ようこそおいでくださいました。主人が戻るまでエルロッテ様のご案内をさせていただきます。屋敷へ向かわれるのでしたらあちらの馬車でご案内致しますが如何致しますか?」


 老執事の爽やかな笑顔を何故か懐かしく感じほっとした。


 「いいえ、しばらく素敵なお庭を堪能させていただきます」


 「かしこまりました」


 それから私は花を見て、冷たい噴水の水に触れて、ブランコを漕いでとても満足な時間を送った。もちろん執事の前だからドレスを濡らしたり汚したりはしていないが普通の令嬢からしたらこれでも有り得ない行動だ。


 しかし執事はにこにこしていて何も言わなかったし、私も自然を堪能することに一生懸命だったので許してほしい。好きにしてって言われているし。


 「ふぅー」


 一通り遊んで落ち着いた私はガゼボで紅茶をいただいていた。ちなみにあんなに遠くにある屋敷から何故ちょうどいいタイミングでメイドがティーセットを持ってこれたのかはわからない。


 「居心地はいい?」


 ふらりとシュバルク卿が戻って来て向かいに座る。


 「はい、本当に素敵なお庭ですね」


 心の底から満足したエルロッテは笑みを浮かべた。


 「っ……」


 エルロッテは気づいていないがそれはエルロッテが久しく見せていなかった純粋な笑みだった。貴族のそれとは違う、歯を見せ目元に力が入ってない笑顔。


 それはシュバルクが何年も求めていたものだった。





 ―ようやく、この時が来た。


 「そう、よかった。じゃあここに住む?」


 「え?」


 唐突な提案にエルロッテは首を傾げる。その姿さえも可愛らしくて今すぐにでもかき抱きたくなる。


 「俺と結婚してほしい。ずっとその笑顔で笑っていてほしいんだ」




 初めてエルロッテに会ったのはヴィボルグ公爵邸の庭だった。あの頃俺は下町に住んでいたが母親は幼い俺を連れて頻繁に公爵邸に行った。


 「見てください、この目、この髪色!どうみたってあの方の子供でしょう!?」


 いつもは門前払いされるのだが、その日は違った。実際に公爵が門まで来たのだ。


 「毎度毎度うるさいやつだ。娼婦のくせに。もうよい、今日ケリをつける。来いっ!」


 「きゃっ!」


 母が引きずるように連れていかれて俺はひとりぼっちになった。怖くて泣きながら庭へ向かうと大きな木があり、持たれると少しだけ安心したので木の根元にしゃがんだ


 その時だった。声をかけられたのは。


 「あなた、どうして泣いているの?大丈夫?」


 天使かと思った。


 ふわふわとした白いドレスの少女が俺を覗き込んでハンカチを差し出した。


 「使う?」


 子供ながらもとても値の張るものだとわかった俺はブンブンと首を振り汚れた袖で涙を拭った。


 「どうしたの?」


 下町では公爵家に行く母親はよく思われておらず話しかけてくれる人はいなかった。ましてや心配など母親以外からされたことがなかった。俺は戸惑ったが優しそうな少女の態度に話す気がおきた。


 「ひっく、あの、ママが、変なっ、おじ…さんに、連れていかれて……」


 再びポロポロと涙が出た。俺にはママしかいなかった。


 「あら大変!どこのおじさん?」


 「ここのっ、屋敷の…」


 「じゃあ大丈夫!私のお母様もここのおじさんと話しているわ。お話が終わるまで遊んで待ちましょ」


 天使の元気な声を聞いて確かにおじさんは今日で終わりみたいなことを言っていたと思い出した。そうか、話をしているだけなんだ。


 そう思うとほっとして俺は天使と2人で一緒に時間を過ごした。しばらく一緒にいると天使は天使ではないことに気づいた。だって天使は俺と一緒に気に登ったり葉っぱをかけあったりしない。そこで名前を聞いた。


 「私は…」


 「エルロッテー!どこに行ったの!!」


 高い女性の声が聞こえて彼女がハッとなった。


 「エルロッテ、6歳です、もうすぐあなたのママも迎えに来るわよ!また遊ぼうねっ」


 そういってエルロッテは走っていった。俺は自分より彼女が1つ年下だったことに驚き、また途端に寂しくなった。


 「える…ろって。また遊ぼうね」


 1人でしゃがんでぶつぶつと呟いていたら本当にママが来た。とても疲れた顔で。


 「お話、終わったの?」


 「えっ、ええ。ごめんね、あなただけでもここに居られたらって思ったのだけれど……。もうここには来ないわ」


 それから本当に公爵家には連れていかれなくなった。しかし俺はエルロッテのことが気になりこっそりと公爵家には行っていた。何回かはエルロッテと遊んだし、何回かは使用人につまみ出された。


