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第2話「待ち合わせをしましょう、天気さん」2


「……どうしたものかなぁ」


 昼休みの屋上。膝の上に弁当を乗せてため息をつくと、隣で幸せそうに唐揚げ弁当を食べていた幼馴染がこちらを振り返る。


「今日の夕飯の献立なら、俺のお勧めは生姜焼きだぞ」


「いや、今日は天津飯って決めてるから……って、そうじゃなくてさ、友達作りの話」


 そう答えると、幼馴染の彼はすぐさま興味を失ったように唐揚げ弁当に目を落とす。


 彼の名は十八日霧斗(とよおかきりと)。かれこれ十年近くの付き合いで、親にも同級生にも敬語を使う僕が唯一敬語を使わず話す相手である。


 高校一年生にして百八十センチ弱という高身長に加えてスポーツ万能でありながら、部活は無所属。さらに少々目つきは悪いがある程度整った顔立ちをしているため、入学直後は今の天気さんのように、部活勧誘や交際の申し出が絶えなかった。


 ラノベでよくいるチート主人公が現実の世界に現れたのかと思うほどハイスペックな彼だが、本人はそれを鼻にかけることもせず、ありがたいことに今日も今日とて友達のいない僕と一緒に弁当を食べてくれている。


「友達作りなら俺は役立てそうにねぇな。飯作りの相談なら乗ってやれっけど、俺も友達いねぇし」


「霧斗は僕と違って要領いいんだから、もう少し他の人と関わろうとすればすぐに友達くらいできると思うんだけど」


「要領よくても愛想がねぇわリアルの人間に興味ねぇわじゃできねぇよ」


 表情を変えることなく淡々と答えた霧斗は、弁当をしまう代わりにスマホを取り出し、スタート画面に可愛らしい女の子が沢山いるゲームを起動した。


 リアルの人間に興味がない。そんな彼の言葉の意味を補足するかのように、画面の向こうで霧斗の推しキャラが可愛らしく彼に語りかけている。イヤホンを挿さないところを見るに、昼の日付更新を待ってログインボーナスを受け取るために起動したのだろう。


 なるほど彼の言う通り。彼に相談しても参考になる意見は得られそうにない。とはいえ彼以外に相談できる友達などいないし、果たしてどうしたものだろうか。問題を解決するどころか、相談相手がいないという新たな問題まで生まれてしまった。振り出しに戻るどころか、そこからさらにもう一歩遠ざかった気分だ。


 僕が新たな問題に頭を抱えている間にも、霧斗はスマホを持っている方とは逆の手で、購買で買った焼きそばパンの袋を開けている。早弁代わりの特大チョコチップメロンパンは既に食べ終えたようだ。相変わらず満ち足りることを知らない胃袋である。


「つーか、そもそも」


 飲み物の如くその細身な体に消えていく焼きそばパンを見つめていると、不意に霧斗が興味なさげに声を上げた。


「噂の美少女と友達になる方法なんて、誰に聞いても分かりゃしねぇだろ」


 何でもないように放り込まれた爆弾に、思わず口に運びかけたコロッケを落としてしまった。慌てて弁当を動かしてコロッケを受け止め、ほっと安堵する間も無く食い気味に尋ねる。


「なっ、何で知ってるの⁉︎」


「うちのクラスでも噂されてんだよ。あの明日天気に友達候補ができたって。まさかお前とは思わなかったけどな」


 僕と天気さんは一組で、霧斗のクラスは三組。二組を飛ばして噂が広まったとは考えにくいし、全クラスに広まっていると思った方がいいだろう。うっかり教室のど真ん中であんなことを言ってしまったとはいえ、こんなにも早く広まってしまうとは。