 そんなことを繰り返すうちに自分や彼女の立場、状況を理解した。このままではエルロッテのそばにいられないことも。


 だから俺は力を手に入れることにした。幸い母のことを気の毒に思ってくれた公爵家の執事が俺に友好的だったためそこから協力を得て商売を始めた。執事いわく俺はちゃんと公爵と母の子らしい。公爵は選民思想が激しいのだとか。俺が公爵家の血を引いているとしても、無一文同然の平民の俺に手を貸してくれた協力者たちには感謝しかない。


 そうして血のにじむような努力をしてようやく手に入れた確固たる立場。もちろんまだ努力はしなければならないが偽りの笑みばかりを浮かべ傷ついているエルロッテをもうこのままにはしておけなかった。


 エルロッテはいつの間にか貴族特有の笑みを浮かべ、遊び方さえ忘れて仮面を被って生きていた。それも男が好きな兄のために全身全霊を捧げて。俺はそれが許せなかった。彼女をあの頃のように自由にしてあげたかった。ようやく―



 「僕はエルロッテが覚えていないくらい前から君に一目惚れしているんだ。残念ながら一時マクアミリアンに奪われてしまったけれど、エルロッテがいつ僕の元に来てもいいように君の好きそうな場所を用意して、経済力も蓄えて、地位も手にした。全ての準備が整ったからようやくあの夜会で声をかけたんだ。エルロッテは婚約破棄したばかりだし傷心だったと思う。もちろん、今も。だけどもう待てなくて、他の誰にも取られたくなくてここに連れてきた」


 そう。ずっと。もう20年も前から。


 「えっ、えっ、私……」


 エルロッテはボッと顔を赤く染めてしまった。


 「ほら、あの侍女も認めてくれるって」


 「シェーミア!?どうしてここに……?」


 先程愛しのエルロッテを置いて馬車に戻ったのはお嬢様を追いかけてくるこの暗殺者もどきと対峙するためだった。


 商売をしていると情報は入ってくる。エルロッテをもらおうと思ったとき侍女が危険であるということは予め把握していた。護衛のために自分が外すときは睡眠薬を入れたミルクを飲ませると聞いたときは驚いたものだ。安心もしたし恐怖も感じた。この先エルロッテと共に過ごす上でこいつを味方にすることはとても重要だと思った。何でも屋ともつながっているらしい。


 案の定侍女は馬車で1時間かかる道をどこからか盗んだ馬に乗って追いかけてきた。俺はまず力で抑えることにした。


 多少手こずったが俺は下町育ちの成金だ。権力を手にする上でもちろん護身術やそれ以上の体技も身につけた。


 「お前に勝ったら俺がエルロッテを守る」


 その言葉通り俺が勝ったので今は大人しく俺に従う素振りを見せている。先程のエルロッテの笑顔を見たからなおさら従順なのだろう。


 「ご自分の気持ちに正直になってエルロッテ様がゆっくりと、決めればよいと思います」


 ゆっくりと、と強調したのはやはりまだ反抗心があるからなのか。それとも俺に痛めつけられた腹いせか。どちらもかもしれない。これから時間をかけてこいつは俺の部下に仕上げる予定だ。


 「そうだね。急に俺と結婚と言われてもピンと来ないかもしれない。一旦戻って考えてきて。そんなに長くは待てないかもしれないけど」


 ニヤリと笑うとエルロッテに顔を逸らされた。


 「はい、今日はありがとうございました。お、お暇します」





 そうして帰っていったエルロッテは1ヶ月後俺の元に嫁いできた。


 「あなたなら本来の私丸ごと受け入れてくださると思って……」


 恥じらいながらもはにかんで。


 うん、喜んであの頃と変わらない君を愛するよ。

こんなにヤンデレチックにするつもりはなかったんですけど勝手にシュバルク卿が暴走しました(-。-;


この後の登場人物別のストーリーもお楽しみに!

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