「入試成績トップであの通りの美少女、いいとこのお嬢様で絶対に笑わない。友達の友達選びに口出す気はねぇけどよ、そんな二次元みたいな完璧女子はさすがに高嶺の花だろ」


 霧斗が口にするのは、少し前までの僕と同じような意見。噂の美少女、明日天気は、僕たちにとってどこか現実味を帯びない物語のキャラクター的な存在でしかないのだ。


 けれど、いくら僕でも物語のキャラクターと友達になろうなどとは考えない。


「天気さんは生身の人間だよ」


「…………」


 彼女の人並外れた能力は決して普通ではないけれど、普通ではない悩みを打ち明けた彼女の姿は普通の女の子のように思えた。彼女は架空の存在などではなく、現実に存在する生身の人間なのだ。


 今まで当たり前のことすぎて意識してこなかった友達の付き合い方。親しき仲にも礼儀ありとは言うものの、礼を意識しすぎては距離は一向に埋まらない。ただの高校生としての彼女と友達として向き合うには、果たしてどうすればいいのだろうか。


「……甘いものが好きみたいだし、クッキーでも作って持っていこうかな」


「それただの貢ぎ物だろ」


「霧斗はよくおかずとかお裾分けしてくれるのに」


「うちは定食屋だし、付き合いも長ぇからな。相手の好みも分かんねぇまま渡したところで迷惑にしかならねぇぞ」


「そっか、好みがあるのか……」


 霧斗は確かに友達だが、家が近所で付き合いも長く、僕の母と霧斗の家族も時折食事を共にする仲である。もはや友達というよりは兄弟のような感覚で接してしまっているし、霧斗との距離感もあまり参考になりそうにない。友人関係を築くということがこんなにも難しいことだったとは。


「霧斗と天気さんってちょっと似てるし、参考になると思ったんだけどなぁ」


「どこがだよ。あんなパーペキ美少女と俺みたいなオタクが似てるわけねぇだろ」


「そっくりだよ。誰に対しても遠慮がないところとか。二人って結構気が合いそうだし、今度話してみたら?」


「悪いが俺はさおりん一筋だ。つーわけで、時雨」


 弁当を食べ終えたタイミングで声をかけられ振り返ると、霧斗が何やらスマホの画面をこちらへ向けている。リズムゲームは得意ではないのだが、と答えようとして、その画面がリズムゲームの待機画面でないことに気付く。これまでも何度か目にした、ガチャの画面だ。


「推しガチャ?」


「昨日実装したてほやほやの新衣装。現在三十三連敗中。ここポチッと」


 推しの新しい衣装がガチャに実装されるたび、霧斗はガチャを回してくれと頼み込んでくる。自分の推しなら自分で引けばいいと思うのだが、霧斗曰く「物欲センサー」なるものが邪魔をして、自分で推しを引ける確率はとてつもなく低いのだとか。降って欲しくないときには降る癖に、降って欲しいときに限って降らない雨のようなものなのだろう。


 言われた通り「十一連ガチャ」と書かれたボタンを押すと、霧斗はするするとスマホを引っ込めて、真剣な面持ちで画面を注視した。かと思うと、突然糸が切れたように空を仰ぐ。横顔から伺える感情は虚無。どうやら、あまりいい結果ではなかったようだ。


「……霧斗、大丈夫?」


 僕の呼びかけには答えず、呆然と画面に目をやる霧斗。しばらくそのまま画面を注視した後、視線を動かさないまま口を開いた。


「……時雨」


 ぽつりと漏らされた声に続く言葉を待つと、霧斗は噛み締めるようにゆったりとこう告げる。


「……今度、カツ丼トッピング全部乗せ奢るわ」


 カツ丼トッピング全部乗せ。それは霧斗の家の定食屋「十八日十八番(じゅうはちばん)」の名物メニューである。丼いっぱいのカツ丼に、メニューにある具材全てをトッピングした文字通り全部乗せは、霧斗のような底無しの胃袋を持つ男子学生の腹をも満たすほどのボリュームを誇る。それを奢ってくれるということは、目当てのものが出たようだ。


「ボタン押しただけだし別にいいよ。それより、こうしてまた相談に乗ってくれる方が助かるかな」


「お〜。勉強と友達作り以外なら何でも来い」


 それ以外に何を相談しろというのかと言い返してやろうとしたが、口にするよりも先に予鈴が鳴ってしまった。ばたばたと弁当を片付け、階段をのろのろと降りていく。五時限目は確か物理だったはずだ。昼食を食べた後には少々辛い科目だが、僕は天気さんのように勉強ができるわけではないし、居眠りなどすることなくきちんと聞かなければ。


 五時限目が始まるまであと五分弱という頃になっても、廊下に出ている人は案外少なくない。授業開始時間ぎりぎりまで友達と話し込んでいる人がほとんどだ。


 霧斗とは学校以外でも顔を合わせるせいか、あんな風に暇さえあれば話をするということはあまりないが、天気さんとはいずれあんな風に話すことができるだろうか。天気さんを笑わせるという最終目標の達成に向けて、クラスメイト以上親友未満くらいにはなりたいものだが──。


「時雨。何かどえらい美少女がこっち見てるぞ」


「え?」


 霧斗の言葉で彼が指差す方に目をやると、他の生徒の視線を一心に集めながらも、表情を崩すことなく静々とこちらへ歩いてくる存在がいる。噂をすれば影とはよく言うものの、彼女の場合は影よりも周りの声の方がその存在をいち早く知らせてくれそうだ。


「時雨くん。少しいいかしら」


 ざわざわと騒がしい周りの声を弾くような彼女の声に当たり障りない返事を返すと、時間がないせいか、それとも元から長話をしたがる質ではないのか、天気さんはすぐに本題に入った。


「今日の放課後のことなのだけれど」


「はい?」


 天気さんの方から話しかけてくれるとは思わなかったが、こんなに人の多いところで話すとまた昨日の二の舞になってしまうのではないだろうか。場所を移すにしてももうすぐ五時限目が始まってしまうし、そんなに急いで伝えるべきことでもない気がするのだがと思いつつ返事をすれば、天気さんの口から飛び出したのは予想外の一言。


「今日は別々に行動しましょう」


「……はい?」


「それじゃあまた」


 相槌ではなくどういうことかを尋ねる意味での「はい?」を華麗に流し、天気さんはさっさと自分の教室へと入っていく。一体何を言われたのか分からず途方に暮れながら霧斗の方を見ると、やや憐むような目を向けられていた。


「全部乗せ、今日奢ってもいいぞ」


「いや……今日は寄るところがあるから」


「今断られたろ」


「誘う前にね……今日は元々別の用事があるから、全部乗せはまた今度」


「お〜、いつでも来い」


 どこか励ますような言葉を受け、疑問を解消できないまま始まった五時限目の物理。子守唄のようだと有名な先生の授業を受けても、眠たくなるどころかかえって目が冴えてしまう。けれどそれは決して授業がためになるからではなくて、先ほどの天気さんの言葉が引っかかっているからであった。


 ──「今日は別々に行動しましょう」──


 遠回しに僕といたくないと言われているとも取れてしまうのだが、それを本人に確かめる術もなく、ただひたすらに何かしただろうかという漠然とした不安が付きまとう。記憶を辿ってみても心当たりしかなく、どれから謝罪すればいいのやらよく分からない。


 先ほど霧斗から頼まれて回したガチャでは霧斗の目当てのものを出せたようだが、どうやらそこで今日の運を全て使い果たしてしまったようである。


 板書が書ききれなくなってさっさと消されてしまった物理法則は、シンプルなように見えてその実、先人が何万回もの実験を重ねてようやく導き出した努力の結晶だ。友達作りというのもそれと同じで、一見簡単そうに見えても、当事者になった途端こんなにも難しい。


 何がいけなかったのだろうかと問いかけるように教科書をパラパラと捲ってみても、物理法則に従って落ちるボールや重りのイラストがその答えを返してくれることはない。


 吐き出したため息は誰に拾われることもなく、雑に掃除されて埃が目立つ教室の床へと落ちていった。


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